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鴇色雑記  作者: 鴇合コウ
いろいろ雑記
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夢色の島(6)

(6)夢のあとさき


 6月23日が何の日か知っている人は、どれくらいいるだろうか。

 

 慰霊の日――沖縄での本土戦が終結した日である。

 かくいうわたしも、書きながらふと自信がなくなり、調べ直したくちだ。大きなことは言えないが、それでも大切な日であることは間違いない。

 8月6日、8月9日、そして8月15日と同じように。


 あの出来事がなくとも、この地は複雑な土地柄である。かつては王朝で、○代前が中国人という人はかなり多い。薩摩藩に侵略されていなければ今頃貿易国となっていたかもしれないと、物憂く呟く人もいた。


 父母の世代もそうだが、日本人にはどこか「黙って耐えてこそ立派だ」という精神美が根底を流れていて、不満や窮状を訴えることを低く見る嫌いがある。

 耐えることは素晴らしい。口に出さなくとも伝わる想いもあるだろう。

 それでも、声を上げずにはいられないのが、この島の歴史と現状だ。


 何が正しいか、島の中でもまだ揺れ続けているという。

 基地について、以前友人に何気なく聞いてみたときは、

「いらないけど……基地に貸してる土地のお金で大学までいけたからね……」

と、複雑な口調でそう返してくれた。

 部外者であるわたしには、これが現実なのだとしか捉えきれない。

 一概に反対を言ったところで、それこそ夢物語だと言われかねないのが現実だ。

 米軍基地が日本に存在するには理由があり、その75%もが沖縄に集中することにも理由がある――どんなに一方的なものであれ。

 それを一挙に覆すことなど不可能だろう。それでも、たやすく容認の声はあげて欲しくはないとわたしは願う。

 せめて34ある施設のひとつ。ひとつから減っていければ、この島はどんなにか救われることだろうか。

 過去の戦争において、武力で平和は勝ち取れなかったという事実を世界はそろそろ学んでも良いはずだ。


 何を言っても、他人事にしかならないのかもしれない。だが、本当に所詮他人なのだ。わたしに彼らの真の苦しみなど理解できるはずもない。

 しかしながら、現実の数百キロの海洋の隔たりが、遠い夢の国への幻想の道程であってはならないことは分かっている。その理想郷は、夢の住人が住まう場所ではない。血と肉をもった人と自然が、連綿と息づいている島なのだ。


 傷つきもがき、未だ多くの痛みを抱える、夢の島たち。その痛みが、少しでも和らいでくれることを祈ってやまない。

 願わくば、その観る夢が安らぎに満ちたものであるように――。




参考:http://www3.pref.okinawa.jp/site/view/cateview.jsp?cateid=14

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