第8章:万国共通・マウント命の国際派詐欺師の場合
~「世界を知る俺に合わせろ」とマウントをとる男。各国の被害者が結成した『クズ男対策会議』に包囲される~
“世界を知っている”という言葉は、本来、尊い。
知らない文化を敬い、違いを学び、自分の物差しを更新する――そのための言葉だ。
けれどそれを、他人を押さえつける棍棒にする男がいる。
「マリア、世界標準ではね――」
私、マリアはその口癖を聞くたび、背筋が冷えた。
婚約者候補のヴァンは、「大陸を股にかける貿易商」を自称していた。渡り鳥のように現れて、渡り鳥のように甘い言葉を落とし、渡り鳥のように金を集める。
「君のような美しい人は世界でも珍しい。だから君は、俺に合わせるべきだ」
その“褒め言葉”は、いつも命令の前置きだった。
「この国の習慣は、だるい。隣国ではこうだった。砂漠の国ではこうだ。雪の国では――」
彼は、異国の例を出しては私を見下し、最後に必ずこう締める。
「世界を見てきた俺のやり方が正しい」
私は、信じたかった。
自分の家は豊かでも、私は“金だけの令嬢”で終わりたくなかった。国の外へ視野を広げる彼の話は、最初だけは胸が躍った。
だから私は援助した。
投資名目の事業資金。船の手付金。通関の賄賂(と言いかけて「慣例だ」と笑う)。
出せば出すほど、彼は私を“特別”と呼んだ。
特別。
その言葉が、いつの間にか鎖になっていた。
嘘のメッキが剥がれたのは、些細な偶然からだった。
ヴァンの部屋で、彼が出かけた隙に机の上を片づけていたとき。
引き出しの奥に、見慣れない封筒が何通も詰め込まれているのを見つけた。
文字は、知らない言語。
紙は、あちこちで折られ、握りつぶされ、投げ捨てられた跡がある。
「……何これ」
胸がざわつく。私は翻訳魔法の小石を握った。
魔力を流すと、文字がゆっくりと私の言葉に変わっていく。
『金を返して』
『あなたの言う“投資”は嘘だった』
『あなたの“特別”に人生を棒に振った』
『逃げても追う。国境は関係ない』
ひとつ読めば、次が怖い。
次を読めば、さらに次が証拠になる。
同じ文面。違う筆跡。違う国の印章。
違うのは送り主だけで、内容は同じだった。
私は息を吸って、笑ってしまった。
「……この男、『特別な俺』を気取ってるけど」
机に手紙を並べながら、心の中で言った。
「やってることは、ただの万国共通のクズじゃない」
そして、その瞬間に“アイデア”が降ってきた。
私は一人で戦わない。
彼が国を跨いで撒いた嘘なら、こちらも国を跨いで回収するだけだ。
ちょうど王城では、例の一連の騒動を経て――“相談窓口”が形になり始めていた。
真実を映す水晶、記録魔法、証拠整理の手腕。
私はそこへ、短い手紙を出した。
『国際案件です。
“世界標準”を盾にする詐欺師を、世界標準で処理したい』
数日後。
ヴァンは、いつものように私を呼び出した。上機嫌な声で。
「東方諸国との新しい取引がある。さらに資金が必要だ」
出た。次の“投資”。
私は穏やかに頷いた。
「分かりました。お話を伺います。場所は?」
「倉庫だ。人目につかない方がいい。世界標準だ」
その“世界標準”は、だいたい“後ろ暗い”の別名だ。
指定された倉庫に着くと、ヴァンは胸を張って待っていた。
いつも通りの自信。いつも通りの笑み。
そして――いつも通り、私を“数”として数える目。
「よく来たな、マリア。君は賢い。だからこそ――」
「紹介するわ」
私は彼の言葉を切った。
扉の奥に視線を向ける。
そこにいたのは、私だけではなかった。
隣国の令嬢。
砂漠の国の商家の娘(腕に金の飾り輪)。
雪の国の貴婦人(毛皮の外套)。
港町の通訳士。
そして、見覚えのある封蝋を持った女性たち――手紙の送り主たち。
服装も言語もバラバラ。
けれど目だけは同じだった。
“もう騙されない”という目。
「あなたの『元・特別な人』たちよ」
ヴァンの顔が、真っ青になった。
口が開いたまま、音が出ない。
「な……なんだ、これは! 俺は知らない!」
焦ると、男は必ず“知らない”から始める。
次に来るのは――
「悪くない! 俺は悪くない!」
はい、出た。
「俺は世界を股にかける男なんだぞ! こんなの、嫉妬だ! 罠だ!」
彼は叫びながら後ずさった。
でも倉庫の壁際には、いつの間にか投影水晶が並んでいた。
王城の協力で用意された、遠隔映像の装置。
“真実を映す遠隔水晶”。
各国の女性たちが、それぞれの国の法務官・家族・支援者に繋いでいる。
つまりこの場は、ただの倉庫じゃない。
国境越えの公開審理の入り口だった。
私は微笑んで言った。
「ええ、そうね。あなたは確かに“世界を股にかけた”わ」
そして、一歩近づいて言い放つ。
「でもそれは、貿易じゃない。詐欺の行脚」
砂漠の国の女性が、契約書を投げるように差し出す。
「あなたの“投資”は消えた。金も、時間も」
雪の国の貴婦人が、淡々と告げる。
「あなたは同じ口説き文句を、私にも言った。『世界でも珍しい』――便利ね、その言葉」
隣国の令嬢が冷たく笑った。
「世界標準? いいえ。あなたのクズっぷりが、世界標準の“規格品”なのよ」
ヴァンは顔を歪めて叫ぶ。
「違う! 俺は天才だ! お前たちが理解できないだけだ!」
私は肩をすくめた。
「あなたの希少価値は、今ここでゼロになったわ」
そして最後に――全員で言った。
「代償を払え」
その言葉は呪いじゃない。
請求と、証拠と、各国の法の始まりだ。
その日のうちに、“多国籍クズ男追放連合”が結成された。
各国の法で訴える。各国の港に通報する。各国の通貨と帳簿で追い詰める。
国境は、逃げ道ではなく、包囲網になる。
ヴァンは逃げた。
逃げて、逃げて、逃げ続けた。
だが、どこへ行っても指をさされる。
「あのクズ男だ!」
「世界標準の詐欺師だ!」
「逃げても無駄!」
彼は最後まで「俺は悪くない」と叫んだらしい。
けれど、その声を“可哀想”と思う観客は、もうどこにもいない。
季節が変わる頃。
私たちは、王都の港で再会した。
あのとき倉庫に集まった女性たちが、それぞれの国の品を持ち寄っていた。
香辛料、布、工芸品、薬草、ガラス、毛皮――。
ヴァンが嘘で語った「国際貿易」を、私たちが本当に始めてしまったのだ。
「……皮肉ね」
私は笑った。
「クズを追い出すのに、国境なんて関係ないわね」
仲間たちが頷き、誰かが言った。
「次に同じ男が出たら、また会議ね」
その言葉に、私は少しだけ顔を引き締めた。
全世界に生息する“万国共通”は、外にだけいるとは限らない。
むしろ――一番厄介なのは。
いちばん身近で、逃げ場のない場所にいる“家庭内クズ”。
その夜、王城から封蝋の手紙が届いた。
『次の案件:家庭内。
何があっても認めない。悪くないが口癖。
そして“家族”を盾にする男――』
私は手紙を閉じた。
胸の奥で、あの歌のフレーズが静かに鳴る。
人生を棒に振る覚悟なんか、持つな。
第8章ありがとうございました!
「世界標準」マウント、便利な言葉ですよね。相手を黙らせるための。
でも国境を越えるのは加害者だけじゃない。被害者の連帯も越えられる。
次章は最も逃げ場のない“家庭内クズ”。国家の場で終わらせます。




