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鴇色雑記  作者: 鴇合コウ
いろいろ雑記
7/55

夢色の島(1)

助言を受けて、長文だったものを数回に分けてみました。一応単独でも読める内容です。


 夢色(ゆめいろ)とは曖昧な表現だが、多くの人が一度は憧れる南の島――リゾートと類義語に扱われることのある、ある島について、数回に分けて書いてみたいと思う。


******


(1)夢の現実

 

 きっかけは、些細なことだ。

「どこでも好きなところに行っていいよ」

と軽々しく母が言うものだから、わたしは、その日本の南の端に進学をした。

 さすがの母も慌てたが、したいことといけるところが合致したのがここだったのだから、仕方もない。

 どこか異国感の濃厚なその島は、暮らしはじめると、意外にわたしに馴染んだ。


 断っておくが、この地に憧れて移住を考える多くの人の夢を後押しする気持ちは、けしてない。

 この島は、お客はどこまでももてなすが、余所者にはきわめて厳しい社会である。島の負った歴史と今に繋がる現状を考えれば、当然の反応ではないだろうか。

 そしてまた、サンゴ礁から成る石灰岩土壌は、水事情をきわめて悪くしている。所得水準ゆえ物価が安いと安易に考えがちだが、光熱費はけっこうかかる。

 なにより、蒸し暑い。暑いから風を入れようなどとすれば、風よりも湿気がぶわりと吹き込んで、床からなにからべっとりだ。ポテトチップスを開けたら、一袋の最後までパリパリ感が保たないのである。

 ベッドの下に収納すればTシャツが黴び、数週間留守にすれば机が黴び、売店でスティック糊(のり)を買えば、それもまたほわりと腐海の一部を纏っていたりする。

 除湿剤に溜まる水で観葉植物の水やりをするのは常識という、経済的か非経済的か分からなくなる蒸し暑さなのだ。


 アップダウンの激しい地形は自転車など自殺行為だし、バスはけして時刻表通りに来ることはない。

 夜はオレンジの基地のライトが煌々と照らして、星空など分からないし、Yナンバーのついた車を見ると憂鬱になる。夜の路地は、絶対に独りで歩くべきではない。


 それでも――自然ということになると、この島はやはり素晴らしいものがある。

 そのせいか、住民たちの島に対する愛着は、ひとかたではない。良い就職先を求めて本土や海外に出た者も、根はこの島なのだ。必ず帰り、また離れるにしても心身に故郷を充填しに定期的に戻ってくることが普通である。


 楽園の響きからか、緑豊かというイメージがあるが、島自体が小さいため山や森は本当にわずかだ。彼らにとっての母なる自然は、「海」である。

 内地にいると、どうしても「海」が足りなくなるのだという。そして北の太平洋や日本海や瀬戸内海を見て、彼らは悲しげに肩を落とすのだ。

 あの島を囲む、翡翠とエメラルドとサファイアと、すべての宝石の名を冠したくなるような海の青。

 あれは彼らの活力そのものなのだと思う。

 彼らの信じる楽園は海の彼方にあるというが、わたしはどちらかというと、逝く先ではなく彼らの魂の源のように感じる。

 彼らにとって「海」とは、恋人同士ではしゃぐ場所ではなく、家族の思い出作りの場所でもなく、魚を獲り、貝や海藻を拾い集める恵みの地であり、また夜には歌い騒ぐ交歓の場なのだ。

 彼らの目を通すと、あの輝きの中に、泥臭いまでに生活に根ざした精霊たちが棲んでいるように視えてならない。


 その海はだが、近年の土地開発で赤土が流出し、無残に輝きを削りとられつつある。発展のためには仕方ないと言うものもいるが、開発するリゾート会社のほとんどが内地の人間の経営で、利益を内懐(うちふところ)に吸い上げている現実は、輝きをくすませこそすれ、慰めにはならない。

 海の美しさを売りにしながら、自らの手で破壊する人たち。彼らに、魂の源であるあの海の本当の輝きなど、決して視えはしないのだろう。



 ところで――上記のような理由から、地元の人が海に遊びに行くという時は夜半、宴会のためであるということがほとんどだ。そして、宴会にはその土地特有の鍋がつきものである。

 楽しい旅で訪れた朝、あなたが砂浜を歩いていて、もし山羊の骨などが散らばっているのを見つけたとしても、それはご愛嬌ということで悲鳴をあげずに見逃していただきたいと、わたしは願う。

 それもまた、夢の現実の一片なのだから。

 


 

*注:Yナンバーは米軍関係者のナンバープレートです。

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