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鴇色雑記  作者: 鴇合コウ
〝魔法〟について考える。
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〝魔法〟について考える。-②氷-

 

 さて、〝水〟の魔法を考えたついでに〝氷〟の魔法についても考察したい。

〝水〟が出せれば〝氷〟も出せそうなものだが、なぜか多くのファンタジー作品では別の〝魔法〟とされる。

 それは、氷が単純に水を凍らせるだけのものではないと、多くの人が気付いているから――だと思う。たぶん。


 前述したように、氷すなわち固体の水は、水分子が動き回るのをやめて互いにぎゅっと結合した状態だ。

 この氷の構造――なんと16種類以上ある。

 雪の結晶の話ではない。キューブアイスとかフレークアイスとかの種類でもない。勿論、見た目は同じでミクロの構造だけが違うという話とも、ちょっと違う。


 普通の――通常気圧(1気圧)で0 ℃以下で固体になる――氷は〝氷Ⅰ〟。〝Ⅰ〟はローマ数字の〝1〟で、氷の結晶構造(相)が発見、認められた順番を示す。

 そのほかの氷、例えば氷Ⅵ(=6)などは、1万気圧あれば気温25 ℃でできる。さらに高圧下であれば、100 ℃でも1000 ℃でも、氷はできる。『氷=冷たい』という概念は、成り立たないのである。

 これらの氷の最大の特徴は、密度が高いので『水に沈む』ことだ。

 こんなふうに気圧や温度の条件を変え、氷は、構造の違うものが16種類以上作れることが判明している。ちなみに、多くなりすぎてローマ数字の付番を止めようという話があるらしい。

 

 当然、圧力から解放されればすぐに溶けてしまうし、実験上のことなので自然界で御目にかかることはほとんどない。少し前、ダイヤモンドの中に高圧氷が見つかって、沸き立ったくらいである。

 さらに言うと、負圧(気圧をマイナスにする)しても氷はできるようだ。普通の氷より密度が薄くて軽いという。

 こうなるともう、なんでもありな気がするが、大事なのは〝氷〟を作るにはふたつのアプローチがあるということだ。

 ひとつは温度を下げること。

 もうひとつは、高い圧力を与えること。


 正直、空気中の水蒸気を凝縮させて水を作れるなら、そのまま圧力を加えて氷が作れそうな気配はする。しかし人間の肉体が、その圧力に耐えきれるだろうか。

 1気圧は、1㎠(1㎝×1㎝)に1㎏の重りを置いた程度と言われる。1㎠は小指の先くらい。常温で氷を作ろうと思うと1万気圧必要なので、その1万倍の重さのものが360°からぎゅっと締め付ける感じだ。確実に小指が死ぬ。というか、なくなる。

 やはり、ダイヤモンドとまでは言わないが、サファイア並みの硬度は欲しいところだ。

 しかし――人の体細胞を変化させて硬度9まで高めることが可能なら、わざわざ圧力を与えなくとも、水分子の構造そのものを変化させて氷にしたほうが早そうである。

 ……なんだか違う魔法になってきた。



 では、温度を下げるほうへ切り替えてみよう。

 温度は、わりとふわっとした指標だ。日ごろ天気予報などで数値化されたものを目にするため、絶対的な気がするが、温かいものは上へ冷たいものは下へ、さらに温かいものは冷たいもののほうへ流れるため、同じ室内でも場所によって温度は異なるし、人の体温も均一ではない。肌感覚としても、気圧や湿度によってだいぶ違う。

 その温度は何に起因するかというと、その場の物体の持つ熱エネルギーだ。


 というわけで、温度を下げる=熱の移動として考えてみる。だが冷却するために熱を奪うと、奪った熱の放出先が必要だ。エアコンと室外機の関係である。

 金属に電流を流して熱を移動させる〝ペルティエ効果〟を利用しても、やはり熱の行き場が必要だ。逆に〝ゼーベック効果〟で奪った熱を電気に変えて、ファンなどを回して冷却を加速させる方法もあるが、それだと魔法ではなく、ただの物理だ。


 水が氷になるために必要な熱量〝凝固熱〟は、約334kJ/kg。大さじ1杯(15g)の水を氷にするには、約5kJが必要だ。〝凝縮熱〟より、だいぶ少ない。

 1kJは100㎏の物体を1m持ち上げる作業と同じなので、5kJは500㎏の物体を1m持ち上げる作業となる。

 500㎏というと、ヒグマのオス1頭分。馬ならサラブレッド。パンダならなんと5頭分だ。

 調べたら、デッドリフト(バーベルを太股辺りまで引き上げて立つ)のギネス記録が、ちょうど500㎏だった。人間の肉体的には、頑張ればイケる重さらしい。

 が、大さじ1杯の氷のために、肉体の限界をみたり、パンダ5頭と格闘したりするのはちょっとツラい。


 瞬間冷却剤などに利用される〝吸熱反応〟には尿素や硝酸アンモニウムなどの反応物が必須だし、冷凍庫のように〝気化熱〟を利用して冷やす場合は、冷媒となるガスが必要だ。

 フラスコに入れた水を真空引きすると、気圧が下がって水が気化して気化熱で凍るが、真空を生み出すためには密閉空間を作り、そこから圧力を下げないといけないので、少々ハードルが高い。

 電磁波の放出による〝放射冷却〟という現象もあるが、寒暖の差に由来し、熱平衡状態に達すれば落ち着く。上空に寒気を召喚したところで、マイナスまで冷やすことはなかなか難しそうである。


 視点を変えて、熱エネルギーは原子や分子の運動によるエネルギーというところから、水分子の動きを止めて氷を作るという理屈はどうだろうか。

 大さじ1杯(15g)の水分子の数は5.02×10の23乗個。そのすべての分子を止めないと固体にならないと考えると大変だが、雪雲と同じように〝氷晶核〟を作って放り込んでやると、連鎖的に反応が広がりそうではある。

 では、〝氷晶核〟となる分子をどう〝冷却する=動きを止める〟か。


 一応現実には、レーザーを照射して原子の動きを止める〝レーザー冷却〟という方法がある。

 ざっくり言うと、原子が光を吸収し、放出する性質があることを利用して、動いている原子に運動方向とは反対向きの光を当て、吸収と放出を繰り返させながら動きを止めるという仕組みだ。1回でごく僅かな量――といっても10億(10の9乗)個の原子を冷却できるというのだから、なかなかすごい。

 冷却できる元素には条件があったり、分子に対しての実験はまだ実証数が少ないようだが、理論的には水分子も止められそうな期待感がある。

 が、しかし。ひとつ大きな問題があった。

 なんとレーザーを照射する場は〝真空状態〟なのだ。


 ……だから真空に水ぶち込んだら普通に凍るから……!


 完全に元へ戻った。レーザーいらなかった。光で凍らせるとか恰好いいのに、残念である。

 レーザー冷却で液体を凍らせたという記事も見つけたが、詳細がよく分からないので保留。また、固体のレーザー冷却に成功したという報告では、やはり試料は1μTorr(1.33×10の-4乗Pa)の真空下だった。


 やはり〝真空〟が鍵なのか。

 というより、四大元素のひとつである〝風(あるいは空気)〟を考慮に入れたほうがいいかもしれない。



〝風〟と〝真空〟は切っても切り放せない関係のように思えるが、実はそうでもない。かの有名な〝鎌鼬かまいたち〟は現在、真空による傷ではないとの説が濃厚である。

 竜巻の中心が真空になるという話も見かけたことがあるが(風の渦に閉じ込めて窒息させるとか)、残念ながら、中心部は気圧が低いので呼吸はしづらいだろうが、真空にはならないようだ。

 だいたい、風が吹くということは空気があるということなので、空気を構成する粒子を極力排除した〝真空〟とは真反対の状態である。


 だが〝風〟の魔法を〝空気を自在に操る〟と定義するなら、それも可能だ。

 では、範囲指定をどうするか。

〝魔力の届く範囲〟なんていうざっくりした感覚で、真空が作れるほどの密閉空間が成立するとは考えにくい。それに足元も含めて上下左右360°、しかも自分を中心にして真空引きすると、いろいろ危険である。


 必要な真空場の大きさを考えてみよう。

 水の蒸発熱(気化熱)は2442kJ/kg、すなわち2.442kJ/g。水15gを氷にするには5kJ/gが必要ということなので、およそ2.1gの水が蒸発すればいける…のか?

(実際に実験をしたわけではないので、ちょっと自信がない)

 水→水蒸気は体積が1700倍に増えるので、2.1g(2.1ml)は3570mlになるはずだ。余裕を見て5000ml=5Lとしても、そんなに大きくはない。球であれば半径10.61㎝、バレーボールくらいの大きさだ。20L/minくらいの力で吸引すれば、ものの数分で凍るはず――理屈では。

 場を作る材質は、中身が確認できるように透明で、減圧にも耐えられるようにやや肉厚で均一な厚みを持ち、繋ぎ目のないガラスのようなものが望ましい。

 しかし、そんなものを〝魔法〟で創り出せたら、大さじ1杯の水を氷に変えるよりも、はるかに良い商売になりそうだ。

 それに、これはもはや〝風〟の魔法でも、〝水〟の魔法でもない。

〝真空〟手ごわすぎる。


 それよりむしろ、人工降雪機のように水と空気を圧縮して噴射し、〝断熱膨張〟によって核となる氷晶を作り、〝気化熱〟で過冷却状態にした水滴にぶつけて雪を発生させるほうが、可能性としてははるかにあり得る。

 だがこれは、外気がある程度低くないと上手くいかないようだ。できれば零下マイナスが良い。

 そうなると、まず外気を冷やす手段を講じる必要がある。海上などの水蒸気を多分に含んだ空気を、ある程度の標高のある山の上――昼間と仮定すると、そのまま海上の大気層の対流圏まで持ち上げるより気流を利用した方が楽そうなので――もしくは極地に運び、十分に冷やして地上に戻せば、少しずつだが周囲の温度は下がるはずだ。

 ただし、地表や建物、人なども熱を発しているので、数回程度のターンではなかなか冷えないだろう。が、繰り返せば、零下に達するかはともかく、外気温は低下していくと見込まれる。

 まあ、緯度や地形など、その場の環境に左右される点が多いので、ある程度の試行錯誤は必要ではあるが。

 ――これでお膳立ては整った。


〝風〟の素晴らしいところは、〝水〟を創造しなくとも、運搬によって調達できることだ。

 循環によって外気を冷やしつつ、山頂の河川などから冷えた水を水滴(雲)の状態で運び、空気と一緒に圧縮。勢いよく噴射すると、〝断熱膨張〟で急激に体積の増えた空気が熱を奪い、水滴が冷却される。これだけでは完全な雪にならないので、半凍結状態のそれらにさらに圧縮空気を吹き付けて、混合・攪拌して空中へ噴霧すると、良い感じの雪が出来上がる予定だ。

 さらに、ここまでくると周囲にかなりの水分量が蓄えられる。〝水〟魔法の出番である。

 人も物も大地も大気も十分に冷やされた環境で、風を巻き起こしつつ水分を凝縮させれば、〝気化熱〟で辺りは氷漬けになっていく――はずだ。


 それにしても、この状況――風に雪、つまり吹雪と氷。

 完全に『レリゴー』の世界である。やっぱりディ○ニーはすごかった。


 惜しむらくは、氷の杭や柱が、瞬時に完成するというところまではいきそうにないことだ。

 氷の粒を凝集させても、立体を作るには数分はかかるだろうし、中に空気(泡)が入ると強度が落ちるので、それも問題である。

 どうやら〝水〟魔法と〝風〟魔法の合わせ技では、このあたりが限界のようだ。


 氷だけを直接創り出すのは、〝想像力〟に任せるしかない。

 氷の城の建造は、うたかたの夢となりそうである。





<参考サイト②>

氷→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B7

氷の多形→https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrsj/59/6/59_293/_pdf

熱い氷→http://earth.sci.ehime-u.ac.jp/~hirai/heavy_hot.html

ダイヤモンドの中の氷→https://www.trendswatcher.net/032018/science/ダイアモンドに閉じ込められていた氷-viiの発見/

軽い氷→https://academist-cf.com/journal/?p=5959

1気圧→https://zatugaku-gimonn.com/entry229.html

圧力の単位について→https://www.echigoseika.co.jp/enjoy/high-pressure-technology/02.php

温度→https://ja.wikipedia.org/wiki/温度

凝固熱(融解熱)→https://ja.wikipedia.org/wiki/融解熱

ジュール(単位J)→https://ja.wikipedia.org/wiki/ジュール

デッドリフトのギネス記録→https://www.guinnessworldrecords.jp/world-records/441064-heaviest-strongman-deadlift

吸熱反応→http://sciyoji.site/sciyoji/kyunetu_nh4no3/

空調機・冷却→https://www.apiste.co.jp/pau/technical/detail/id=4102

気化熱の実験→https://www.nichirei.co.jp/koras/category/ice/009.html

放射冷却→https://ja.wikipedia.org/wiki/放射冷却

熱エネルギー→https://ja.wikipedia.org/wiki/熱エネルギー

水分子の数→https://juken-mikata.net/how-to/chemistry/602-1023.html

 ※水素原子1×2+酸素原子16×1=水分子の分子量18

  水15g中の物質量→15g÷分子量18=0.833 mol

  水15g中の水分子の数→0.833 mol×アボガドロ定数6.02×10の23乗=5.0166×10の23乗個

雪→https://ja.wikipedia.org/wiki/雪

氷晶→https://ja.wikipedia.org/wiki/氷晶

氷晶核→https://ja.wikipedia.org/wiki/氷晶核

レーザー冷却①→http://www.kozuma.phys.titech.ac.jp/research_category/laser_cooling.html

レーザー冷却②→https://www.milive-plus.net/量子光学/量子光学4/

レーザー冷却装置→https://www.kitano-seiki.co.jp/product/r_and_d/Ohers_Laser.html

分子のレーザー冷却→https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/highlights/27099

レーザーで水の冷却→http://ex-press.jp/lfwj/lfwj-news/lfwj-science-research/10205/

レーザーで固体の冷却→http://scienceminestrone.blog.fc2.com/blog-entry-933.html

鎌鼬→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8E%8C%E9%BC%AC

球の体積→https://calculator.jp/science/ball/

真空排気時間の計算→http://kikai.click/vacuum/exhaust-time.html

 ※容積5L、排気速度20L/min、到達圧力1Pa

人工降雪機→https://ja.wikipedia.org/wiki/人工降雪機

雪が降る仕組み→https://www.jma-net.go.jp/sapporo/bousaikyouiku/schoolbousai/sozai/tokusyu/snow/contents/how.html


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