表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

第7章:悲劇のヒーロー気取りな元婚約者の場合

~「俺を不幸にした元カノに代償を!」と嘘を吹聴するストーカー様。真実をバラされ、味方ゼロの孤立無援へ~


 噂というものは、香水に似ている。

 誰かが一滴垂らせば、広間の隅まで行き渡り、当の本人が気づいたときには服に染みついている。


 そして最悪なのは、香水と違って――“噂は洗っても落ちにくい”こと。


 私、セシリアは、身に覚えのない悪評で社交界から孤立しかけていた。


「冷酷な女」

「貧乏な婚約者を捨てて金持ちに乗り換えた」

「婚約指輪を投げつけた」


 どれも、嘘。

 でも嘘は、物語の形をすると強い。

 人は真実より、“分かりやすい悲劇”を信じたがる。


 悲劇の主人公を演じているのは――元婚約者、エリオット。


 没落寸前の男爵家長男。見栄えだけはいい。

 そして、見栄えだけで生きようとする男。


 夜な夜な、酒場。


 エリオットは、わざと暗い席に座り、わざと疲れた顔で杯を揺らし、わざと、誰かに聞こえる声で言う。


「聞いてくれ……セシリアは俺が貧乏だからと、婚約指輪を投げつけて……他の男の馬車に乗ったんだ」


 彼は目元を指でこすり、涙を“作る”。


「信じていたのに。俺は不幸だ……」


 周囲の客がざわめく。


「なんて酷い女だ」

「エリオットが可哀想だ」

「女って怖いな」


 彼は“同情”という酒を、ぐいぐい飲む。

 同情は無料だ。だから彼は毎晩、飲める。


「彼女には……俺を傷つけた代償を払わせたい!」


 最後にそう言って、拳を握りしめる。

 悲劇のヒーロー。正義の復讐者。

 ……自分の浮気を隠したまま。


 私は、その酒場の噂が回ってきた日に、まず深呼吸をした。

 怒りで動けば、相手の物語の“悪役”にされる。

 だから私は、静かに準備をした。


 ――真実は、派手じゃなくていい。

 ただ、逃げ場をなくせばいい。


 エリオットの粘着は、噂だけでは終わらなかった。


 彼は「精神的苦痛」を理由に、私の実家へ多額の慰謝料を請求してきた。

 さらに街で、馬車の出入りで、式服店で――どこにでも現れる。


「セシリア、話がある」


 その声は甘い。

 甘いけれど、刃の甘さだ。


「あなたがやったことはひどい。俺の人生を壊した。代償を払え」


「……あなたが浮気した証拠があるわ」


 私がそう言うと、彼は即座に顔を歪めた。


「あれはただの友達だ!」


 出た。

 テンプレ。


「そうやって俺を疑う冷たい心が、俺を追い詰めたんだ!」


 語尾が震え、声が大きくなる。

 被害者の席から降りたくない人間は、声で椅子を固定する。


「俺は悪くない!」


 最後はいつも、それ。

 自分を守るための呪文。


 私は確信した。


(この男、自分の嘘を真実だと思い込んで酔っているんだわ)


 嘘で自分を守りすぎた結果、嘘の中に住んでいる。

 そこから引きずり出すには、言葉じゃ足りない。


(こんな奴に同情して人生を棒に振るなんて、時間の無駄よ)


 私は、笑った。

 冷たくじゃない。

 “自分を取り戻す決意”として。


 数日後。

 エリオットは“糾弾会”なるものを開いた。


 名目は「セシリアを断罪する有志の集まり」。

 実態は「エリオットの悲劇を聞いて拍手する会」。


 会場は小さな集会所。

 集まっているのは、同情心で動く人、刺激が欲しい人、噂が好きな人。

 そして、彼の話を真に受けた人。


 エリオットは壇上に立ち、胸に手を当てて語り始めた。


「俺は……セシリアを心から愛していた」


 わざと息を詰める。

 涙を浮かべる。

 観客が頷く。


「なのに彼女は、俺を捨てた。貧乏だからだ。指輪を投げつけ、別の男の馬車へ――」


 そのとき、扉が開いた。


 私は、静かに入っていった。

 背筋を伸ばし、堂々と。


 会場がざわめく。

 エリオットの顔が勝ち誇ったように歪む。


「来たか、セシリア。逃げずに来たのは偉い。お前も反省——」


「反省するのは、あなたです」


 私は淡々と言った。


 そして、手に持っていた小さな魔導具――銀色の輪と魔石がはめられた装置を掲げる。


「『自白の魔導具』です」


 ざわめきが止まる。


「嘘をつくと、口が勝手に真実を喋ります。痛みはありません。……恥だけです」


 エリオットが顔を引きつらせた。


「な、なんだそれ。そんなもので——」


「エリオット様」


 私は一歩近づいて、柔らかく微笑んだ。

 彼の“悲劇”の文法を、こちらも利用する。


「そんなに私が悪いとおっしゃるなら、この魔導具の前で誓ってください」


 会場の視線が、彼に集中する。

 彼は引けない。引けば“嘘”に見える。


「――あなたは一度も私を裏切っていないと」


 エリオットは、一瞬だけ迷った。

 でも、彼の最大の欠点がそこで出る。


 根拠のない自信。

 そして「自分は特別だから何とかなる」という万能感。


「フン。いいだろ」


 彼は自信満々に手を置いた。

 観客が息を呑む。


 魔石が淡く光った。


「俺は——」


 エリオットは、言い切ろうとして、口が勝手に動いた。


「……あいつの金が目当てだったけど、地味でだるいから若い子と遊んでただけだ!」


 会場が凍りついた。


「婚約破棄されたのは俺の浮気のせいだけど、金が欲しいから被害者のフリをして——」


 エリオットの目が見開かれる。

 口が止まらない。身体が硬直する。

 “あ、あばばば!”と情けない声を漏らしながら、真実だけが飛び出していく。


「慰謝料ふんだくって、立て直すつもりだった! 俺は悪くないって言えば、みんな信じると思ってた!!」


 最後の一言が、致命傷だった。


 自白の魔導具は静かに光を消した。

 真実が吐き出された後の沈黙は、重い。


 観客たちは、ゆっくりと表情を変えた。

 同情が、嫌悪へ。

 拍手が、冷笑へ。


「……詐欺師じゃないか」

「私たち、何を聞かされてたの」

「最低」


 エリオットは壇上で膝をついた。


「ち、違う! 今のは魔法が! 魔法が俺を——」


「魔法は、嘘をつかせません」


 私は静かに言った。


「あなた自身の口が、あなたを裁いたのよ」


 糾弾会は、その場で解散した。

 いや、“崩壊した”。


 エリオットは味方を失った。

 同情の酒場も、噂好きの輪も、誰も彼を守らない。

 物語の主人公が嘘だとバレた瞬間、観客は一斉に席を立つ。


 彼は街を追われ、どこへ行っても相手にされなくなった。


「……俺は不幸だ……」


 路地裏で呟いても、返事はない。

 悲劇のヒーローは、観客がいないと成立しない。


 私は、息を吐いた。

 噂の香水が、ようやく薄れるのを感じた。


 友人が言った。


「セシリア、強いね」


 私は首を振った。


「強いんじゃない。掃除しただけ」


 悲劇という名のゴミを、正しく分別して捨てただけ。

 それを放置したら、私の人生が汚れるから。


 私は最後に、エリオットの背中を思い出して、小さく呟いた。


「悲劇のヒーローはおしまい」


 そして、心の中で言葉を足す。


 これからは、あなたの名前が『クズ男』の代名詞として語り継がれる。

 それが、あなたへの一番の代償よ。

第7章まで読んでくださり感謝です。

噂は一瞬で広がりますが、真実も“道具”があれば取り戻せる。

今回は「被害者のふりをする加害者」を、言い逃げ不能にしました。

次章は国境越えの案件。ついに“国際派クズ”です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ