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鴇色雑記  作者: 鴇合コウ
ときどき雑記
33/55

香りたつ世界に鐘の音が鳴り響く。

【再掲】2012/12/31UP

 世の中には「生体必須元素」というものが存在する。


 「元素」とは、神秘的な意味合いをもつ曖昧な概念として扱われることもあるが、主に物質を構成する基礎となる成分をさすものだ。学生にとっては「周期表」なんてものが身近かもしれない。水兵リーベ、と覚えさせられたあれである。

 現在元素は、合成されたものを含め118種類発見されている。今年の9月に理化学研究所が113番目の元素の合成に成功し、発見となったのは理系に興味がない人の耳にもちらりとは入ったことだろう。


 さて、それだけある――理論上はあと60近くあるという元素の中で、われわれヒトが生きるために必要とする「生体必須元素」は、実はたった27種類だ。

 主要元素として並ぶ12種類は、わりと馴染みのある名前ばかりである。

  水素(H)

  炭素(C)

  窒素(N)

  酸素(O)

  ナトリウム(Na)

  マグネシウム(Mg)

  リン(P)

  硫黄(S)

  塩素(Cl)

  カリウム(K)

  カルシウム(Ca)

  鉄(Fe)

 食物栄養素として目にするものもあるだろう。馴染みの薄いリンや硫黄は肉や魚に、カリウムは豆や野菜・果物などに多く含まれている。塩素は単体で見るとどきっとするが、海のミネラルとして有名なナトリウムとくっついてNaCl(塩化ナトリウム)となれば、これは食塩である。

 マグネシウムは「苦り」として有名だ。ミネラル分が多い水を「硬水」と呼ぶが、これが含まれると独特な口当たりがあるせいか、ミネラルウォーターやスポーツドリンクの成分としても敬遠されがちのように思う。

 余談だが、実はこの夏わたくし水分補給しているのに運動後の頭痛に悩まされると思ったら、マグネシウム不足からくる頭痛と判明してまさに頭を抱えた。100gあたりでマグネシウム含有量の高い食品は、ゴマときな粉である。大量摂取への道は、トホホなほど遠かった。ありがたきは商品外装に明記される食品成分表様々である。


 閑話休題。


 生体必須元素のうち、残り15種類は「微量元素」と呼ばれるものだ。自然界において希少価値があるわけではなく、体に必要なのが「微量」だという微妙なネーミングである。

  ホウ素(B)

  フッ素(F)

  アルミニウム(Al)

  ケイ素(Si)

  バナジウム(V)

  クロム(Cr)

  マンガン(Mn)

  コバルト(Co)

  ニッケル(Ni)

  銅(Cu)

  亜鉛(Zn)

  ヒ素(As)

  セレン(Se)

  モリブデン(Mo)

  ヨウ素(I)

 見慣れない名前が多数でてきた。中には本当に必須なのか疑いたくなるものもある。主要元素もそうだが、これらはどれも、少なすぎても摂りすぎても毒となるものたちなのだ。


 細かいことはさておいて、適度に日々摂取されたこれら27種類の元素がわれわれの体内で化学反応を起こし、代謝されて、生命維持活動の舞台裏を支えてくれている。

 そして視点をひるがえして言うならば、世界を構成する元素のうち91種類――実に四分の三以上が、われわれヒトには不要な元素なのだ。


 なぜ118種類もある元素のうち、27種類だけがヒトの生体必須元素となったのか。

 この答えは、「使いやすさ」にあると考える研究者がいる。つまり、上記の27種類の元素がヒトが暮らすうえで、あるいは進化する過程で取り込みやすい形で存在していたから、手近にあるものを使って生命活動を行う機構を組みたてた、というわけだ。

 非常に合理性にかなった考え方である。が、証明はなかなか難しい。

 それでも思い当たらないこともないのだ。たとえば酸素O2の存在である。


 われわれの呼吸に必須で、ダメ、これがないと絶対死んじゃう!と小学生でも分かる大事な元素である酸素は、地球上に生命が産声をあげたばかりの頃には、生きものにとって「毒」であった。

 その頃はまだ二酸化炭素CO2が地表を厚く覆い、生き物の多くは二酸化炭素を吸って毒である酸素を吐き出して生きていた。そして――いつしか酸素が二酸化炭素を圧制する割合で、大気が構成された。

 すなわちわれわれヒトは、太古の生命たちが毒としたものをありがたく吸っているのである。



 必要なもの、とは果たしてなんであろうか。

 この世は、不要なものに満ち溢れている。だがそれは、あくまでヒト視点であり、あるものにとってはヒトこそが毒であるかもしれないのだ。

 「不要の用」を説いた荘子の言うように、進むべき道以外のものを切り捨てたとき、われわれはきっと足元の大地を失うだろう。


 そして蛇足ながら付け加えるならば、27種類のヒトの生体必須元素を含んだ118種類の元素はすべて、物理学の視点では電子と原子核、つまり陽子+中性子という非常に単純な構成要素に振り分けられ、さらに陽子と中性子は、それぞれ異なる3種類のクォークという素粒子のみで構成されるのだ。

 現在存在すると考えられるクォークは6種類。水兵リーベの呪文を唱えなくてもよくなる日が来るかもしれないと思わせてくれる、明瞭な数だ。

 そこには栄養も毒も、要・不要の別もない。すべてが必要なのである。

 

 その6種類のクォークから、ものすごく大雑把に言えば、あれよあれよという間に元素が118種類もでき、有機物が生成され、気がつくと自分で考え、動き、創造し、破壊する生命が産まれた。



 地球が誕生してから、およそ46億年。それを1年に縮めて換算すると、酸素が地表を覆い、オゾン層が形成されたのが11月14日頃。人類の祖先であるホモ・サピエンスが誕生したのが12月31日午後11時37分だという。

 人類が石油を使いはじめたのが、午後11時59分58秒。われわれはその資源をもう枯渇させようとしているが、どうせ残り2秒なら使い切ってやれという声が聞こえてきそうでもある。

 1年間という限局した中に46億年を縮めているのだから、われわれが除夜の鐘の鳴り終わるのを聞くことはまずないだろう。できるとすれば、この1年最後の日の時間を引き延ばすことだけ――われわれヒトは、永遠の大晦日を生き続けるのだ。

 未来を生きるということは、絶えず終末のはじまりに在るということでもある。

 ヒトも星も、すべてが終わりに向かって生きている。

 結末はひとつ。だが、終わり方は選べるはずだ。



 元素のもととなるクォークの種類のことを、誰がどんな意図をもって名づけたのか「フレーバー」と呼ぶ。

  Flavor:風味、香味、趣。

 古くは「香気、芳香」という意味でも使われたこの言葉。われわれを構成し、またとり巻くすべてのものたちであると知れば、世界はもっとやさしく色鮮やかに感じられる。


 香気ただよう世界で、最後の鐘を鳴らしながら。

 われわれは、二度とやって来ない時を今日も迎える。


 願わくは――新しい年が、すべての生きとし生けるものにとって、かぐわしく心地よいものでありますように。



参考URLを貼っておきます。

必須元素:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%85%E9%A0%88%E5%85%83%E7%B4%A0

地球カレンダー:http://www.ne.jp/asahi/21st/web/earthcalender.htm

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