みのあるはなし。
2013/3/30UP【レイティング注意】爬虫類・下ネタが苦手な人は回避願います。
2013年は巳年である。
「み」という音はそこそこ愛嬌があるが、「へび」と呼ばれるものには若干苦手意識をもつ人が多いように思う。しかしながら今年を逃すと、この話題はあと十二年後になりそうなので、新年を大幅に過ぎながらも、しばしこの生き物に焦点を当てたいと思う。
とはいえ「蛇大好き!」という爬虫類愛からではない。単純に――卒論の対象がヘビ、だったのだ。
きっかけは「系統分類学」という分野に興味をもち、例の「憂色」に出てくる先生に相談に行ったことだ。そこで、
「これなんてどうだ?」
と満面の笑みで、文字通り差し出されたのである。
種類は、オレンジ×黒なんてサイケデリックな色彩をもつ「ハイ」という名の沖縄諸島周辺の固有種だ。近縁に「ヒャン」という奄美の種類と「タイワンハイ」という台湾の種類がいて、これらから奄美~沖縄諸島内の系統的な距離を測ろうというのが狙いである。
不思議な名前は「日照り」という意味で、水辺を好む性質からか、日照りになると人前に姿を現わすといわれることに由来する。性質はおだやかで、れっきとしたコブラ科(毒牙あり)なのに人に掴まれても咬もうとせず、尻尾の先端の棘で抵抗する(毒なし)ちょっと気弱なやつなのだ。
分類学というと、昨今はDNA解析が主流である。これができていたらカッコイイのだが、残念なことに電気泳動というタンパク質からDNAを抽出する手法では、材料となるタンパク質が変性していると意味をなさない。つまり、ホルマリン固定をされた標本からDNAを抽出することは難しいのだ。
希少種である「ハイ」は生の標本を得られる機会が少なく、やむなく今回はホルマリン臭漂うがっちがちに固まった標本とにらめっこして、外見的特徴から差異を探ることになった。
余談だが、その少ない標本を集めるのに先生が奔走してくださった結果、怪しげなガラス瓶をショルダーバッグに入れて持ち歩くことになってしまい、かの悪名高き地下鉄事件と重なって警察から尋問を受けたというのは、いい笑い話である。
さて、ヘビの形態分類の基本といえば、まずは大きさ。とくに全長よりも「頭胴長(とうどうちょう)」が重要視される。口の先(口吻)から総排出腔までの長さだ。総排出腔はもろもろのコトに用いられる器官で、ヘビの腹側は幅広の鱗が連なった、いわゆる「蛇腹」状をしているのだが、ある地点を境に鱗の形状が細かく変化する。その境目が総排出腔で、そこから先がヘビの「尻尾」となる。
また背側の斜めに並んだ鱗の数「体鱗列数(たいりんれつすう)」も種によって数が決まっており、ヘビの種類を区別する基本項目として挙げられる。
ヘビの形態分類の項目のうち、もっとも奇抜で目を惹くのが雄性生殖器官「hemipenis」である。
hemiとは「半分の」という意味で、彼らは左右で一対の生殖器官をもつ。普段それは体内にしまわれており、いざというときにのみ姿を現わすのだ。論文では「everted~(覆された・反転された)」などと表現されるが、つまりは左右の根元がつながった凹状の袋として尻尾の付け根付近に内在し、腹圧や筋肉の収縮により、総排出腔から凸状に押し出されるという具合である。詳しくはなかなか説明しにくいので、Web検索などでその目でお確かめいただきたい。
レイティングに引っかかりそうなこの器官がなぜ分類に用いられるかというと、全体が大小さまざまな棘状突起に覆われていたり、先端がY字になっていたりと非常に外見の多様性に富んでいるからである。顕微鏡の拡大写真を見ると、芸術的ですらある。生物にとって非常に重要なパーツなのだと思い知らされるものだ。
ちなみに、猫も雄の生殖器に棘がある。全体ではなく根元のあたりだけだが、交尾後、雌猫は痛さのあまり雄を攻撃することもあるという――笑うに笑えない話である。さらに言うと、去勢をするとこの棘もなくなってしまうのだ。生命の妙である。
閑話休題。
分類でこの「hemipenis」が取り沙汰されたのは近世になってからで、それまではあまり注目されていなかった。普段体内に隠されているそれは、そのままでは正しい形状を確認することができず、ホルマリン漬けにする前に人がよいしょと指で押し出す一手間が必要だからである。
希少種である「ハイ」の古い標本たちは、幸いなことに(?)男性の象徴をさらして固定される憂き目に合っておらず、今回の分類にその形状を持ち出されることはなかった。
が、同じようなことをナミヘビ科で行なっていた同級生(男)は、なまじ捕獲量があるだけに、研究室の片隅で同性の生殖器官を凝視する微妙な日々を過ごしていた。単に大きさを測るにしても、いびつな凹凸をしたものが一体につき二つもあり、地味に手がかかる作業である。
「両方測って、違いとかあるの?」
「あんまり違わんやつもあるし、長さが違うやつもおるよ」(※注:同級生は大阪人)
「それは、種の特徴として相対的に右が長いとかあるわけ?」
「いやー俺の経験から言うと、そういう括りはないな。個体個体の特徴やと思う。
俺は、この長いほうを『利き〝ピーー〟』と呼ぼうと思うんやけど」
「……は?」
「いやな。ヘビは交尾するときに、こう体を絡めてするんやけど、やっぱり人の利き手みたいにやりやすい方向ってゆうのがあるはずやねん」
「…………貝の右巻き・左巻きみたいな?」
「たぶんな。あいつらも真剣勝負やから、回数を重ねるうちに攻めやすいやり方ができてくると思うねや。で、より使いやすいほうが長くなるんやないかと思うわけよ」
ほほう。
「せやから、やっぱり『利き〝ピーー〟』ってあると思うねん!」
ずいぶんと力強く断言する同級生。どのあたりに力を入れているかはご想像にお任せする。
「これが科学的に立証された暁には、ぜひ鴇合(仮名)ちゃんに発表を」
「……わたしか!!!」
「いやあ。やっぱり男が言うより、女の子に『利き〝ピーー〟』って連呼して欲しいんやんか」
そこか。やっぱりそ・こ・か!!!
なんだろうなあ。なんでこういう話題になると、人って生き生きしてしまうんだろうなあ。
「言うて欲しいなあ、『利き〝ピーー〟』」
「……立証できたらね」
その前に、研究に貢献していないものが発表するのはどうなんだ?という突っ込みがあるのだが、これまでに彼からそういった連絡はなく、『利き〝ピーー〟』が学会で発表されたという話も聞かない。
とりあえず、連呼だけは避けられたようで一安心である。
* * *
人は、異質なもの・理解しがたいものを目にしたとき、しばしば拒絶を表わす。
だが、進化という大局で見た場合、人とて異形だったのだ。
鰭(ひれ)から進化を遂げて獲得した四肢をわざわざ捨てたヘビは、ひょっとしたら、われわれの進化の先をいっているだけかもしれない。
『足で歩くなんて、だっせー』とか。
『〝ピーー〟がひとつしかないなんて、ありえなーい』とか。
実は彼らだって、ひそかにそんな噂話をしているかもしれないのだ。
正直、ヘビなんて詳しく知らなくても生きていける。彼らにどんな種類があり、どんな進化を遂げて、どんな生活を送って、どんな体の造りをしているかなんて、完全な知識の余剰範囲だ。
だが、やはりその余剰こそが大事なのだと思う。
ゆとり。遊び。どういう言葉で表現するかは人それぞれだが、ヒトという存在に入り込んだその隙間がないと、われわれは極端に自由度を失うだろう。
同質のものを好むヒトは、意図的に異質なものに触れることで、生命としての均衡を保とうとしているのではないだろうか。
* * *
結局卒論研究は、発表後、雑誌に掲載するというので1ヶ月ほど残留して英訳したのに、他の研究と統合されて先生に全面書き直しされてしまうこととなった。
研究職に就いていないので、何かが身についたようにもないし、実を結んだわけでもないこの研究。それでも確かに、自分の振り幅を大きくしてくれたのだとわたしは信じる。
この世の中に、真実はあっても正解はない。
それが、わたしが余剰の人生から学んだ、確固たる事実なのである。
これ、ネタ的に大丈夫ですかね…。
もうほんと、こんな話ですみません…。




