(11)二回目の自己採血と…
<▲月11日>
鉄剤生活は、つつがなく過ぎていった。
まあ言われたとおり、尾籠な話で恐縮だが、トイレに入ったときは多少驚いた。が、それだけである。
お腹がゆるくなることも胃が痛くなることも、ましてや貧血でくらくらするなんてことはまるでない。本当に、おもしろいくらい健康なのである。
問題があるとすれば、体調に気を遣いすぎて、逆に目方がウナギ上りだというくらいだ。
おかげさまで、体の動きが多少鈍い。
――……二人分の体重だと思おう。
確実に違うのだが、そんな適当なところで自分自身をごまかして迎えた、二回目の自己血採血の日。
さすがに二度目であるし、今回は採血だけのため、さっくりと診察室へ回される。看護師さんは前回と同じ方だ。
間違えてはいけないのでと氏名を確認され、医師によってぷすりと太めの針が刺される。
今回採るのは200ml。前回の半分の量だ。
「あなた、腕のわりに血圧低いわねー」
などと言われながらも、順調に血はどんどん抜かれ。自己血の確保はものの10分ほどで完了した。
血が止まるのを待つあいだ、興味本位で自分の血が溜まったバッグを覗いてみる。400mlのバッグは知っているが200mlの容れものはまだ見たことがなかったので、どれほど大きさが違うのだろうという、純粋な好奇心だ。
赤黒いもったりした液が溜まったビニール製のバッグは、診察台の足元にある撹拌台の上に鎮座している。よく見る点滴バッグと大きさが変わらないようだ。
――ひょっとして、200mlを採るときも400mlのバッグの半分とかで調節するものなんだろうか。
そんなことを思いながら、腕の出血を確認して、診察台から立ち上がる。鞄を持ってお礼を言って立ち去ろうとした、そのとき。
「あああああぁ~。ごめん!!!」
唐突にあがる看護師さんの声。
「私のミスだわ~。よく確認してなかった。ごめんねえええぇ!」
「はい?」
「今日は200でよかったのね。400採っちゃったわ~!!」
――……ああ。それで。
点滴バッグの謎が、こうも早く氷解するとは思わず、怒るとか驚く前に納得してしまう。
や、気づいていたら指摘すればよかったんですかね? でもほら、ワタシ一応シロウトですからね??
「まあ、あとで戻ってくるんですよね?」
「……そうなんだけど。ごめんねぇ」
なぜだかわたしよりも看護師さんのほうがうろたえ、意気消沈している。なんだか気の毒である。
「今戻しとく……ゆーのもねぇ?」
「や、後で戻ってもたぶんおんなじですから」
「そうよねぇ。ちょっと私、先生に言ってくる!」
そこまでしなくてもいいんじゃ、と思ったが、やっぱりミスはミスであるらしい。受付に向かうところで引き止められ、医師から謝罪され、さんざん体調は大丈夫かと気を遣われた。
ここで「400も採られたから気分が……」などと言ってみたかった気もするが、いかんせん健康体である。血圧は低めであろうと、体重は刻々と増加傾向である。かよわい素振りなど、人生の辞書の中で引こうにも項目が載っていないのだ。
「とりあえず今のところはなんともないので、おかしかったらまた言います」
曖昧な笑顔で受け流す。気分はすっかり帰宅モードだ。
車で片道1時間。午後イチからの仕事に間に合わせるには、売店でドリンクを買って水分補給して家に帰って昼食を済ませて出てもいけるだろうか、などとぐるぐる考えていたわたしは、このとき気づいていなかった。
ドナー生活が、最初の想定から微妙に進路を曲げつつあることを。
…そこまでシリアスな展開はないです、すみません。