第3章:基本他人の話を聞いてない自称天才の場合
~根拠のない自信でドラゴンに挑んだ魔術師様。「俺は悪くない!」と叫びながら、ボロ布一枚で王国を追放される~
王立魔術学院の実験塔には、二種類の音がある。
ひとつは、真面目な魔術師が慎重に符を刻む、静かな羽音。
もうひとつは――自称天才が自分の声だけを響かせる、やかましい演説だ。
「見ろ、ソフィア。古代魔法の再現は、いよいよ完成段階だ」
ギルバートは机の上に広げた羊皮紙を、得意げに指で叩いた。
緻密な術式。数列。魔力流路。どれも“それっぽい”。
問題は、その“それっぽさ”が、彼の頭の中だけで完結していることだった。
助手のソフィアは、いつものように冷静に言った。
「ギルバート様。その術式だと、魔力が逆流する危険があります。流路の折り返し角が——」
「ソフィア、君は凡人だから分からないんだ」
彼はソフィアの顔すら見ない。
視線は紙の上、いや、紙の上にいる“自分の天才”だけを見ている。
「俺の計算にミスはない。君の低い理解力に合わせて説明するのは、だるいんだよ」
“だるい”。
それは彼の口癖であり、他人の言葉を遮断するための便利な呪文だった。
「黙って、俺の偉業を見ていればいい」
ソフィアは一度だけ、深く息を吐いた。
怒るのも、悲しむのも、疲れる。だから彼女は、淡々と確認した。
「……では、最終実験の際、私の魔力供給と制御サポートは必要ありませんね?」
「当然だ。君のサポートなんて最初から誤差のようなものだ」
ギルバートは笑った。
「俺がモテるのも、天才なのも、すべて俺一人の力なんだからな」
ソフィアは返事をしなかった。
その沈黙だけが、実験塔で唯一まともな音だった。
その日の午後、王城の謁見の間は慌ただしかった。
国境の山脈に、ドラゴンが出たという報告。
避難命令。騎士団の動員。結界の再構築。
国王の前に立ったギルバートは、その緊張感すら自分の舞台だと思ったらしい。胸を張り、声を張り上げた。
「陛下。俺の古代魔法を使えば、ドラゴンなどトカゲ同然です」
騎士たちがざわめく。魔術顧問が眉をひそめる。
誰かが言いかけた忠告を、ギルバートは手で払った。
「ソフィアの臆病な意見など、無視して構いません。嫉妬ですよ、嫉妬」
ソフィアは一歩前に出て、礼をした。
「分かりました。では——私は一切、制御サポートを行いません」
ギルバートが鼻で笑う。
「フン。元から必要ない。俺の完璧な計算だけで十分だ」
国王は静かに言った。
「……命がかかっている。大言は、成果で示せ」
「もちろんです」
ギルバートは満面の笑みで頭を下げた。
その笑みは、“勝利の報酬”を先に味わっている顔だった。
戦場は、王都外れの草原だった。
空が暗い。風が重い。遠くで民が祈り、騎士団が盾を並べる。
そして――空の裂け目から、巨大な影が降りてきた。
ドラゴン。
鱗は黒鉄、翼は城壁のように広い。
その息遣いだけで、草が倒れ、結界が軋む。
ギルバートは、民の視線を背に受けて前へ出た。
まるで舞台に上がる役者のように。
「よし。古代術式展開!」
彼は杖を掲げ、羊皮紙の通りに呪文を唱える。
光が集まる——はずだった。
しかし集まらない。
魔力は散り、術式の輪郭は揺らぎ、どこにも定まらない。
本来なら、ソフィアが“供給”し“制御”し“安定”させる部分が、空白のままだった。
「……っ、なぜだ……!」
ギルバートの声が上ずる。
ドラゴンが首を傾ける。
あまりに間抜けな儀式に、興味を持ったかのように。
「計算は合ってる! 合ってるんだ……!」
彼は焦って、触媒を増やそうとした。
触媒として最も手っ取り早いもの——身につけている魔術師ローブの紋章に、魔力を無理やり流し込む。
……それが最悪だった。
ぼっ。
炎が、ローブの縁から走った。
古代魔法は発動しないくせに、暴走だけは一流だった。
「うわっ、熱っ!? な、何が——」
魔力の逆流。
術式が“外”に向かうはずの力を、“内”に向けて噴き上げる。
結果——ギルバートのローブは、触媒として燃え尽きた。
「ちょ、ちょっと待て! 俺の衣装が!!」
火は魔法灯のように淡く、しかし容赦なく布だけを食べていく。
彼は慌てて転げ回り、やがてボロ布一枚の情けない姿になった。
そこへ、ドラゴンが――
ふん、と鼻息を鳴らした。
突風。
ギルバートは紙くずのように吹き飛び、泥の上を転がった。
「ぐぇっ……!」
全市民が見ていた。騎士団も、国王も、魔術顧問も。
ギルバートは泥だらけで起き上がり、叫んだ。
「おかしい! 計算は合っていた!!」
誰も頷かない。
「この場所の地磁気が悪いんだ! 運が悪かっただけだ!!」
誰も同情しない。
最後に彼は、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「俺は悪くない!!!」
その声だけが、立派だった。
次に前へ出たのは、ソフィアだった。
彼女は髪を結び直し、ギルバートが放り出した羊皮紙を一瞥すると、ため息をついた。
「……“言いたいこと”だけ並べた術式。そりゃ動かないわ」
彼女は数行だけ、さらさらと書き換えた。
折り返し角を緩め、流路を整理し、逆流防止の安全弁を加える。
それは派手さのない、実務の魔法だった。
「騎士団、合図で前進。結界班、私のタイミングに合わせて」
ソフィアの声は小さいのに、全員が動いた。
“聞く耳を持つ人”の言葉には、力がある。
修正された術式が、今度は正しく光った。
結界が立ち上がり、ドラゴンの動きを鈍らせる。
騎士団が隊列を組み、誘導し、退路を塞ぐ。
最後にソフィアが唱えたのは、攻撃ではなく――追い払うための命令だった。
「帰りなさい。ここは、あなたの狩場じゃない」
光が風に変わり、風が圧に変わる。
ドラゴンは不満げに唸りながらも、翼を広げて空へ戻った。
草原に、静けさが戻る。
そして——国王の声が落ちた。
「ギルバート・ハルフォード。王国の危機を私物化し、民を危険に晒した大罪。加えて、虚偽と傲慢による混乱。——国外追放とする」
「は!? ちょ、待ってください陛下! 俺は悪くない!!」
「その言葉が、最後まで“自分のため”だったな」
衛兵が近づき、ギルバートにボロ布を投げた。
彼はそれを抱えて叫び続けたが、誰も耳を貸さなかった。
数日後。
学院の実験塔で、ソフィアは新しい研究ノートを開いていた。
ギルバートの名は、もうどこにもない。
「人の話を聞けない人は、魔法の言葉——呪文を扱う資格なんてないのよ」
彼女は独り言のように言って、ペンを走らせる。
夜は静かだ。紙の音が、今度は心地いい。
机の上には、王城から届いた封蝋の手紙。
開けば、短い一文があった。
『次の“案件”に備えよ。協力者として、ソフィアを推薦する』
ソフィアは笑った。
ほんの少しだけ。
全世界に生息する“万国共通”は、たぶん次も現れる。
でも、そのたびに誰かが泣く必要はない。
聞く耳を持つ者が、正しく呪文を扱えばいいのだから。
第3章まで読んでくださり感謝です。
忠告を「嫉妬」で片付けるタイプ、現実にもいますよね……。
今回は“天才の大言”が、見事に自爆する形にしました。ソフィアは静かに仕事をする人。次章は、逆ギレ&土下座ループです。




