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鴇色雑記  作者: 鴇合コウ
ときどき雑記
30/55

無意識が告げるもの。

【再掲】2012/12/22初投稿

わりと思い込みな話です。

 夢の不思議さは、古来より人びとの関心を集めてきた。

 科学的には、夢の中で体感する出来事はすべからく現実の細切れの再構成だと言われるが、脳の働きはやはり前人未到の領域をも含んでいるわけで――そこを神秘と呼んでも、あながち嘘ではないと思うのだ。


 予知夢と断言できるほどではないが、思春期を過ぎた頃から妙にリアルな夢を観はじめた。

 ちなみに心霊的なナニカに関しては皆無だ。手相でも顔相でもタロットでも占星術でも、まるでそっちの展望はゼロと言われた。よって、これは神秘現象とは断じることはできない。

 が、いささか人の手を離れた事象ではあると思う。

 ちょうどその頃、文字で自身の脳内妄想を表現することの面白さに目覚めたことも関係するのだろうか。貪欲にいかなるイマジネーションもネタにしようと虎視眈々と狙っていたわたしは、夢からヒントを得ることもしばしばだった。それは今も変わらない。


* * *


 あるとき。英語が苦手だったわたしは、試験を翌日に控えた夜、夢を見た。試験問題でどうしても分からない英単語が出て、最後まで分からなくて適当に書いて出したら後日の答え合わせで外れていたという、至極分かりやすい夢である。

 もちろん起きぬけの気分は最悪だ。そして――その日のテストで同じ問題が出たのである。しかも恐ろしいことに、夢とまったく同じく分からないで最後まで唸り、適当に書いて出してハズレた。


「……馬鹿だねー。夢に観たなら答えもしっかり覚えてなさいよ」

と、事情を話せば友人に笑われる始末。踏んだり蹴ったりだ。

 しかもわたしの脳も懲りたのか、テスト関連で観た明確な夢はこれだけであった。


 あとは、行くことが決まった大学と思われる場所で(まだ未就学だった)、階段を上がりながら高校時代の友人と話している夢。なんでもない会話だが、彼女とは別大学のはずだけどな――と思って目が覚め。

 すっかり忘れて迎えた入学式で、わたしは高校の友人と雰囲気のよく似た子と同じ学科になった。気がついたのは、夢と同じく階段を登りながら話していた最中である。


――……ああ、あの夢は彼女だったんだ。

 などと納得しただけで、とりたてて何も事件は起こらなかったのだが。

 この頃の予知夢らしきものは大抵がこんな感じで、会話や日常生活の既視感的なものがほとんどだった。



 起こったといえば、『埴色』の職場時代のことだ。そこは割合パートも職員さんも仲が良く、お茶の時間だけでなくみんなで軽くお喋りに興じることがままあった。

 そんな夢の一場面に、別の部署に移動になった事務員の男性が混じっていたのだ。

――あれ? なんでいるんだろ?

 軽い疑問が芽生えるうちに、話題はみなさんの好きな賭け事のことに移っていく。


「そういえば俺、大穴当てたんだよ」

 移動したはずの事務員さんが、そう自慢そうに笑う。


 妙にそれが印象的で、その夢の話を同じパートさん――もちろんその方も夢の中に出てきている――に話した。本当に当たったら奢ってもらわなきゃね、なんて冗談とともに。

 それから数日後。仕事中に呼ばれて行くと、なんとその事務員さんが来ている。夢の話をしたパートさんと仲の良い職員さんも一緒で、夢とまったく同じ光景だ。


「俺が大穴当てた夢観たって? おかげで当たったよ」

「……ほんとですか?」

「ほんとほんと。奢るよー」


 夢を観たから当たったのか、当たったから夢を観たのか。

 まるでニワトリと卵の話のようだが、ともかくもみんなで万馬券の恩恵に預かった。その後はさっぱりで、自分が宝くじを買うときのヤマ勘なんてまるで外れるのだが。

 欲がからむとダメになるのかもしれない。使えない脳である。



 それに――――観る夢がいつも、いい夢やくだらない夢とは限らない。

 動物病院時代、ひさびさに妙にリアルな夢を観た。主人公は自分だ。目に見えない誰かから病気だと告げられ、胸を指差される。

 なんだろうと思って胸に手を当て――指はそのままめり込んで、心臓近くの胸のやや真ん中にある丸いものが手のひらに触れた。大きさはお饅頭くらい。かなりの大きさだ。


――……ああ。これはまずい。


 わたしはこれで死ぬのだと、納得できるほどの大きな異物だった。


 その夢を観た、二、三日後。

 院長が突然、病院で飼っている雑種犬のレントゲンを撮ると言い出した。おとなしいそのメス犬はリードを引っ張る癖があることもあり、ときどき空咳をするのだ。

 シニアとはいえその子はまだまだ元気で、用心のためと全員が軽い気持ちでレントゲンを撮影し――絶句した。

 胸部のほぼ真ん中に、小さな拳ほどの丸い影がくっきりと映っていたのだ。

 そう、夢の中でわたしの胸の中にあったのと酷似した腫瘍が。

 検査に出した結果は、極めて悪性度の高い癌であった。先生はその犬の状態や性格を考え、抗がん剤や外科手術はせずに対症療法だけでいくことを決めた。


 そして、わたしは最悪の夢を観る。自分の葬式の夢だ。享年も死因も分かっている。

 自分の入った白い棺おけが運ばれ、親の泣いている姿がたまらなく胸苦しい。


 数日後。

 唐突に、病院の雑種犬が亡くなった。食事も普通に食べ、小康状態を保っていた矢先のことである。

 来年は戌年だから、みんなの写真撮っておこうね――そう言って撮った携帯写真が、遺影になってしまった。院長ですら予想してなかった、突然の死。

 戌年になったばかりの正月明けすぐの出来事であった。



 今でも思う。

 わたしは意識にのぼらないどこかで、あの子の異変を感じていたのだろうかと。

 それが夢となって体現したのではないかと。

 ならば――なぜ、それを生かす努力をしなかったのかと。


 異変には先生が気づいた。急変のときも傍にいた。看取ることもできた。

 それでも納得いかない。


――なにを思って、なにをしたくてあるいはさせたくて、人は夢など観るのだろう。


 人が人の器を超えられないことが、たまらなく嫌になる。

 神になりたいわけではない。それでも、人が手を触れることのできない領域が現実に混在しているということが、胸の奥底を黒く蝕むのだ。



 予知夢らしきものは、それ以来一度も観ていない。

 観るだけで救えない夢など、わたしには要らない。

 絶対に。



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