(12)いざ入院
<▲月23日>
とうとう手術の日が迫ってきた。
入院は、手術前日の午後1時半~2時からすることになっている。自家用車で来てはいけないのが面倒だ。車を止めっぱなしにしてはいけないらしい。
心置きなく入院できるよう、午前中に仕事を済ませてから病院に向かうつもりだったので、時間的にはぎりぎりである。が、家族が仕事の都合をつけてくれ、行きは父が、帰りは兄が送り迎えをしてくれることになった。ありがたや。
入院にあたり、「入院のご案内」なるものを病院からいただいた。
正直これまでの人生で入院など経験がないので、さっぱり状況が分からない。母の入院の世話をしたことはあるが、処置の内容はまるで違うし、自分がどういう状況に追い込まれるかも不明だ。
コーディネーターさんによると、手術日の翌日一日泊まって様子をみるのだが、みなさん暇を持て余すらしい。暇つぶしになりそうなものを持って来て下さいと言われた。それでも三泊四日である。そんなに大荷物を持って行くわけにもいかない。
とりあえずノートパソコンと読みかけの小説、着替えなどのお泊まり道具とパジャマ、ハンドタオル、スリッパ。携帯の充電器とCDプレイヤーを詰め込んだ。日常に音楽は必須だが、イヤホン的なもの全般が苦手なので(耳が痛くなる)、プレイヤーは母からの借り物だ。i-p○dなんて文明の利器は我が家には存在しない。
麻酔科でいただいた加圧靴下?(弾性ストッキングと言うらしい)も忘れずに。そして――もうひとつ。
「T字帯ってお持ちですか?」
待ち合わせた受付で、遠慮がちに言い出されるコーディネーターさん。
「なんですか、それ??」
「じゃあ、あの。これはわたしからの気持ちということで」
渡されたのは、ビニールに入ったガーゼらしきもの。
【T字帯】
用途:手術のときなどに着用する医療用下着
使い方:ウエスト部分をひもで結び、布を後ろから持ってきてひもの下からくぐらせて前に垂らす
――これ、名称〝ふんどし〟でいいんじゃ……?
日本古来の呼び方では医学的に問題でもあるのだろうか。
そこのところも疑問だが、もっと心配なのは保護力だ。尿道カテーテルを通されたうえに、ふんどし。おそらくこの組み合わせに到達するまでに経た歳月と手術件数は相当なものと推察され、存在意義的に間違いはない――はずだ。それでもやはり状況的に問題があると思うのだが、世の中の患者さんはみなコレに耐えてらっしゃるのだろうか。
「……ありがたく、いただきます」
ドナーといえど、ここまできたらもはや〝患者〟だ。文句は言えない。
入院のために向かった入院棟は、二重扉も仰々しい「先端医療棟」の個室だった。骨髄移植は先端医療だったのか。さらにカルテに書かれた文字は「小児」「重症」。
――……誰のことかな、一体。
いろいろなもやもやを呑み下して、手術までのカウントダウンがはじまった。
* * *
入院というものは、思ったよりも落ち着かない。担当の看護師さんの紹介があり病棟の説明があり、入院生活のスケジュールについての説明があり、検査があり。
コーディネーターさんが帰られてしまうと、見知らぬ場所でお客様のような、場違いな迷子のような。そんな微妙な心境だ。顔見知りの担当医と説明係だった同級生医師が挨拶に訪れてくれ、ほっとしたような、これはやっぱり現実なのだと思い知らされるような気がする。
――こんなとこまで来ちゃったねえ。
それが率直な感想である。
怖いとか不安ではなく、もう自分の意思ではどうにもならない大きな流れに浸かってしまっているんだということが身に沁みた一日だった。
寂しさまぎれに友だちにメールしまくる。平日の夜だからか、返信が早いのがうれしい。
『がんばりんさいよ。ま、寝とくだけだけど』
『ありがとー。麻酔で変なうわごと口走らないことだけ祈っといて』
『あはは。祈っとくよー』
何気ないやりとりに平常心をとり戻す。
枕が変わって眠れないなんて神経は持ち合わせていないから、なんの問題もなく就寝した。
もちろん、人生初の病院食もしっかり完食して。
夕食:白米、牛肉と赤ピーマン、ブロッコリーの炒めもの、ポテトサラダ、もずくスープ、りんご