表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第3章:基本他人の話を聞いてない自称天才の場合

~根拠のない自信でドラゴンに挑んだ魔術師様。「俺は悪くない!」と叫びながら、ボロ布一枚で王国を追放される~


 王立魔術学院の実験塔には、二種類の音がある。

 ひとつは、真面目な魔術師が慎重に符を刻む、静かな羽音。

 もうひとつは――自称天才が自分の声だけを響かせる、やかましい演説だ。


「見ろ、ソフィア。古代魔法の再現は、いよいよ完成段階だ」


 ギルバートは机の上に広げた羊皮紙を、得意げに指で叩いた。

 緻密な術式。数列。魔力流路。どれも“それっぽい”。

 問題は、その“それっぽさ”が、彼の頭の中だけで完結していることだった。


 助手のソフィアは、いつものように冷静に言った。


「ギルバート様。その術式だと、魔力が逆流する危険があります。流路の折り返し角が——」


「ソフィア、君は凡人だから分からないんだ」


 彼はソフィアの顔すら見ない。

 視線は紙の上、いや、紙の上にいる“自分の天才”だけを見ている。


「俺の計算にミスはない。君の低い理解力に合わせて説明するのは、だるいんだよ」


 “だるい”。

 それは彼の口癖であり、他人の言葉を遮断するための便利な呪文だった。


「黙って、俺の偉業を見ていればいい」


 ソフィアは一度だけ、深く息を吐いた。

 怒るのも、悲しむのも、疲れる。だから彼女は、淡々と確認した。


「……では、最終実験の際、私の魔力供給と制御サポートは必要ありませんね?」


「当然だ。君のサポートなんて最初から誤差のようなものだ」


 ギルバートは笑った。


「俺がモテるのも、天才なのも、すべて俺一人の力なんだからな」


 ソフィアは返事をしなかった。

 その沈黙だけが、実験塔で唯一まともな音だった。


 その日の午後、王城の謁見の間は慌ただしかった。

 国境の山脈に、ドラゴンが出たという報告。

 避難命令。騎士団の動員。結界の再構築。


 国王の前に立ったギルバートは、その緊張感すら自分の舞台だと思ったらしい。胸を張り、声を張り上げた。


「陛下。俺の古代魔法を使えば、ドラゴンなどトカゲ同然です」


 騎士たちがざわめく。魔術顧問が眉をひそめる。

 誰かが言いかけた忠告を、ギルバートは手で払った。


「ソフィアの臆病な意見など、無視して構いません。嫉妬ですよ、嫉妬」


 ソフィアは一歩前に出て、礼をした。


「分かりました。では——私は一切、制御サポートを行いません」


 ギルバートが鼻で笑う。


「フン。元から必要ない。俺の完璧な計算だけで十分だ」


 国王は静かに言った。


「……命がかかっている。大言は、成果で示せ」


「もちろんです」


 ギルバートは満面の笑みで頭を下げた。

 その笑みは、“勝利の報酬”を先に味わっている顔だった。


 戦場は、王都外れの草原だった。

 空が暗い。風が重い。遠くで民が祈り、騎士団が盾を並べる。

 そして――空の裂け目から、巨大な影が降りてきた。


 ドラゴン。


 鱗は黒鉄、翼は城壁のように広い。

 その息遣いだけで、草が倒れ、結界が軋む。


 ギルバートは、民の視線を背に受けて前へ出た。

 まるで舞台に上がる役者のように。


「よし。古代術式展開!」


 彼は杖を掲げ、羊皮紙の通りに呪文を唱える。

 光が集まる——はずだった。


 しかし集まらない。


 魔力は散り、術式の輪郭は揺らぎ、どこにも定まらない。

 本来なら、ソフィアが“供給”し“制御”し“安定”させる部分が、空白のままだった。


「……っ、なぜだ……!」


 ギルバートの声が上ずる。


 ドラゴンが首を傾ける。

 あまりに間抜けな儀式に、興味を持ったかのように。


「計算は合ってる! 合ってるんだ……!」


 彼は焦って、触媒を増やそうとした。

 触媒として最も手っ取り早いもの——身につけている魔術師ローブの紋章に、魔力を無理やり流し込む。


 ……それが最悪だった。


 ぼっ。


 炎が、ローブの縁から走った。

 古代魔法は発動しないくせに、暴走だけは一流だった。


「うわっ、熱っ!? な、何が——」


 魔力の逆流。

 術式が“外”に向かうはずの力を、“内”に向けて噴き上げる。


 結果——ギルバートのローブは、触媒として燃え尽きた。


「ちょ、ちょっと待て! 俺の衣装が!!」


 火は魔法灯のように淡く、しかし容赦なく布だけを食べていく。

 彼は慌てて転げ回り、やがてボロ布一枚の情けない姿になった。


 そこへ、ドラゴンが――


 ふん、と鼻息を鳴らした。


 突風。

 ギルバートは紙くずのように吹き飛び、泥の上を転がった。


「ぐぇっ……!」


 全市民が見ていた。騎士団も、国王も、魔術顧問も。

 ギルバートは泥だらけで起き上がり、叫んだ。


「おかしい! 計算は合っていた!!」


 誰も頷かない。


「この場所の地磁気が悪いんだ! 運が悪かっただけだ!!」


 誰も同情しない。


 最後に彼は、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「俺は悪くない!!!」


 その声だけが、立派だった。


 次に前へ出たのは、ソフィアだった。

 彼女は髪を結び直し、ギルバートが放り出した羊皮紙を一瞥すると、ため息をついた。


「……“言いたいこと”だけ並べた術式。そりゃ動かないわ」


 彼女は数行だけ、さらさらと書き換えた。

 折り返し角を緩め、流路を整理し、逆流防止の安全弁を加える。

 それは派手さのない、実務の魔法だった。


「騎士団、合図で前進。結界班、私のタイミングに合わせて」


 ソフィアの声は小さいのに、全員が動いた。

 “聞く耳を持つ人”の言葉には、力がある。


 修正された術式が、今度は正しく光った。

 結界が立ち上がり、ドラゴンの動きを鈍らせる。

 騎士団が隊列を組み、誘導し、退路を塞ぐ。


 最後にソフィアが唱えたのは、攻撃ではなく――追い払うための命令だった。


「帰りなさい。ここは、あなたの狩場じゃない」


 光が風に変わり、風が圧に変わる。

 ドラゴンは不満げに唸りながらも、翼を広げて空へ戻った。


 草原に、静けさが戻る。


 そして——国王の声が落ちた。


「ギルバート・ハルフォード。王国の危機を私物化し、民を危険に晒した大罪。加えて、虚偽と傲慢による混乱。——国外追放とする」


「は!? ちょ、待ってください陛下! 俺は悪くない!!」


「その言葉が、最後まで“自分のため”だったな」


 衛兵が近づき、ギルバートにボロ布を投げた。

 彼はそれを抱えて叫び続けたが、誰も耳を貸さなかった。


 数日後。

 学院の実験塔で、ソフィアは新しい研究ノートを開いていた。

 ギルバートの名は、もうどこにもない。


「人の話を聞けない人は、魔法の言葉——呪文を扱う資格なんてないのよ」


 彼女は独り言のように言って、ペンを走らせる。

 夜は静かだ。紙の音が、今度は心地いい。


 机の上には、王城から届いた封蝋の手紙。

 開けば、短い一文があった。


『次の“案件”に備えよ。協力者として、ソフィアを推薦する』


 ソフィアは笑った。

 ほんの少しだけ。


 全世界に生息する“万国共通”は、たぶん次も現れる。

 でも、そのたびに誰かが泣く必要はない。


 聞く耳を持つ者が、正しく呪文を扱えばいいのだから。

第3章まで読んでくださり感謝です。

忠告を「嫉妬」で片付けるタイプ、現実にもいますよね……。

今回は“天才の大言”が、見事に自爆する形にしました。ソフィアは静かに仕事をする人。次章は、逆ギレ&土下座ループです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ