緑色の火の玉
「火の玉」を見たことがある人は、世の中にどれくらいいるだろう。
わたしは以前、印象的な目撃をした。
だが、実は、本当はもっと多くの人が目にしているのかもしれないと、わたしは思う。
わたしがその「火の玉」を見たのは、仕事帰りの車の中だった。
季節はちょうど今時分で、夏と秋の境目の、まだ昼がほんのわずか長く感じられる明るい夕方であった。
いつもの道の、いつもの渋滞。
わたしは諦め気分でハンドルを握り、進まない車の列からふと、窓の外へ視線を転じた。
ちらりと仰ぐわたしの目に飛び込んだのは、黄昏の光を帯びはじめた青空をまっすぐ右下に向かって落ちていく、ひとつの明るく輝く炎だった。
――うわ、飛行機落ちてる。
まず浮かんだのは、その光景だ。
慌ててラジオを操作するが、そんな緊急速報は一言も流れてこない。
しかし、目の前では確実に、何かが炎を上げて空を斜めに突っ切っていく。
空を飛ぶ飛行機を眺めたことのある方は当然ご存知だろうが、あの疾走を地上から仰ぐと、奇妙なほど間延びした速度に見えるものだ。
その速度、落ち方、大きさから、わたしはそれがかなり上空を飛んでいると推測した。
しかも炎はよく見ると緑色をして、先端が激しく輝いている。かなり燃えているようだ。
緑色の炎は、うすく尾を引きながら、やがて近くの山の背後へすっと入ってしまった。
待つこと、数秒。ゆっくりと進みだした車の波に乗りながら、わたしは山の様子を窺った。だが衝撃があった気配も、山火事が起こるようにもない。
――やっぱり相当上空だったんだ。……いやまて、上空?
上空というキーワードが、頭の片隅で引っかかる。
飛行機が飛ぶ高さよりも上空って、いやいやそんなはずは、だけどでもあの緑色は普通の炎ではないし、などと混乱したわたしの思考は、帰宅後見たニュースでようやく収束を迎えた。
『火球(かきゅう)』 (別名:火玉(ひだま))
それが、あの緑色に燃える炎の正体であった。
要は、宇宙にある小天体の欠片が大気圏摩擦で発光したもの――流れ星だ。
調べたところ、目撃件数に頼るほかないが、年に数回はあるらしい。奇跡的とは言えないものの、光の雫のような流星とはまるで違う、あの燃え輝くさまはなかなかに見ごたえのある天体ショーであった。
興奮気味に状況を語るわたしに、
「なんで写真撮らなかったの?」
と母の態度がやや冷たかったのは、悔しまぎれからだと思われる。
惜しむらくは、写真もさることながら、あれだけじっと眺めていたのにも関わらず、なにひとつ願い事をしなかったことだ。
あっという間に消えてしまう流星とは比べものにならないほど、長い時間だったというのに。
それでも、あの数十秒の美しい光景は、わたしの記憶の1ページにしっかりと綴じ付けられた。
人や動物が亡くなると星になる、という幻想がある。
墓場でそれを見たら恐いけれど――今度夜空を見上げ、流星を目にすることがあったら、想ってほしい。
この星たちも、「火の玉」なのだと。