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鴇色雑記  作者: 鴇合コウ
ドナーってどんな?
43/55

(10)自己血採血と鉄剤のはじまり

<*月20日>


 そんなこんなで、麻酔医の診断と第一回目の自己血採血の日だ。

 朝から結構な雨が降っていたが、午後には止むとの予報で、たいしたことはないと踏んで通常どおりに家を出たのが甘かった。

 大・渋・滞! 予定時間の十時を数分超過し、息を切らせて担当医の元へ向かう。採血の予約時間は十時半。予定通り、先に麻酔科で麻酔医の受診をすることになった。


 麻酔医と聞くだけで心拍数があがってしまうが、手術中意識のないわたしの命綱を握ってくれる人物だ。モニタリングがどれほど大事か、動物病院での経験上身に沁みている。余計な妄想もふくらむものだ。


 麻酔前の鎮静剤で、わりに眠ってしまうはずだ。白目をむいて、よだれだらーんである。

 全身が弛緩したところで挿管。動物では手で口をあけてベロを引っ張っていたが、人間では喉頭鏡で確認しながら気管内チューブを入れる。サイズはどれくらいだろう? 大型犬では12.0だったけど、人間はもっと太いのだろうか?

 チューブを入れたら、カフを膨らませて適切な位置に固定する。おそらくテープで口の周りをぺたぺた止められるはずだ。呼吸が確保できたら、今度は施術のしやすい態勢に変える。わたしの場合はうつぶせだ。

 同時進行で心電図とパルスオキシメーター(脈拍と血中酸素飽和度の測定)でモニタリングを開始するだろう。人は剃毛しなくていいから楽ちんだ。……だけど憂鬱な尿道カテーテルが通される。消毒前なんだろうな、きっと。

 体勢が整ったら、術野の消毒。それが済んだら術布で術野以外の部位を覆い、術衣に包んだ執刀医が登場して手術がはじまる。人間の手術器具もオートクレーブ(高圧蒸気滅菌)なんだろうか。熱かったらやだなあ。


 ……などという妄想が果てしなく続いてしまうほど、麻酔科の待ち時間は長かった。単行本の漫画二冊を軽く読了である。

 一応ドナーは、優先的に診察ということにはなっているらしい。が、他の患者さんにも診察する理由というのがあるわけで。世の中はそう都合どおりにはいかない。

 診察が始まったのは、たっぷり11時を回った頃だった。内容は本当に問診。それと説明だ。


――なにが起こるかは、だいたい分かってます。


 とは言えなかったけど、とりあえず白目むいてもよだれ垂らしても大丈夫そうな、やさしい雰囲気の麻酔医さんだった。ほっと一安心である。

 その問診でひとつ分かったことがある。ラテックスアレルギーのことだ。


 ラテックスとは樹液から採られるゴム製品などの原料のことで、わたしはこれで作られた手袋が苦手だ。圧迫されるのがダメなのか素材がダメなのかは分からないが、石鹸できれいに洗わないと赤くかゆくなる。

 密着しすぎなければ問題ないので、アレルギーというほどには思っていなかったのだが、一応担当医にもコーディネーターさんにも、麻酔医さんにもその件はお話しておいた。


「キウイやバナナは大丈夫ですか?」

「キウイはなんともありませんが、パイナップルを大量に食べて首に湿疹が出来たことはあります」

「じゃあ、やっぱり傾向はあるかもしれませんね」


 ラテックスと食物アレルギーが関連してるとは思わなかった。ひとつ収穫である。

 調べてみると、ラテックスに類似した成分を含む食物は、以下のとおりだ。


 バナナ、アボガド、キウイ、栗、イチジク、パパイヤ、メロン、モモ、ピーナッツ、クルミ、カラシ、コショウ、ジャガイモ、トマト、パイナップル、ソバ、タケノコ


 ……わりにあるものだ。パイナップルが入っていてちょっと嬉しい。皮膚科で受けたアレルギー検査の項目にはパイナップルがなくて、調べてもらえなかったのだ。

 しかし、どれも好きな食べ物だな。気をつけよう。


 さらに麻酔医さんのところで、もうひとつ収穫があった。手術中の加圧靴下の存在である。手術中はずっと同じ体勢をとるため、いわゆるエコノミークラス症候群にならないように、これを履いて足の血液を滞りなく心臓へ送り返すようにするのだ。

 ご丁寧に足首の太さを測ってサイズ確認。……た、体型変動したらまずいでしょうか。


「手術のときは持って来て、忘れずに履いてくださいね」


 気をつけます。


 この次は、ようやく自己血の採血だ。今回は400ml。麻酔科で待たせたことの謝罪をなぜか担当医から聞かされつつ、輸血科まで向かう。大きい病院は移動があるから大変だ。

 ここではすぐに通された。ありがたいことである。元気な看護師さんから、自己血保存は1ヶ月程度しかできないこと、保存血液がごくまれに分離して使えなくなることもあることなどの注意を説明された。

 血液は放っておくと分離するのが自然なので、分離しないようにいろいろと保存液を入れられるんだろう。それが戻ると思うと正直憂鬱だが、まあ仕方ない。


 血圧を測って採血。ずっと看護師さんが話しかけてくれるので退屈しないですんだ。寝ている間に終わってしまうというのもありだが、寝ると血圧が下がるので結果的に起きているほうが早く済む。

 空腹時にもかかわらず、健康なわたしの心臓は血液をがんがん送り続け、十五分弱で採血が終わった。最後にもう一度血圧を測り、

「水はしっかり飲んで! ポカリがいいわよ。糖分大めだから」

なんていうアドバイスを受けつつ、処方箋を持って会計へゴー。


 薬が処方されるまで待ち時間があったので、売店でおにぎりと等張水に近い経口補液用のドリンクを購入し、外の通路に腰掛けてささっと昼食を済ませた。

 35日分の鉄剤と胃薬をもらって、これで仕事にいける!


「鉄剤ははじめてですか?」

「はい」

「鉄剤を飲みはじめると、便が黒くなりますので」

「あ、聞きました」

「それから、歯が黒くなる方もいますので」

 ……聞いてないよ?

「通常の歯磨きで予防されますので。ではお大事にー」


 なんだろう、心なしか採血された腕が痛重いが、これは心痛のせいなのか?

 あいたた。


 帰って親に報告。

「鉄剤で歯が黒くなるってよ。どうよ?」

「へえー。……あー、でも鉄だもんね」

 へいへい、確かに鉄は酸化すると黒くなるよ。化学反応だから仕方ないけどね。

 納得したとたんに、爆笑する母。

「あんた……未婚なのに、お歯黒って……!!」


 お歯黒。鉄漿とも書く。

 古代日本では、既婚女性が酢酸に溶かした鉄で歯を黒く染めていた。

 漆のような真っ黒がうつくしいとされた――らしい。


「好きでお歯黒になるわけじゃないから! つか、歯磨くし!」


 鴇合。いろいろとアラウンドを廻ってしまったお年頃。独身。

 約一ヶ月、お歯黒との戦い、はじまります。



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