第5章:女性との経験値が男の格だと思っている令息の場合
~100人を泣かせた自称イケメン様。被害女性全員から同時に慰謝料請求され、代償を払いきれず破産する~
社交界には、光がある。
シャンデリアの光、宝石の光、笑顔の光――そして、ときどき“勘違いの光”。
その光を一番強く反射する男がいた。
伯爵家三男、ジュリアン。
自称「社交界の至宝」。
自称「イケメン」。
自称「女たらしは才能」。
そして本当のところは――女を数える癖のある、空っぽの男。
私、クロエは、彼の婚約者だった。
“だった”と書くのは簡単だが、そこに至るまでに費やした時間は、驚くほど無駄に長い。
ジュリアンはいつも、複数の女性に同じ笑顔を向けた。
同じ囁き。
同じ香水。
同じ“君だけだ”という言葉。
違うのは、相手の名前だけ。
「ねえ、クロエ」
ある夜、彼は鏡の前で髪を整えながら、何でもないことのように言った。
私の方を見ずに。自分の横顔だけを見ながら。
「お前は――101人目だ」
「……何の話?」
「俺の“経験値”の話。光栄に思えよ?」
彼は胸を張った。
誇らしげに、言った。
「俺ほどの男になれば、多くの女に愛されるのは自然の摂理だ。俺を独占しようなんて、勘違いも甚だしいぞ」
私は、冷めた目で彼を見た。
(この男、自分の顔が「平均より少し上」なのは……私のコーディネートのおかげだって、気づいてないのかしら)
髪型。服。色。香り。話し方。
“社交界の至宝”を作ったのは、彼じゃない。
彼の中身が空っぽだから、私は外側を整えて埋めてきた。
――けれど、今日で終わり。
私はテーブルの上の刺繍針を置き、淡々と言った。
「101人目ということは、100人の女性を泣かせたということね」
「泣いた? 知らね。俺に惚れた女が勝手に期待しただけだろ」
出た。
“俺は悪くない”。
ジュリアンは笑って、肩をすくめた。
「俺の魅力に抗えない女が悪い。俺は悪くない」
――そう。
あなたは、悪くないと思っている。
だから、学習できない。
なら、学習させるしかない。
ジュリアンは調子に乗った。
私の親友にも、後輩にも、平然と手を出した。
「ねえ、君さ。クロエより可愛いね」
そう囁き、同じように指先で顎を上げ、同じように唇を近づける。
“使い回しの愛”。
しかし――ジュリアンは知らなかった。
社交界の女性たちは、噂話のネットワークで生きている。
彼女たちの情報網は、財務局より正確で、魔導具局より速い。
そして“被害者”という共通点は、女たちを最も強く結束させる。
最初に私の部屋へ来たのは、親友のマリアだった。目が赤かった。
「クロエ……私、やられた」
次は後輩のリディア。唇を噛んでいた。
「私もです。『君だけだ』って言われました」
次は、知らない令嬢。震える声で名乗った。
「私、……三番目でした」
私は一人ひとりに紅茶を出し、話を聞き、涙が止まるまで傍にいた。
そして言った。
「……“会”を作りましょう」
ジュリアン被害者の会。
恨みを燃やす会ではない。
証拠を集め、可視化し、正しく清算する会だ。
私たちは“数字”を、逆利用することにした。
彼が自慢した「経験値」を――請求書に変える。
甘い囁きは、記録へ。
使い回しのラブレターは、一覧表へ。
二股三股の証拠は、時系列へ。
同じ言葉が、何人分も並ぶ。
『君だけだ』
『運命だ』
『結婚を考えてる』
――全部、同じ筆跡。
――全部、同じ封蝋。
――全部、同じ空っぽ。
私たちは静かに笑った。
彼が“数”で遊んだなら、こちらも“数”で終わらせる。
社交界最大の舞踏会。
王都の大ホールは、香水と音楽と見栄で満ちていた。
ジュリアンは会場の中央に立ち、獲物を探す目をしていた。
彼の目には、女が“人”として映らない。
ただの“次の数字”だ。
私は、女性たちの先頭に立って歩いた。
ドレスの裾が床を滑る。
私の背後には、列――いや、波。
百人以上。
会場がざわめく。
なにかが始まる空気。
そしてそれは、始まった。
「ジュリアン様」
私はにこやかに言った。
彼はいつもの笑顔で振り向き――次の瞬間、その笑顔が固まった。
「クロエ? ……なに、その後ろの、群れ」
「あなたが『経験値』と呼んだ方々です」
私は手を上げた。
合図。
女性たちが一斉に、封筒と紙束を差し出した。
「ジュリアン様、これ。私たちがあなたに費やした時間、贈ったプレゼント、そして精神的苦痛の請求書です」
「これもです。通話記録、手紙、約束、婚約破棄の損害」
「こちらは治療費。あなたのせいで眠れなくなりました」
紙の束が、波のように押し寄せる。
“数字”の重み。
“人”の怒り。
ジュリアンは青ざめ、そして叫んだ。
「なんだこれは! 俺が愛してやった代価だと思えば安いだろ!」
出た。
愛を、施しみたいに言う。
「だるいことするな!」
会場が静まり返る。
誰も笑わない。
“だるい”の対象は、彼自身だった。
私は冷たく告げた。
「愛? いいえ。あなたはただの『全世界に生息するクズ男』よ」
そして、決定打を落とす。
「自分の価値を勘違いした代償――しっかり払ってもらうわ」
それは脅しではない。
契約と証拠と手続きによる、現実だ。
財務局の文官が会場に入ってきた。
弁務官(この国の法務担当)が、淡々と紙を読み上げる。
「伯爵家ジュリアン・アルフェン。名誉毀損、詐欺的交際、贈与の不当取得、精神的損害……総額――」
数字が続く。
ゼロが多い。
ジュリアンの顔から、血の気が消える。
「……そんなの、払えるわけが」
「払えますよ。あなたは“百人分”の人生に触れたんですから」
私が言うと、ジュリアンは震えた。
「お、俺は……悪くない……」
最後まで、その呪文。
でも今回は、誰もそれに合わせて世界を歪めない。
数週間後。伯爵家は破産寸前になった。
最終的に、家はジュリアンを切り捨てた。
「お前のせいで家が潰れる。出ていけ」
ジュリアンは縁を切られ、借金返済のために遠く離れた鉱山へ“売られて”いった。
彼が最後に見せた背中は、驚くほど小さかった。
あれほど“至宝”を名乗った男が。
私は、被害者の会の女性たちとともに、新しい場所を作った。
慰謝料――代償――そのお金は、私たちを縛る鎖ではなく、私たちを取り戻す道具にした。
“自分たちをより輝かせるためのサロン”。
服の相談、メイク、護身、法律、勉強、仕事。
恋愛だけじゃない。人生を整える場所。
開店の日、私たちは笑った。
静かに、でも確かに。
私は最後に、入口の看板を見上げながら呟いた。
「数自慢する男って、中身が空っぽだから数字を頼るしかないのよね」
そして、心の中で付け足す。
さようなら。
101人分の怒りに、焼かれなさい。
第5章までお付き合いありがとうございます。
“数”で人を扱う男には、“数”で返す――という構図にしました。
被害者が孤立しないこと、証拠を共有できること、それが一番の反撃になる。
次章は舞台がカフェへ。店を回しているのは誰なのか、です。




