【伍】天空城の婚約破棄劇~築け万漢塔!
時系列的に、【参】の次話になります。この後、愛羅武勇を知るために、醜姫ブス・グロリアを訪ねます。
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成楼書房刊『淑女戦陣概論』より
――万漢の塔――
万漢の塔とは、退かぬ、媚びぬの令嬢数百名が己の矜持を積層し、垂直方向へ天を侵すために編み出された淑女戦陣術である。通常の人体では不可能とされる高度二百メートル級すら実現する。
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『 覇天軍 』
覇姫エレクシアに率いられ、婚約破棄被害者のみで構成された、令嬢(漢)の軍勢。
婚約破棄の現場を荒らして回る。エレクシアに焦がれ、真の漢を目指す乙女たち。
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地上から三百メートル上空に浮かぶ天空城。
その地を治める第ニ王子は、ことさら優雅にワイングラスを揺らしていた。
「――よって、貴様との婚約は破棄する」
場内は静まり返る。
名指しされた伯爵令嬢リシェルは、青ざめた。
「そ、そんな……り、理由を……お聞かせください」
王子は鼻で笑う。
「貴様は陰気だ。笑わぬし、華がない。美しい余の隣に立つ資格はない」
ざわめき。
そして追い打ち。
「加えて、今後はこの新たな美しき婚約者、マリリンの侍女として仕えよ。働けぬと言うなら実家ごと処分もあり得る」
残酷な沈黙。
新しい婚約者マリリンが、くすりと笑う。
周囲も釣られて笑う。
リシェルの膝が崩れ落ちる。
「……っ、どうして……」
指先が震え、涙が床を濡らした。
王子は満足げに頷く。
「ハハハハ、これでよい。
近頃は覇天軍とかいうならず者共が、婚約破棄を荒らし回っているそうだな。
まったく、馬鹿馬鹿しい。
婚約を破棄される女には、それ相応の欠陥があるものよ」
崩れ落ちたリシェルの瞳に熱が宿る。
「は、覇天軍……? 覇姫エレクシア様が……」
「なんだリシェルよ、まさか貴様、覇天軍に期待しているのか? 陰気なだけでなく、頭まで阿呆だったか!
見ろ!ここは三百メートル上空の絶対不落の天空城だ! 地上の鼠どもがいくら吠えようと、届くはずもない」
その時、兵士が慌てた様子で駆け込んで来る。
「ご、御報告! 地上に――覇姫エレクシア率いる覇天軍が…… 既に“陣を展開”しております!」
王子は心底小馬鹿にしたように失笑する。
「はあ?それがどうした?
三百メートルだぞ?
覇天軍は空を飛べるとでも言うのか?
……それとも、梯子でも持ってきたか?ハハハハ」
場内に再び嘲笑が広がる。
しかし兵士の顔色は青い。
唇は震え、言葉を飲み込むように喉が上下している。
「そ、それが……積んでおります」
「積んでいる? 何をだ?」
「……その、しゅ、淑女を……」
場内が一瞬静まり返る。
「……は?」
「令嬢達が……その……重なって……」
王子が眉をひそめる。
「重なって? まさか死体を積んでいるのか?」
「ち、違います! 生きております!」
「ならば何だと言っている!」
兵士は額の汗を拭い、半ば泣きそうな顔で叫ぶ。
「塔です!」
「……塔?」
「令嬢達が人間の塔を――積み上がっております!」
場内に失笑が広がる。
「はは……はははは!
貴様、なかなかに冗談が上手いな」
「冗談ではありません!」
「三百メートルだぞ?」
「現在、百メートルを突破しました!」
「は?」
「なお増加中であります!」
王子の笑みがわずかに引きつる。
「ば、馬鹿な……令嬢がいくら重なったところで百メートルになるものか」
兵士の顔が歪む。
「下から次々と参加してきております! 淑女が! 令嬢が! 貴族の娘が! 市井の乙女まで!」
「意味が分からん!」
「だから言っているでしょうが!!」
兵士の理性がぷつりと切れた。
「令嬢達が人間の塔を作ってるんだよ馬鹿野郎! バカ王子!俺たちはもう終わりだあ!」
地上。
覇天軍の令嬢たちは、なぜか楽しげだった。
「もう少し右ですわ」
「肩、失礼しますわね」
優雅に、整然と。
一人、また一人と重なっていく。
令嬢たちのドレスが、垂直に伸びていく。
百二十メートル。
百三十メートル。
百四十メートル。
天空城の城内がざわめく。
「ば、ばかな……信じられん」
次々と、うら若き乙女たちが重なる。
美しく、整然と築かれて往く万漢の塔。
王子の笑みが消える。
「あり得ぬ……奴らは常識というものを知らんのか!?」
玉座の脇で、宰相の老人が――くつくつと笑い出した。
「……ヒヒヒ、そうか……今日であったか」
王子が振り向く。
「どうした? 狂ったか、老いぼれめ」
老人は笑いを止めない。
「ヒヒ、数世紀もの間……不落を誇ったこの天空城。
…… 今日が、この天空城が――墜ちる日」
場内が凍る。
王子が怒鳴る。
「狂人が!何を戯言を!」
老人が突如、何かに取り憑かれたように語り出す。
「その者、紅き衣を纏いて蒼天に立つべし」
塔がまた一段伸びる。
「千の淑女、心を束ねて塔と成り――」
歓声。
「絹は風に揺れ、笑みは刃となり、驕れる城を地へ引き寄せん」
王子の顔から血の気が引く。
「女を嘲る者あらば、万の漢は姿を変え、ついに天を穿たん」
老人が窓の外を見据える。
その瞳は涙とも狂気ともつかぬ光を宿している。
「覇の姫が現れし時、天空の城はその役目を終え、地に還らん――」
塔が、さらに伸びる。
宰相が、天を仰ぎ、
―― くわっと血走った眼を見開いた。
「……伝説が、来る!」
地上から、一陣の風が駆けた。
覇姫エレクシアが凄まじいスピードで、塔を駆け上がる。
踏むたびに、塔が軋むどころか、さらに伸びる。
頂へ。
そして、
「万漢踏破」
紅きドレスが優雅に、静かに揺れる。
着地の衝撃はなかった。
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王子は、喉を鳴らす。だが、すぐに笑みを作った。
「……見事だ」
ゆっくりと拍手する。
「余の城へ、空を越えて現れるとは」
視線が、エレクシアの全身をなぞる。
「なんと言う美しさだ……素晴らしい。余の隣に立つに相応しいのは、むしろ貴様のような女だ」
周囲が息を呑む。
王子は、腕を広げた。
「公爵令嬢エレクシア、余の妃となれ」
勝ち誇ったように笑う。
「貴様のような美の女神には、地を這う軍勢の長よりも、天に座す王の隣のほうが似合う」
一拍。
「余と共に、世界を治めようではないか」
沈黙。
王子は勝利を確信した顔をしている。
エレクシアは、ゆっくりと瞬きをした。
それだけで、空気が変わる。
静かに歩き出し、王子の前に立つ。
白く、細く、美しい指が、王子の顎を持ち上げた。
「……お前のものになれと、言ったな?」
王子の喉が鳴る。
「そ、そうだ」
甘い香りが近づく。
エレクシアの美しい顔が、すぐ目の前に迫る。
その瞬間。
――閃光。
乾いた音が響いた。
王子の身体が横に弾け飛ぶ。
石床に叩きつけられ、無様に転がる。
整った顔の頬が赤く腫れ上がり、体はピクピクと小刻みに痙攣していた。
ただの頬打ち。
エレクシアは、冷ややかに見下ろす。
「地位と顔しか誇れぬ小童に、女は惹かれぬ」
王子は呻き、立てない。
誰も動けない。天空城の兵士たちも、貴族たちも、ただ凍りついていた。
「エレクシア様ぁああああっ!!」
甲高い、しかし心の底からの歓喜。
婚約を破棄されたばかりの伯爵令嬢リシェルが、 瞳をきらきらと輝かせていた。
「夢にまで見たお姿……やはり本物……!」
エレクシアが、ちらりと視線を向ける。
その一瞬で、リシェルは黄色い悲鳴を上げる。
無様に鼻血を垂らした王子が声を上げる。
「う、討て! その女を討ち取れ!」
しかし兵は動かない。いや、動けない。
リシェルは、ゆっくりと王子へ歩み寄る。
もう怯える令嬢の目ではない。
凍てつくような、冷えきった目。
「ひい、く、来るな……」
リシェルの手が、王子の胸元へ沈む。
脈打つ光、この天空城を制御するコアを探る。
そして鼓動のように明滅する結晶をリシェルは、引き抜いた。
淡い光が揺らぎ、城が、低く軋む。
王子が息を詰まらせる。
「や、やめろ……それは――」
リシェルは、嫌悪を隠さず王子を見下ろす。
「……情けない男」
掌の中で脈打つ結晶を掲げる。
「こんな借り物の力で、天を気取っていたなんて。
私はどうして、こんな男を好きだったのかしら」
視線が凍る。
「本日をもって、この身体は覇姫エレクシア様のもの」
「お前は、もう用済みです」
ぺっ。
唾が王子の頬を伝う。
そして、鋭利なヒールが、ゆっくりと振り上がり…… 鋭く、男のソレを踏み抜いた。
「ぶぼべえ」
鈍く、不快な音がした。
王子の身体が折れ曲がり、次に海老のように仰け反り、肺から発したような地獄のような悲鳴をあげた。
「エレクシア様ぁあああ!」
黄色い歓声が、天空城に響き渡った。
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天空城が、低く軋む。
砕けたコアの光が消え、城はゆっくりと高度を落とし始める。
貴族たちの悲鳴が響く。
「案ずるな。このままゆっくり高度を落とし、地に着くだけだ」
エレクシアの一言で、空気が鎮まる。
その揺れの中。
リシェルは、エレクシアを見上げる。
頬が、わずかに紅潮している。
「……連れて行って、くださいますか?」
エレクシアは、ほんの少しだけ目を細める。
「最初から、そのつもりだ」
次の瞬間。
ひょい、と軽々と抱き上げる。
「きゃっ……」
紅きドレスが翻る。
「俺についてこい」
「はい……離しませんわ」
風が裂ける。
リシェルは目を閉じるが、そこに恐怖はない。
あるのは、かつて感じた事のない、胸を打つ鼓動だけ。
エレクシアは、リシェルをお姫様抱っこしたまま、天空城から飛び降りる。
強く抱き寄せられたまま、重力が意味を失った。
二人は白き万漢塔の頂へ優雅に着地し、エレクシアはリシェルをそっと降ろす。
しかし、リシェルの手は離れない。
「……お離しにならないでくださいませ」
懇願するような小さな声。
エレクシアが微笑む。
「好きに生きよ、と言ったはずだ」
「はい」
顔を上げる。
「覇姫様の隣で生きます」
その声音は、柔らかかった。
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不落の天空城は陥落した。
覇天軍の歓声が響き、紅の旗が風を裂く。
その光景を、ひとり見上げる老宰相。
白い眉が震える。
「……ふふふ」
杖を握る手がわずかに震える。
「古き言い伝えは、まことであったか」
遠い空を見上げ、鼻歌を口ずさむ。
「ふん…ふんふふ…ふんふんふん♪」
足元に、いつの間にか白百合が一輪、風に揺れていた。
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―― 万漢踏破 ――
塔頂より放たれる超跳躍術。
塔構成員の矜持を一点集中させ、跳躍者に“擬似重力逆転”を発生させる。理論上、到達高度は塔高の三倍。ゆえに百メートル塔であれば、三百メートル天空城への侵入も可能とされる。
(『淑女機動戦術論』成楼大学出版局)
※現代における扱い。
現在は安全上の理由により、学校教育現場での実施は禁止されている。ただし一部地域では 文化財指定を求める声もあるとのこと。
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