表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第5章:女性との経験値が男の格だと思っている令息の場合

~100人を泣かせた自称イケメン様。被害女性全員から同時に慰謝料請求され、代償を払いきれず破産する~


 社交界には、光がある。

 シャンデリアの光、宝石の光、笑顔の光――そして、ときどき“勘違いの光”。


 その光を一番強く反射する男がいた。

 伯爵家三男、ジュリアン。


 自称「社交界の至宝」。

 自称「イケメン」。

 自称「女たらしは才能」。

 そして本当のところは――女を数える癖のある、空っぽの男。


 私、クロエは、彼の婚約者だった。

 “だった”と書くのは簡単だが、そこに至るまでに費やした時間は、驚くほど無駄に長い。


 ジュリアンはいつも、複数の女性に同じ笑顔を向けた。

 同じ囁き。

 同じ香水。

 同じ“君だけだ”という言葉。


 違うのは、相手の名前だけ。


「ねえ、クロエ」


 ある夜、彼は鏡の前で髪を整えながら、何でもないことのように言った。

 私の方を見ずに。自分の横顔だけを見ながら。


「お前は――101人目だ」


「……何の話?」


「俺の“経験値”の話。光栄に思えよ?」


 彼は胸を張った。

 誇らしげに、言った。


「俺ほどの男になれば、多くの女に愛されるのは自然の摂理だ。俺を独占しようなんて、勘違いも甚だしいぞ」


 私は、冷めた目で彼を見た。


(この男、自分の顔が「平均より少し上」なのは……私のコーディネートのおかげだって、気づいてないのかしら)


 髪型。服。色。香り。話し方。

 “社交界の至宝”を作ったのは、彼じゃない。

 彼の中身が空っぽだから、私は外側を整えて埋めてきた。


 ――けれど、今日で終わり。


 私はテーブルの上の刺繍針を置き、淡々と言った。


「101人目ということは、100人の女性を泣かせたということね」


「泣いた? 知らね。俺に惚れた女が勝手に期待しただけだろ」


 出た。

 “俺は悪くない”。


 ジュリアンは笑って、肩をすくめた。


「俺の魅力に抗えない女が悪い。俺は悪くない」


 ――そう。

 あなたは、悪くないと思っている。

 だから、学習できない。


 なら、学習させるしかない。


 ジュリアンは調子に乗った。

 私の親友にも、後輩にも、平然と手を出した。


「ねえ、君さ。クロエより可愛いね」


 そう囁き、同じように指先で顎を上げ、同じように唇を近づける。

 “使い回しの愛”。


 しかし――ジュリアンは知らなかった。


 社交界の女性たちは、噂話のネットワークで生きている。

 彼女たちの情報網は、財務局より正確で、魔導具局より速い。


 そして“被害者”という共通点は、女たちを最も強く結束させる。


 最初に私の部屋へ来たのは、親友のマリアだった。目が赤かった。


「クロエ……私、やられた」


 次は後輩のリディア。唇を噛んでいた。


「私もです。『君だけだ』って言われました」


 次は、知らない令嬢。震える声で名乗った。


「私、……三番目でした」


 私は一人ひとりに紅茶を出し、話を聞き、涙が止まるまで傍にいた。

 そして言った。


「……“会”を作りましょう」


 ジュリアン被害者の会。


 恨みを燃やす会ではない。

 証拠を集め、可視化し、正しく清算する会だ。


 私たちは“数字”を、逆利用することにした。

 彼が自慢した「経験値」を――請求書に変える。


 甘い囁きは、記録へ。

 使い回しのラブレターは、一覧表へ。

 二股三股の証拠は、時系列へ。


 同じ言葉が、何人分も並ぶ。


『君だけだ』

『運命だ』

『結婚を考えてる』


 ――全部、同じ筆跡。

 ――全部、同じ封蝋。

 ――全部、同じ空っぽ。


 私たちは静かに笑った。

 彼が“数”で遊んだなら、こちらも“数”で終わらせる。


 社交界最大の舞踏会。

 王都の大ホールは、香水と音楽と見栄で満ちていた。


 ジュリアンは会場の中央に立ち、獲物を探す目をしていた。

 彼の目には、女が“人”として映らない。

 ただの“次の数字”だ。


 私は、女性たちの先頭に立って歩いた。

 ドレスの裾が床を滑る。

 私の背後には、列――いや、波。


 百人以上。


 会場がざわめく。

 なにかが始まる空気。

 そしてそれは、始まった。


「ジュリアン様」


 私はにこやかに言った。


 彼はいつもの笑顔で振り向き――次の瞬間、その笑顔が固まった。


「クロエ? ……なに、その後ろの、群れ」


「あなたが『経験値』と呼んだ方々です」


 私は手を上げた。

 合図。


 女性たちが一斉に、封筒と紙束を差し出した。


「ジュリアン様、これ。私たちがあなたに費やした時間、贈ったプレゼント、そして精神的苦痛の請求書です」


「これもです。通話記録、手紙、約束、婚約破棄の損害」


「こちらは治療費。あなたのせいで眠れなくなりました」


 紙の束が、波のように押し寄せる。

 “数字”の重み。

 “人”の怒り。


 ジュリアンは青ざめ、そして叫んだ。


「なんだこれは! 俺が愛してやった代価だと思えば安いだろ!」


 出た。

 愛を、施しみたいに言う。


「だるいことするな!」


 会場が静まり返る。

 誰も笑わない。

 “だるい”の対象は、彼自身だった。


 私は冷たく告げた。


「愛? いいえ。あなたはただの『全世界に生息するクズ男』よ」


 そして、決定打を落とす。


「自分の価値を勘違いした代償――しっかり払ってもらうわ」


 それは脅しではない。

 契約と証拠と手続きによる、現実だ。


 財務局の文官が会場に入ってきた。

 弁務官(この国の法務担当)が、淡々と紙を読み上げる。


「伯爵家ジュリアン・アルフェン。名誉毀損、詐欺的交際、贈与の不当取得、精神的損害……総額――」


 数字が続く。

 ゼロが多い。

 ジュリアンの顔から、血の気が消える。


「……そんなの、払えるわけが」


「払えますよ。あなたは“百人分”の人生に触れたんですから」


 私が言うと、ジュリアンは震えた。


「お、俺は……悪くない……」


 最後まで、その呪文。


 でも今回は、誰もそれに合わせて世界を歪めない。


 数週間後。伯爵家は破産寸前になった。

 最終的に、家はジュリアンを切り捨てた。


「お前のせいで家が潰れる。出ていけ」


 ジュリアンは縁を切られ、借金返済のために遠く離れた鉱山へ“売られて”いった。

 彼が最後に見せた背中は、驚くほど小さかった。

 あれほど“至宝”を名乗った男が。


 私は、被害者の会の女性たちとともに、新しい場所を作った。

 慰謝料――代償――そのお金は、私たちを縛る鎖ではなく、私たちを取り戻す道具にした。


 “自分たちをより輝かせるためのサロン”。


 服の相談、メイク、護身、法律、勉強、仕事。

 恋愛だけじゃない。人生を整える場所。


 開店の日、私たちは笑った。

 静かに、でも確かに。


 私は最後に、入口の看板を見上げながら呟いた。


「数自慢する男って、中身が空っぽだから数字を頼るしかないのよね」


 そして、心の中で付け足す。


 さようなら。

 101人分の怒りに、焼かれなさい。

第5章までお付き合いありがとうございます。

“数”で人を扱う男には、“数”で返す――という構図にしました。

被害者が孤立しないこと、証拠を共有できること、それが一番の反撃になる。

次章は舞台がカフェへ。店を回しているのは誰なのか、です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ