第4章:逆ギレと土下座の無限ループ・隣国の王子の場合
~「もうしない」としがみつくクズ男・エンドレスゲーム。浮気現場の全世界ライブ中継でサービス終了~
恋というものは、努力で育つと信じていた。
――少なくとも、私は。
けれど“努力”を、相手の身勝手の尻拭いに使い始めた瞬間、それは恋じゃなくて、ただの罰ゲームになる。
婚約者の名は、ランスロット。
隣国の第三王子で、甘いマスクと「放っておけない感」を纏う天才だった。
そう、天才。
自分を可哀想に見せる技術だけは。
「……また?」
公賓として滞在中の王子の客室。
扉の隙間から聞こえた笑い声に、私――エレナは、胸の奥がすうっと冷えるのを感じた。
侍女が一人。頬を赤らめて、王子に近づいている。
王子はソファにだらしなく座り、指先で彼女の髪を弄びながら笑っていた。
十回目だった。
私は扉を開けた。音が響く。
二人が振り向く。侍女の顔が青ざめた。
「エ、エレナ様……!」
ランスロットは驚いた顔を一瞬だけ作り、すぐに“いつもの顔”になった。
開き直りの笑み。悪びれない瞳。
「何だよ、エレナ。覗きか? だるいな」
――出た。
都合が悪いときほど、“だるい”。
「説明していただけますか?」
「説明? 必要ある? 最近のお前、仕事ばっかで俺のこと構わないじゃん」
侍女が息を呑む。
私の胸の奥で、何かがまた一つ“音もなく”切れた。
「王子である俺を孤独にさせた代償だと思えよ。お前が冷たいから寂しかったんだ!」
まるで被害者。
まるで私が悪い。
まるで――この十回の裏切りが、私のせい。
私は微笑みすらしなかった。ただ静かに告げた。
「では、婚約を破棄します。両国に通達を出します」
その瞬間だった。
「……え?」
ランスロットの顔色が変わった。
あれだけ強気だった声が、急に薄くなる。
「ま、待ってくれ! 冗談だよ! 俺にはエレナしかいない!」
彼は床に膝をつき、両手を合わせた。
演技が上手い。涙の出し方まで練習しているみたいに。
「もう二度としない! 信じてくれ!」
……“もう二度としない”。
それは、十回聞いた台詞だ。
私は侍女に目を向けた。彼女は震えながら、何度も頭を下げて逃げていった。
残ったのは、土下座する王子様。
けれど、私は知っている。
彼は今、“誠意”を見せているんじゃない。
“手札”を切っているだけだ。
泣き落とし。土下座。抱きつき。逆ギレ。
喉元過ぎれば、即座に次の女へ。
――エンドレスゲーム。
数日後。ランスロットは何事もなかったように夜会へ出て、何事もなかったように私の隣で笑った。
まるで、裏切りが“なかったこと”になると信じている顔で。
そして私は、何事もない顔で頷いた。
――準備をするために。
魔導具開発局の工房は、油と金属と魔力の匂いがした。
私が注文したのは、特注の魔導具。
「『真実を映す遠隔水晶』、ですね」
技師が淡々と確認した。
「遠隔地の映像と音声を、指定した“投影水晶”へ同時送信。しかも……改竄不可」
「ええ。全世界へ」
技師が目を瞬いた。
「……“全世界”?」
「はい。夜会会場だけでは足りません。彼は、恥を“身内の問題”に矮小化するでしょうから」
技師は一瞬黙り、そして、なぜか少し楽しそうに言った。
「承りました。……サービス精神、最大出力で」
私は内心で頷いた。
慈悲を“コンティニューコイン”として消費されるくらいなら、最初から筐体ごと叩き壊す。
あ、この人にとって――
私の慈悲はただのゲームのコンティニューコインなんだわ。
なら、サービス終了。
夜会当日。
華やかな音楽、葡萄酒の香り、貴族たちの笑い声。
ランスロットは完璧な笑顔で、私の腰に手を回した。
「エレナ、やっぱり君って最高だ。ほら、こうやって並ぶと絵になるよね」
私はにこやかに微笑んだ。
そして彼の手の温度が、不快な“汚れ”のように感じた。
しばらくして、彼は咳払いを一つ。
「あー……ちょっと体調悪いかも。外の空気、吸ってくる」
嘘。
その嘘が“いつもの流れ”であることまで、私はもう知っている。
ランスロットが会場を抜けるのを見届け、私は壁際の装飾水晶へ、そっと指を触れた。
合図の魔力が流れる。
――起動。
同時刻。
バルコニーの陰で、ランスロットは公爵令嬢を抱き寄せていた。
「君の方が、ずっといい。あんな堅物より……」
甘い声。甘い言葉。甘い笑み。
そして、決定打。
「エレナ? ああ、あいつは俺に夢中だから、ちょっと泣き真似すれば何でも許すんだよ」
その瞬間。
夜会会場の壁一面に、巨大な魔法映像が映し出された。
フルハイビジョン。
音声くっきり。
鼻の下、伸び放題。
――王族も貴族も、全員が見上げた。
ざわめきが止まり、呼吸の音すら消える。
さらに追い打ちのように、会場の投影水晶だけではなく、王都の広場、学院の掲示水晶、交易都市の公衆水晶、果ては隣国の宮廷の水晶にまで同時中継が飛んだ。
そう、“全世界ライブ中継”。
誰かが小声で呟いた。
「……終わったわね」
映像の中で、ランスロットが得意げに続ける。
「泣き落とせばさ、何でも——」
そこで彼は、会場側の騒ぎに気づいたらしい。
バルコニーから覗き込み、そして――自分の顔が壁いっぱいに映っているのを見た。
「…………は?」
公爵令嬢が悲鳴を上げて逃げる。
ランスロットは青ざめて、会場へ駆け戻ってきた。
「ち、違うんだ!」
彼は転ぶ勢いで私の前へ来て、私の足にしがみつこうとした。
私は一歩、後ろへ退いた。
「これは魔法の罠だ! 俺は騙されたんだ!」
出た。
責任転嫁。
「エレナ、愛してるのはお前だけだ、信じてくれえぇ!」
叫び声が会場に響く。
けれど誰一人、その声に“誠意”を見なかった。
私は、軽蔑の眼差しで彼を見下ろした。
「その汚い手で、私に触れないで」
そして、静かに宣言した。
「あなたの『エンドレスゲーム』――今日でサービス終了よ」
会場が、凍りついた。
次いで、拍手が起きた。最初は一人、次に二人、そして波のように広がっていく。
止めを刺したのは、外交官の冷たい声だった。
「隣国第三王子ランスロット殿下。公賓として滞在中に、両国の信用を毀損。――外交問題です」
ランスロットの唇が震えた。
「……そんな、大げさだろ? 恋愛の——」
「恋愛の問題ではありません。国家の問題です」
淡々と、終わりが告げられた。
翌日。
隣国から正式な使節が到着し、王子は王位継承権を完全に剥奪された。
責任を取る形で、辺境の修道院へ永久追放。
彼は最後まで叫んだ。
「俺は悪くない! 俺は悪くないんだってば!!」
その声は、もう誰にも届かなかった。
“泣き真似”は、コンティニューできないと学習した顔で、彼は連れて行かれた。
私は、自室の机に並んだ宝石箱を見下ろした。
彼が贈ってきたジュエリーたち。……鑑定結果は、ほぼ全部が偽物だった。
「最後まで“それ”なのね」
笑ってしまった。
でも、胸は軽い。
私はそれらをすべて換金し、自分へのご褒美に高級馬車を注文した。
これからは、自分の足で、自分の人生へ向かう。
そして馬車の契約書に署名した帰り道、封蝋付きの手紙が届いた。
差出人は――魔導具開発局。
『エレナ殿。
“次の案件”に関し、貴殿の協力を要請する。
――真実を映す水晶の運用、実に見事だった』
……来た。
全世界に生息する“万国共通”は、次も現れる。
でも私はもう、ゲームのコインを渡さない。
第4章ありがとうございました!
「許す=優しい」ではなく「許させる=支配」の関係に、区切りをつけたくて書きました。
全世界ライブ中継は、やりすぎなくらいがちょうどいい(※この物語比)。
次章は“経験値自慢”系の勘違いが燃えます。




