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鴇色雑記  作者: 鴇合コウ
ときどき雑記
32/55

そらからのおくりもの。

【再掲】2012/12/29初投稿

 目に見えないもの、というのは、わりと身近にある。どこぞの王子さまに語るキツネの言葉ではない。

 たとえば空気。重力や磁力などもそうだろうか。

 確かにあるけれど目には映らないものは、体感することでしか実感を得られない。


 『大天使』で書いた例の「うちゅうじん」の持ち主は、若いながらも実績を積まれた研究者――仮にT先生としておこう――である。

 あるとき、なんの気なしにT先生の部屋を通りかかり、思わず足が止まった。一歩戻って部屋を覗けば、開いたドアの向こうで、先生が細長いピンクのチューブ状のものを空中で振り回している。


「……なにされてるんですか」

 見れば、手にしているのはバルーンアートでよく使われる、1メートルほどの風船だ。膨らませたその風船を縦に持ち、先生は止めることなくふわんふわんと左右に振り続けている。かすかに照れ笑い。

「やっぱり怪しいですか」

「……そうですね」

「これ、うちゅうせんを集めてるんですよ」


 宇宙船を集める。そんな怪しげな儀式が――いやいや、そうではない。うちゅうじんが宇宙塵であるように、うちゅうせんは宇宙線。音読すると非常にややこしいが、宇宙を飛びかっている放射線のことである。


「宇宙線は肉眼じゃ見えないんですけど、結構このへんも普通に飛んでるんですよ」

「へえ、そうなんですか」

「で、放射線は静電気を起こすとくっつくというか近づくので、それを集めてるんですけど――」


 宇宙線は電気をもっているので、静電気に反応する――――らしい。

 先生が長い風船を腕や腹の服でさすさすし、またも空中でふよふよと振り回す。しかるのちに放射線測定器に近づけるとメーターが――。


「……動きませんね」

「動かないんですよねー。おっかしいなー足りないのかなー。室内だからかなー?」


 窓際でふよふよ。そして測定器にかざす。


「……」

「……動かないですね」

「ですね」

「このガイガーカウンター(放射線測定器)借りものなので、ちょっと精度が低いんですよ。僕の持ってるやつだったら動いたんですけど……」

「あ、じゃあそれを使えば――」

「うーん。小学生に壊されちゃったら困るんですよね……」


 どうやら先生、小学生向けの授業で「宇宙線を目で見せる」ということをやりたかったようだ。

 しかしながら、どんなに懸命に風船をこすっても召喚の舞を踊っても、うちゅうせんは姿を見せてくれず。残念なことに先生の努力は、わたしのツボに嵌まっただけに終わってしまった。



 また、あるとき。

 他部署に郵便物をとりに行った帰り、エレベーターでT先生と一緒になった。お互いの両手に荷物があるため、バランスよく左右の壁に離れて立つ。わたしの手には郵便物。そして先生の手には――なぜか掃除機が一台。


 あれ?という顔をしたわたしに、先生がやや得意そうに教える。

「これで今、放射線を吸って回ってるんです」

「……放射線って、吸えるんですか?」

「そのままだと後ろから出ちゃうんで、フィルターつけますけどね。なにもしなくても放射線はそこら中にありますから」

 上述の宇宙線の話にもあったように、自然界には数多の放射線が存在する。大地からも太陽からも、さらに人体からも放射線は出ているのだ。

 ――と、いう話は一応知ってはいたのだが。


「掃除機で吸えるものなんですねー」

「今ふたつ教室を回って来たんですよ。部屋を閉めきって、こう、がーっと掃除機で何十分かかけて吸ってガイガーカウンターで測るんですけどね……」

 お、暗い記憶がよみがえるぞ。

「出ませんでしたか」

「いや、出るには出ますよ。針は動くんですけど……」

 床に掃除機を置き、むむうと腕を組む先生。

「汗だくになって教室中を掃除機で吸いながら、ちょっと俺なにやってるんだろうみたいな気分になりまして」

「学生にやらせてくださいよ」

「いやいや、そういうわけにも」

「部屋がきれいになっていいことです」

「やー……それが目的でやってるんじゃないんですけどねー」

 あはははー、と乾いた笑いを洩らしつつ、エレベーターの着いた階で先生は次の「現場」へと立ち去っていく。掃除機を片手に提げた、研究者とは無縁の格好で。

 その後姿には口で言うほどの哀愁はなく、むしろ人の驚くものを見つけに行くような〝いそいそ感〟が漂っていたのは、先生の人柄というものだろう。


* * *


 見えないものを探すというのは、ロマンチックなようであり、ともすれば夢想的だ。まるで、地に足のつかない「大人になることを拒絶した少年(ピーターパン)」。

 だが、その夢想的な話に大人が真剣に取り組むことにこそ、意味があると思うのだ。


 科学は一見、誰のためにも、なんの役にも立たないかのように見える。

 宇宙のなりたちを識ってどうする。地球の年齢を識って、なんになる。けれども現実の損益に直結しないこまかな発見の積み重ねが、人類の希望につながる一欠片になるかもしれないのだ。


 日本が前代未聞の災害に見舞われて、もうすぐ二年が経とうとしている。

 まだ復興の先行きが不透明な今、科学の負の面ばかりが際立って感じられる。それを否定するつもりはないし、進路を変更することはおおいに結構だと思う。

 だが、それでも復興の壁となって立ちはだかる諸問題を解決するには、科学の力が不可欠であることは誰もが認めざるを得ないだろう。


 ――いつか。宇宙を漂う塵の中から、これまでにない画期的な物質が見つかるかもしれない。

 いつか、ピンクの風船で地球に飛来する宇宙線を自在に操ることができるかもしれない。

 そして、いつか――あらゆる放射線を吸い込んで除去する高性能の掃除機が産まれるかもしれない。


 科学とは、知恵の裾野を広げていくことだ。下の台が大きく立派で堅固なほど、そびえる塔は高く伸びてゆける。空に届くほど――未来に届くほどに。


 未来の日本人はおそらく、はるばるイスカンダル星まで飛び立つ必要などない。空のそのさき――遠く宇宙の果てから毎日毎秒、目には見えないメッセージがわたしたちのもとに贈られてきているのだから。

 必要なものはきっと、ここにある。

 この地球上に。



これが分かりやすいかな。自然放射線と宇宙線のことが書いてあります。

参考:http://www9.ocn.ne.jp/~k-hp1234/kamoku/housyasen/2003/sizen/sizenhousyasen.htm


イスカンダル星が分からない若い方はこちらも。

参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AB_(%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%88%A6%E8%89%A6%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%88)

宇宙戦艦ヤ○トって、実は放射線除去装置をもらいに行くっていう話なんですよね…ストーリーよりもキャラばかりが目立ちますが。


T先生、また遊びに来てくださいね~。



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