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鴇色雑記  作者: 鴇合コウ
ドナーってどんな?
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(6)確認検査と衝撃の事実

<△月21日>


 そんなこんなで、実にオレンジのお知らせが届いてから約一ヵ月後。確認検査がおこなわれた。

 これは検査が主というより、コーディネートさんと専門の先生とはじめて顔を合わせて、より詳細な骨髄提供の流れを説明されることが主目的である。

 なので、オレンジ一式の中の「説明書」を事前に読んでおくよう勧められた。


 説明書というシロモノは、まあまあ真面目に読むほうだ。が、読んだからといって理解できるかというと、それはまた別問題である。

 「説明書」には骨髄採取の流れのみならず、後遺症の事例も事細かに書いてあり、ドナーには保険がかけられている旨も明記されている。なんと、検査に通う道中も保険対象内なのだ。手厚くされればされるほど身の危険を感じるのは、うがちすぎなのだろうか。

 とはいえ、医療行為は危険がともなうものであることは重々承知だし、健康な人間に対する手技なのだから、保険はないよりあったほうがいい。母などは、

「保険おりるんなら、なにかあってもいいよ?(むしろ推奨)」

 などとブラックなことを言ってきて、危険極まりなかったりする。



 ともあれ当日の朝、車で一時間の道のりをかけ、目的の病院に乗り込んだ。

 大きな総合病院は、専門性が細分化されているという利点があるが、広くてやたら混んでいるのが欠点である。予想通り駐車場は空いておらず、ぐるぐる誘導された挙句、路駐となった。いいのか病院。


 オレンジ一式を目印に受付に向かうと、マスクをつけたスーツ姿の女性が入口に立っている。

「骨髄バンクのK野です。よろしくお願いします」

「お願いします」

「さっそくですが、マスクをどうぞ」

 ……そうなのだ。風邪をもらうのもだめなのだ。まだ決定ではないが、この身は他人様にあげる身なのである。

 マスクをつけ「血液内科」に向かう。通知文書で事前に担当医師の名前と所属は知らされているが、まるでおのぼりさん状態で院内を案内される。

 そこでは、先生の説明の前に再度コーディネーターさんから詳しい説明を聞くために、一室を用意していただいていた。

 

 説明は、先にいただいた冊子にしたがってされた。いろいろな内容があったが、わたしにとってのキーポイントは以下の点である。


 ○骨髄採取は全身麻酔下でおこなう手術で、骨盤に針で穴を開けて採取すること

 ○皮膚に開く穴は2~6ヶ所だが、注射器で吸い出せるのが少量なので、骨には百回近く針を刺すこと

 ○最終同意をしたときから受け取る患者さんに免疫を下げる処置が開始されるので、引き返せないこと

 ○医師、コーディネーターは、あくまでドナーの都合を優先すること


 手術で使う道具なども写真で見せられる。骨に穴を開けるのだから、使用されるのは釘サイズのぶっとい針だ。写真を見て――驚いた。

――あー……これ、猫の胸腔穿刺(※)で使ったのとおんなじ感じだわ。

 こんなところで前職を実感だ。

 当然、手術の写真もデジャヴを誘う。これまで何件となくしてきたことを、今度は自分がされる番なのだ。だいたいの流れが想像できるだけに、なんとなく諦観がただよう。

 そのなかで憂鬱なのは人様の前で素肌をさらけ出すことよりも、骨に針を刺されることよりも、「尿道カテーテル」。すなわち意識のない中、おしっこの管を通されることである。

 母の手術のときもそうだったと思い返しつつも、駄目押しをしてみる。


「これって必ずされるものなんですか?」

「そうですね」

 自分のためだとはわかっていてもブルーだ。おしっこの管……。

「生理になったらどうするんですか?」

「看護師さんがちゃんとしてくださいますので、だいじょうぶですよ」

 同性に処置されるのだからまだいいか。これが男性で、看護師さんに処置される立場だったら自分的に少々いたたまれない気がする。しかし、管か……。

「ほかに気になることはありますか?」

 そこさえスルーしてもらえれば、言うことはないのですが。だめなのですね、はい。


 担当医の先生からは、医学的なことを説明される。採取される骨髄液はドナーの体重によって決まるという。「患者さんが必要とする骨髄液の量」も患者さんの年齢・体格によって決定されるが、あくまでドナー中心。ぶっちゃけて言うなら、ドナー選定の中にはHLA型の合う・合わないだけでなく、必要量が採れそうかということも加味されるということである。

 ここでぴんときた。患者さんは成人男性もしくは大柄な成人女性だ――なにしろワタクシ、わりに体格が良いのだ。

 患者さんの情報は「年齢(○代という程度)・性別・住んでいる地方」しか明かされない。この段階では骨髄バンクにも詳しい情報が届いておらず、したがって必要な骨髄量も不明であった。


「手術のことでもなんでも聞いて下さい」

と、おだやかな男性医師は言われるのだが、手術に関しては任せるしかないので、不安点はむしろそこにいたるまでの自己管理のほうだ。なにしろ制約が多い。

 お酒ダメ。風邪をひいたらダメ。アレルギーの薬もダメ。なかには運動がダメ、という項目がある。

 これは手術時の麻酔で急激な高熱を発するひとが稀にいるのだが、そのときの血液の状態が筋肉痛を起こしている状態と非常に似ているため、診断の誤りを防ぐという意味で、手術の二週間前から筋肉痛になるような運動は避けて下さいということなのだ。


「天気が良くなってきたので、そろそろ自転車通勤しようと思ってたんですが」

「事故も恐いので、止めておいて下さい」

 にっこりきっぱり、コーディネーターさんに言われる。

「お酒もだめなんですよね?」

「今のあいだはまだ大丈夫ですよ。検査と手術の前はなしでお願いします」

 と言われても、確定検査からドナー決定して次の検査までの時間配分がよくわからない。

「この週末、地元の酒蔵の蔵開きに行くんですが、大丈夫でしょうか」

「はは、大丈夫ですよ」

 ぬるい笑顔で返す先生。思わず余計なことが口から出た。

「よかったです。同級生の酒蔵なんで、ほかの同級の子たちと行こうって言っていたので」

 つまらないことを口にしたとたん、先生がぱたぱたとカルテをめくりはじめた。なにしたわたし。

「あれ……地元、ずっと住所変わらないですか?」

「……S町ですが」

「ひょっとして酒蔵って『○○泉』(酒蔵の名前)ですか?」

「そーです。良くご存知で」

「S町の酒蔵で同級っていったら、MくんのところかZさんでしょ? 二人とも小学校のとき塾が一緒で」

 はいいいいいぃ~?

「ひょっとして」

「同級生、ですねー」

 うえええええぇ? ま・じ・で・す・か??

「学校は別なんですけどね」

 そうでしょうとも。Zさんは小・中、Mくんとは中学が一緒だ。それに混じってないってことは先生、子どものころからエリートコースまっしぐらだったんですね。

 しかし――ってことはつまり。

「この病院にもうひとり同級がいるんですよ。Fくん」

「…………ええ、耳鼻科ですよね。こないだ結婚して」

「そうそう」

「お子さん産まれましたよね。女の子」

「はは、よく知ってますねー」

 ええ、知ってますとも。彼と奥さんの出会いから同棲、結婚にいたるまで、根掘り葉掘りみんなで聞き出しましたとも! 他人のコイバナって、酒のつまみに最高ですからね!!

 酒に席で聞き流していた情報が、高速回転で海馬からたぐり寄せられる。


――そういえば、Fくんが同じ職場で同級いるって言っていたわ……え、でも外科とか内科とか……血液内科=内科と思ったのかわたし。しかも何年か前、K市の病院で友だちと一緒だったような。


 やばい、変な汗が流れてきた。

 地元にいるせいか、同級生の情報網はものすごい。しかも、いまだに男女混合で飲む仲のよさである。だれがどこでどう繋がっているのか、思いも寄らぬ包囲網があったりするのだ。

 しかし、なんでまたこんなときにこんなとこで、同級生(学校は違うが)と会ったりするかな、わたし。

 これが終わったら速攻で同級たちにメールを送らねばならぬと決意するわたしの横で、「こんなことははじめてですー」と、コーディネーターさんが笑い転げている。

 ……はい、楽しんでいただけて幸いです。


「同級生飲みに今度Fくんと一緒に来てくださいよ」

「あはは。蔵開きでMくんに会ったら、よろしく言っておいてください」


 むしろ今すぐ同級生連絡網でいろいろ確かめたくなりましたが。

 このあと計った血圧と脈拍がちょっとおかしかったのは、もうほんと如何ともしがたいと言えるもので。さくっと同級生先生に採られた血液が、後日送られてきた結果によると正常だったのが、なんとなくの救いだ。


* * *


 本当の衝撃は、病院を出たあとだった。コーディネーターさんとも別れ、路駐していた車内で怒涛のように同級生たちにメールを送っていた携帯に、一本の電話が入った。

 相手はHead。すぐに電話をとる。


「あ、今だいじょうぶ?」

「はい。とりあえず検査終わって今から帰ります。一時間くらいで着きますが」

「あー、うん戻ったら顔出してくれる?」

「なにかあったんですか?」

「会ったときに詳しく話すけど。Oさんが辞めるんだって」

「え?」

 Oさんは、わたしと同じ部署のひとの名前だ。二人体制のもうひとり。そのひとりが辞めるとなると――。

「引き継ぎとかだいじょうぶなんですか?」

「そうなんだよねー。とりあえずその相談したいから、僕んとこ寄って」

「わかりました」


 この一年、三人体制から二人体制になって、なんとかこなしてきた業務だった。しかも、それぞれの抱えている仕事はまるで違う。ひとりが休みのときは、代行するというよりも、その人が出勤したときに分かるように仕事を残しておくという感じだ。メモの嵐である。

 その状態で新人ひとり残して入院なんて、絶対に無理だ。しかもわたしは、長期の休みをとったことがない。


――まずい、これは本当に休めない。


 まさに降って湧いたような、ドナー候補撤回の危機――なのであった。



※猫の胸腔穿刺(きょうくうせんし)

 猫って喧嘩とかで胸の中に膿が溜まることがあるんですが、症状が重いとドレーンといって胸に管を通して風通し(ちょっと見た目がアレですが;)をよくする処置をとります。そのときに中が空洞のぶっとい針を使うのです…。猫のサイズからすると涙モノの太さです。

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