表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第8章:万国共通・マウント命の国際派詐欺師の場合

~「世界を知る俺に合わせろ」とマウントをとる男。各国の被害者が結成した『クズ男対策会議』に包囲される~

 “世界を知っている”という言葉は、本来、尊い。

 知らない文化を敬い、違いを学び、自分の物差しを更新する――そのための言葉だ。


 けれどそれを、他人を押さえつける棍棒にする男がいる。


「マリア、世界標準ではね――」


 私、マリアはその口癖を聞くたび、背筋が冷えた。

 婚約者候補のヴァンは、「大陸を股にかける貿易商」を自称していた。渡り鳥のように現れて、渡り鳥のように甘い言葉を落とし、渡り鳥のように金を集める。


「君のような美しい人は世界でも珍しい。だから君は、俺に合わせるべきだ」


 その“褒め言葉”は、いつも命令の前置きだった。


「この国の習慣は、だるい。隣国ではこうだった。砂漠の国ではこうだ。雪の国では――」


 彼は、異国の例を出しては私を見下し、最後に必ずこう締める。


「世界を見てきた俺のやり方が正しい」


 私は、信じたかった。

 自分の家は豊かでも、私は“金だけの令嬢”で終わりたくなかった。国の外へ視野を広げる彼の話は、最初だけは胸が躍った。


 だから私は援助した。

 投資名目の事業資金。船の手付金。通関の賄賂(と言いかけて「慣例だ」と笑う)。

 出せば出すほど、彼は私を“特別”と呼んだ。


 特別。

 その言葉が、いつの間にか鎖になっていた。


 嘘のメッキが剥がれたのは、些細な偶然からだった。


 ヴァンの部屋で、彼が出かけた隙に机の上を片づけていたとき。

 引き出しの奥に、見慣れない封筒が何通も詰め込まれているのを見つけた。


 文字は、知らない言語。

 紙は、あちこちで折られ、握りつぶされ、投げ捨てられた跡がある。


「……何これ」


 胸がざわつく。私は翻訳魔法の小石を握った。

 魔力を流すと、文字がゆっくりと私の言葉に変わっていく。


『金を返して』

『あなたの言う“投資”は嘘だった』

『あなたの“特別”に人生を棒に振った』

『逃げても追う。国境は関係ない』


 ひとつ読めば、次が怖い。

 次を読めば、さらに次が証拠になる。


 同じ文面。違う筆跡。違う国の印章。

 違うのは送り主だけで、内容は同じだった。


 私は息を吸って、笑ってしまった。


「……この男、『特別な俺』を気取ってるけど」


 机に手紙を並べながら、心の中で言った。


「やってることは、ただの万国共通のクズじゃない」


 そして、その瞬間に“アイデア”が降ってきた。

 私は一人で戦わない。

 彼が国を跨いで撒いた嘘なら、こちらも国を跨いで回収するだけだ。


 ちょうど王城では、例の一連の騒動を経て――“相談窓口”が形になり始めていた。

 真実を映す水晶、記録魔法、証拠整理の手腕。

 私はそこへ、短い手紙を出した。


『国際案件です。

 “世界標準”を盾にする詐欺師を、世界標準で処理したい』


 数日後。

 ヴァンは、いつものように私を呼び出した。上機嫌な声で。


「東方諸国との新しい取引がある。さらに資金が必要だ」


 出た。次の“投資”。

 私は穏やかに頷いた。


「分かりました。お話を伺います。場所は?」


「倉庫だ。人目につかない方がいい。世界標準だ」


 その“世界標準”は、だいたい“後ろ暗い”の別名だ。


 指定された倉庫に着くと、ヴァンは胸を張って待っていた。

 いつも通りの自信。いつも通りの笑み。

 そして――いつも通り、私を“数”として数える目。


「よく来たな、マリア。君は賢い。だからこそ――」


「紹介するわ」


 私は彼の言葉を切った。

 扉の奥に視線を向ける。


 そこにいたのは、私だけではなかった。


 隣国の令嬢。

 砂漠の国の商家の娘(腕に金の飾り輪)。

 雪の国の貴婦人(毛皮の外套)。

 港町の通訳士。

 そして、見覚えのある封蝋を持った女性たち――手紙の送り主たち。


 服装も言語もバラバラ。

 けれど目だけは同じだった。


 “もう騙されない”という目。


「あなたの『元・特別な人』たちよ」


 ヴァンの顔が、真っ青になった。

 口が開いたまま、音が出ない。


「な……なんだ、これは! 俺は知らない!」


 焦ると、男は必ず“知らない”から始める。

 次に来るのは――


「悪くない! 俺は悪くない!」


 はい、出た。


「俺は世界を股にかける男なんだぞ! こんなの、嫉妬だ! 罠だ!」


 彼は叫びながら後ずさった。

 でも倉庫の壁際には、いつの間にか投影水晶が並んでいた。

 王城の協力で用意された、遠隔映像の装置。


 “真実を映す遠隔水晶”。


 各国の女性たちが、それぞれの国の法務官・家族・支援者に繋いでいる。

 つまりこの場は、ただの倉庫じゃない。


 国境越えの公開審理の入り口だった。


 私は微笑んで言った。


「ええ、そうね。あなたは確かに“世界を股にかけた”わ」


 そして、一歩近づいて言い放つ。


「でもそれは、貿易じゃない。詐欺の行脚」


 砂漠の国の女性が、契約書を投げるように差し出す。


「あなたの“投資”は消えた。金も、時間も」


 雪の国の貴婦人が、淡々と告げる。


「あなたは同じ口説き文句を、私にも言った。『世界でも珍しい』――便利ね、その言葉」


 隣国の令嬢が冷たく笑った。


「世界標準? いいえ。あなたのクズっぷりが、世界標準の“規格品”なのよ」


 ヴァンは顔を歪めて叫ぶ。


「違う! 俺は天才だ! お前たちが理解できないだけだ!」


 私は肩をすくめた。


「あなたの希少価値は、今ここでゼロになったわ」


 そして最後に――全員で言った。


「代償を払え」


 その言葉は呪いじゃない。

 請求と、証拠と、各国の法の始まりだ。


 その日のうちに、“多国籍クズ男追放連合”が結成された。

 各国の法で訴える。各国の港に通報する。各国の通貨と帳簿で追い詰める。

 国境は、逃げ道ではなく、包囲網になる。


 ヴァンは逃げた。

 逃げて、逃げて、逃げ続けた。


 だが、どこへ行っても指をさされる。


「あのクズ男だ!」

「世界標準の詐欺師だ!」

「逃げても無駄!」


 彼は最後まで「俺は悪くない」と叫んだらしい。

 けれど、その声を“可哀想”と思う観客は、もうどこにもいない。


 季節が変わる頃。

 私たちは、王都の港で再会した。


 あのとき倉庫に集まった女性たちが、それぞれの国の品を持ち寄っていた。

 香辛料、布、工芸品、薬草、ガラス、毛皮――。


 ヴァンが嘘で語った「国際貿易」を、私たちが本当に始めてしまったのだ。


「……皮肉ね」


 私は笑った。


「クズを追い出すのに、国境なんて関係ないわね」


 仲間たちが頷き、誰かが言った。


「次に同じ男が出たら、また会議ね」


 その言葉に、私は少しだけ顔を引き締めた。

 全世界に生息する“万国共通”は、外にだけいるとは限らない。


 むしろ――一番厄介なのは。


 いちばん身近で、逃げ場のない場所にいる“家庭内クズ”。


 その夜、王城から封蝋の手紙が届いた。


『次の案件:家庭内。

 何があっても認めない。悪くないが口癖。

 そして“家族”を盾にする男――』


 私は手紙を閉じた。

 胸の奥で、あの歌のフレーズが静かに鳴る。


 人生を棒に振る覚悟なんか、持つな。

第8章ありがとうございました!

「世界標準」マウント、便利な言葉ですよね。相手を黙らせるための。

でも国境を越えるのは加害者だけじゃない。被害者の連帯も越えられる。

次章は最も逃げ場のない“家庭内クズ”。国家の場で終わらせます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ