〝魔法〟について考える。-③風-
ここまで来たら考えないといけないのが〝風〟の魔法である。
実は〝風〟は、そんなに突っ込んで考えるつもりはなかった。
〝風〟は気圧の変化で起きるが、気圧の変化は太陽からの熱エネルギーの不均等さや、大気圧の差(高所ほど気圧が低くなる)などのため、意図的にしかも局所的に操作するのはほぼ不可能だ。もし出来れば、天候さえ制御可能となる。神の領域だ。
他方、小規模のものであれば、〝風〟は扇や扇風機などで容易に作り出すことができる。
したがって〝風〟の魔法で『どうやって風(大気)を操るのか』という疑問に対しては、『そういうものだから』としか言いようがない。
〝風〟の魔法の論点は、そこではないのである。
〝風〟という曖昧な存在の問題点は、その存在感の無さにある。
たとえば、〝鎌鼬〟。
かつては『巻き起こるつむじ風が真空を作り、近くの皮膚などを吸い寄せて、すぱっと切り裂く』といった説明がされていたはずだが、現在ではあかぎれや、突風による砂礫が原因と考えられている。
また〝空気銃〟は、『空気の弾丸を発射する銃』ではなく『火薬の代わりに圧縮した空気により鉛弾を発射する銃』である。
竜巻による被害も、多くが風により巻き上げられた物が飛来、衝突することによる損壊だ。
〝風〟――つまり空気の動きそのものに、殺傷能力はほとんどないのである。
当然だろう。
水の密度が0.997g/㎤。
鉛の密度は11.34 g/㎤。
花崗岩の密度は2.75g/㎤。
材木としての杉の気乾密度は0.40g/㎤。
対して、空気の密度は0.001293g/㎤。
桁が違いすぎて、空気を圧縮したところで、水や石に太刀打ちできる気がしない。
つまり、よくある〝風の刃〟のようなものは、いくら想像力をもってしても物理的に無理があるのだ(物理法則が同じと仮定すれば)。
だが――空気は鉛弾を発射することが出来る。
波を立たせ、砂を巻き上げ、木の枝を折り、場合によっては岩を動かし、車を持ち上げ、屋根を吹き飛ばし、飛行機を支えることが可能だ。〝風の力〟はそれほど強いのだ。
なので、風を使い、水や砂、ガラスの破片などを猛スピードでふるうことで、〝風の刃〟に近い状況を生み出すことは容易だ。速度も無限大である――術者の立ち位置には要注意ではあるが。
気を付けないといけない点は、〝風の刃〟で、しなやかなものは切りにくいことだ。
たとえば、草。髪の毛。リボン。ふわふわと舞うスカートやマント。
髪や布をハサミで切ったことのある人なら分かると思うが、やわらかいもの・しなやかなものというのは、切るところをきちんと押さえて、ぴんと張った状態でないと、対象物が逃げてとても切りにくい。切ったことのない人は、ぶらさげた糸などで一度試してみると良いと思う。
もちろん、押さえていないとまったく切れないというわけではない。髪の毛であれば、毛先ではなく生え際方向から袈裟懸けに斜めに切り下ろせば、たぶん押さえがなくても結構切れる。ようは対象物に対する刃の角度が適切であればいいのだ。
問題は〝風〟を使うと、しなやかな対象物は舞い上がって固定されず、切りたい箇所で切れないという点だ。切りたくない箇所、切ってはいけないところを傷つけてしまう危険もある。
そういう意味で、草を刈るのであれば、土に固定された根本を目掛けて切るのが最も効果的だろう。上の部分、たとえば麦や米の穂だけを切るというのは、先ほどと同じ理由で技術的にかなり厳しい。急がば回れ――穀類は根元で刈り、脱穀するのが最善なのである。
また、切った後も注意が必要だ。やりっぱなしで後片付けをしない人というレッテルが貼られてしまう前に、うまく〝風〟を使って、切ったものをひとまとめにするなど気配りが欲しい。
そう考えていくと、〝風〟の魔法は、威力よりもコントロールを重視したほうが良いのかもしれない。
無論、行軍の最前列に攻撃を仕掛けていくようなときには、威力があった方がよい。とはいえこれは、鎧をつけた相手を切り裂くのではなく、砂塵を巻き上げて馬または人の視界を奪うこと、呼吸を乱すことに重きをおくべきだ。金属も革も織物も、面積が広いと結構な耐久力を持つ。
どうしても血飛沫をあげたければ、人馬の間を縫うように〝風の刃〟を走らせて、兜や鎧の留め具を弾き飛ばし、急所のみを切り裂いていくのがよいだろう――鎌鼬のように。
これもまた結構な技術力を要求される。
個人的に殺戮という点では、たとえば相手軍を谷などに追いこんで、自分は谷の上に立ち、下方の空気を一気に真空引き(空気の濃度を下げる=空気を排出する)して窒息死させるのが、一番手間が少ないように思う。
終わった後、谷底はかなりの阿鼻叫喚図になるだろうが。窒息死体は酷い。
そのほかに〝風〟の魔法でありがちなのが、『宙に浮く』または『空を飛ぶ』である。
まずは『宙に浮く』から考えてみよう。
前述のとおり、空気にも密度があるので、ぎゅっと圧縮して固定することができれば、それを踏み台にできそうな気はする。が、検証はかなり難しそうだ。
第一、1リットル中1gしかないものをどう圧縮して固定するのか。空気の78%を占める窒素など、凝固点は-210.00 °Cだ。
近いものとして、『風船の上に人が立てるか』という実験があるが、空気そのものに対する検証とは言えない。空気だけを高い密度で一定空間に固定する方法がないため、どうしても空気を閉じ込める物体の影響は避けられないからだ。
なにしろ強度があれば、人は一本の棒の上にも立てるし、吊り下げた一本のワイヤーで宙を舞うことも出来るのだ。風も空気も関係ない。
一番近いのは〝空気浮揚艇〟――ホバークラフトだが、これは上から空気を取り込んで圧縮して、下に噴出しつつ溜めるという仕組みのようだ。
またしても範囲指定が課題である。それに、仮に圧縮した空気や急激な風の噴出を足元に出現させたとしても、人が立ったまま浮くのは難しい。同じ重さでも、面積が狭いと荷重が集中するからだ。
しかし、うつ伏せ、もしくは仰向けで宙に浮く姿は、さすがに美しくない。
せめてヨガ行者のような安座での〝空中浮揚〟くらいではありたい。
状況として、風をものすごい勢いで下方に噴出していたとしても。
もうちょっと格好良いスタイルを考えてみよう。
『空気を固める』や『空気を噴出する』のがダメなら、やはりここは『吹きあがる風に乗る』というロマンに挑みたい。こうなると、もう『空を飛ぶ』という範疇に片足を突っ込んでしまうが。
とはいえ、人が起立した状態では、やはり不安定な気がする。
計算してみよう。
体重60㎏、足のサイズ26cm(足幅10cm)の人が起立した状態で、片足裏にかかる圧力は0.1829㎏/㎠。単位変換すると17936Pa。
この圧力と釣り合う風圧が必要ということで――17936Pa=1/2×密度×風速の2乗で、風速171.1 m/s。
〝猛烈な台風〟の風速が54.1 m/sなので、その三倍だ。台風3個分の速度と言われたところで、もはやよく分からない。
時速にすると、約615㎞/h。東京から尾道までの直線距離613.41 kmを一時間足らずで行ける速さである。ちなみに新幹線の最高速度が320㎞/hだという。
……うん、立つのは無理。足の裏痛いどころじゃない。
ヘルメス神のように〝有翼のサンダル(タラリア)〟を履いたとしても、絶対に立てる気がしない。
どうしても起立位で飛びたければ、ジェットエンジンを背負うしかないだろう。〝風〟の魔法は関係なくなるが。
風の揚力を利用するのであれば、ムササビやヒヨケザルのように皮膜で受け止め、滑空するスタイルがベストだ。いわゆるウィングスーツである。ただし死亡率が高いらしい。
新幹線並みの速度が出るのに減速の手段がなく、着陸にも高度なテクニックが必要となれば、推して知るべしだ。
宇宙から来た某超人のマントは、風が逃げてしまうので却下だ。昔から疑問なのだが、一体アレはなんの役に立っているのだろう? バランスをとるわけでもあるまいし、空気抵抗を減らすためにぴたぴたのスーツを着ているのなら、あのマントは邪魔なだけだ。
安全に確実に風の力を受けて飛ぶのであれば、せめてハンググライダー並みの大きさと頑丈さが欲しいところである。
ちなみに人間が鳥のような翼をもつとしたら、世界最大の飛べる鳥アンデスコンドル(体重15㎏、翼開長3.2m)の比率でいくと、体重60㎏の人間で両翼合わせて長さ12.8mは必要となる。翼を動かすための胸筋は、少なく見積もって20倍。
平均的な成人男性で、体重60㎏の人の胸囲が約90cmなので、20倍の胸筋をつける=体積を20倍にすると考えると、胸囲は4.01mとなる。骨格から作り変えないと無理だ。
さらに言うと、この計算では総体重を変えていないため、〝体重60㎏〟の中には12.8mの翼も含まれる。6㎏の羽毛と12㎏の胸筋も、だ。
翼の形状は違うが、かつて翼竜が翼開長12m、体重70㎏で飛べたらしいので、理屈としては現実に近い。
だが――いざ魔法で飛ぶとなったときに、12mの翼は良しとしても、胸囲4mになるのはいかがなものか。
美しくない。
まったく、美しくないのである。
では、いったい何で下からの風を受け止めるか。
面積が広く、薄く均一な厚みで、人間も乗せられそうなもの――そう。〝魔法の絨毯〟である。
断じて箒ではない。
さすが、ディズ○ーはすご――くなかった。このネタ元は『千夜一夜物語』だ。
とはいえ、新たに道具を加えると、その分の質量も加味されるので、堂々巡りである。
〝魔法の絨毯〟を160×230㎝(11㎏)のペルシャ絨毯と仮定しよう。
体重60㎏の人間を乗せたときの単位面積あたりの圧力は、0.001929㎏/㎠=189.17Paとなる。必要な風速は55.57m/s。〝猛烈な台風〟1個分だ。
必要な〝風の力〟は3分の1にまで減った――が。飛びながら、優雅に歌うことはできなさそうだ。
転覆しないよう祈るのみである。
実は、『空を飛ぶ』方法は他にもある。
プロペラを回転させると、押し上げる力――揚力が働いて、物体は浮き上がる。竹トンボでもお馴染みだが、さらに本格的なものはヘリコプターである。
飛行機の翼にも揚力が関係するが、どちらかというとジェットエンジンによる巨大な推進力のほうが幅を利かせているので、今回は考慮しない。
残念ながら、タ○コプターは論外だ。もう本当に、アレを見るたびに頸椎は大丈夫かと、いらぬ心配をしてしまう。なぜ頭につけた。髪の毛どうなってるんだ。
まあその前に、吹きおろしの問題や、回転によるねじれ(トルクの反作用)の相殺がなくて、飛べないという説もあるようだが。
それはさておき。
現代文明の技術革新は目覚ましいため――ヘリコプターの軍事利用が性能向上に一役買っているせいもあるだろうが――なんと一人用ヘリコプターというものも存在する。
ブレードと呼ばれるプロペラの片羽は、約1.8m。
前述したように、一方向の回転だけではねじれが起こるため、逆回転するプロペラを同時に動かす〝2重反転プロペラ〟となるので4枚の翼が必要だが、〝鳥人間〟を考えるよりは現実的な印象だ。
しかし、どうしてもひとつ、超えられない壁がある。
それは〝揚力〟が、『流体(風)と速度のある物体との間に起こる圧力差によって生じる垂直な力』であることだ。
つまり、〝風〟を起こしてプロペラの動きを真似たところで、〝揚力〟は働かない。絶対に〝形ある物体〟が必要なのである。
〝風〟だけでは、どうあがいてもダメなのだ。
われわれは所詮、イカロスの子孫なのである。
さて、ここまで考えてきた〝風〟の魔法だが、やはり消化不良なのは否めない。
〝風の刃〟は微妙だし、〝浮遊〟も〝飛翔〟も、風の力だけではどうにもならなそうだ。
だが、わたしはむしろ、その曖昧さこそが〝風〟の良いところなのだと考える。
〝氷〟の魔法へのアシスト力の高さは、前項のとおりだ。
当然〝水〟とも相性が良い。
〝火〟はもちろん〝風〟がなければはじまらないし、受け身である〝地〟――石や砂を能動的に用いることが可能なのも〝風〟だ。
〝風〟は、他の属性との組み合わせという点において、わりと最強なのである。
存在感なく、すべてを包み込む大気のように。
――それにしても。
自由の象徴のような〝風〟だが、実はその源である〝大気〟は、地上500㎞の高さで重力によって大地に縛り付けられている。宇宙には羽ばたいていけないのだ。
そして、その大気があるからこそ、地球上の生命は守られ、養われている。
われわれ人間が大気によって呼吸できているように、〝風〟は地球の息吹なのかもしれない。
深く息を吸い込んで――イマジネーションの翼を羽ばたかせたい。
<参考サイト③>
空気→https://ja.wikipedia.org/wiki/空気
鎌鼬→https://ja.wikipedia.org/wiki/鎌鼬
空気銃→https://ja.wikipedia.org/wiki/空気銃
密度→https://ja.wikipedia.org/wiki/密度
種々の物質の密度→http://ebw.eng-book.com/heishin/Table_sort_material_density_sort.do?table_name=material_density
鉛→https://ja.wikipedia.org/wiki/鉛
花崗岩→https://ja.wikipedia.org/wiki/花崗岩
密度の換算→https://keisan.casio.jp/exec/system/1544152160
※空気の密度は1.293kg/㎥ 密度(0 ℃ 1 atm=1気圧) →0.001293g/㎤
窒素→https://ja.wikipedia.org/wiki/窒素
ホバークラフト→https://ja.wikipedia.org/wiki/ホバークラフト
空中浮揚→https://ja.wikipedia.org/wiki/空中浮揚
単位変換→https://www.ipros.jp/monosiri/tool/15
風速から風圧の計算→https://calculator.jp/science/wind-pressure/
風速→https://ja.wikipedia.org/wiki/風速
鉄道コム→https://www.tetsudo.com/report/230/
タラリア→https://ja.wikipedia.org/wiki/タラリア
Googleマップ:https://www.google.co.jp/maps/@35.9427761,139.4973856,10z
速度の換算→https://keisan.casio.jp/exec/system/1236240468
ウィングスーツ→https://ja.wikipedia.org/wiki/ウイングスーツ
ハンググライダーhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ハンググライダー
コンドル→https://ja.wikipedia.org/wiki/コンドル
筋肉→http://akaitori.tobiiro.jp/kinniku.html
円周から半径→https://www.benricho.org/calculate/Radius.html
※円柱の体積=半径×半径×円周率×高さ
円周90cm→半径14.323cm 高さ1cmのとき体積642.0986㎤
20倍の体積→12841.72㎤≒12,827.78㎤=半径63.9cm×63.9×3.14×1
半径63.9cm→円周401.49cm
翼竜→https://ja.wikipedia.org/wiki/翼竜
ケツァルコアトルス→https://ja.wikipedia.org/wiki/ケツァルコアトルス
羽の重さ→http://www.torinobyouki.com/blog/2012/11/post-33-136557.html
魔法の絨毯→https://ja.wikipedia.org/wiki/魔法の絨毯
ヘリコプター→http://www.airbushelicopters.co.jp/helicopter/mechanism/
タケコプターで空を飛べるか→https://www.kusokagaku.co.jp/info/630.html
一人乗りヘリコプター→http://www.gen-corp.jp/product/categories/p2.html
揚力→https://ja.wikipedia.org/wiki/揚力
大気→https://ja.wikipedia.org/wiki/大気