陰キャ、新たな仲間!?
通話の向こうの声は、丁寧で、落ち着いていて、そして容赦がなかった。
『ありがとうございます。ではまず、受賞作のコンセプトから伺ってもよろしいでしょうか。作品の核となるテーマは何ですか?』
テーマ。
その単語が出た瞬間、俺の脳内に「面接」という赤文字が点滅した。編集ってそういうやつだ。優しく質問するフリして、核心を抜いてくるやつ。
俺は一度、息を吸う。公園の空気が冷たい。口の中が乾く。
「……えっと。孤独から、繋がりへ、です」
『なるほど。孤独から繋がりへ。具体的には、主人公がどの瞬間に“変わった”とご自身は捉えていますか?』
来た。二問目から深い。いきなり潜ってくるのやめろ。
俺が詰まった瞬間、視界の端で瀬良先輩が“指で小さく丸を作る”仕草をした。たぶん「具体例」。業務指導が始まっている。
「……最後に、誰かの手を取る、と決めた瞬間です。自分で“選ぶ”って言い換えた方が近いです」
『選ぶ。いいですね。では、その“選ぶ”というモチーフは作者ご自身にとっても重要ですか?』
鋭い。だからやめろ。心に刺さる。
……でも、逃げないって決めた。
「はい。重要です。受賞したかどうかより、誰に支えられて、誰を大事にして、どう変わるか……そういう選択の方が、俺は怖いけど大事だと思ってます」
言い切った瞬間、自分でも驚いた。
俺、今、ちゃんと喋った。
浅葱が口元を押さえて、目を輝かせる。不知火先輩は「うんうん」と大きく頷いてる。瀬良先輩は何も言わないけど、目がほんの少し柔らかい。
『ありがとうございます。非常に明確です。では次に、受賞作を拝読して感じたのですが、語り口が独特ですよね。やや皮肉を交えた一人称で、しかし根は誠実。意識されている文体ですか?』
……読まれてる。俺の心のツッコミまで。
「意識、してます。主人公が……自分を守るために、皮肉を言うんです。でも、それだけだと前に進めないので、少しずつ言葉が変わっていくようにしました」
『素晴らしい。伸びしろを感じる構造です。ちなみに、今後の執筆予定はありますか? 次作の構想など』
次作。
俺の脳内で「未来」というフォルダが勝手に開く。
……ある。ぼんやりと。でも、言っていいのか? ここで。
瀬良先輩が、今度は“ゆっくり頷く”だけで背中を押した。
「……あります。まだ輪郭だけですけど。次は、もう少し外側の世界とぶつかる話にしたいです。今の俺が見てる現実、みたいな」
『いいですね。では、もし可能なら来週、短いオンライン面談を設定させてください。編集方針の説明と、受賞者向けの今後の流れの共有を――』
面談確定の流れが早い。物流か? スピード便か?
「……分かりました」
『ありがとうございます。日程候補をメールでお送りします。最後に一点。学校経由でお話がいくと思いますが、差し支えなければ受賞作の改稿の可能性も含めて、ご相談させてください』
改稿。
俺の頭に「赤字」という悪魔の単語が浮かぶ。
でも、怖いのは悪いことじゃない。怖いって分かってるから、準備できる。
「……はい。お願いします」
『助かります。本日はありがとうございました。改めておめでとうございます』
「ありがとうございました」
通話が切れた。
画面が暗くなった瞬間、俺の肩から一気に力が抜けた。ベンチに沈み込む。
「……死ぬかと思った」
「生きてるじゃん」
不知火先輩が笑う。笑い方がいつも通りで、逆に救われた。
「高一くん、ちゃんと話せてたよ!」
浅葱が身を乗り出してくる。目がキラキラ。怖い。眩しい。
瀬良先輩が一言だけ落とした。
「よくやったわ」
その短い評価が、変に効いた。胸の奥に、静かに火がつく。
……でも、現実は続く。
さっきの電話で、来週の面談が決まった。つまり、その前に準備が必要だ。説明会もある。学校でも掲示される。視線が増える。
俺は一度、空を見上げた。
青は薄く、風は冷たい。季節が進む。俺も進む。
進むって、こういうことか。
「……なあ」
俺が口を開くと、三人が揃って俺を見る。
「今日、ここまで付き合ってくれてありがとう。原稿も、話も」
浅葱がすぐに首を振る。
「当たり前だよ。仲間だもん」
不知火先輩も拳を軽く握る。
「仲間兼サポーター! 最強の布陣!」
瀬良先輩は少しだけ視線を逸らしてから、淡々と。
「あなたが一人で潰れるのは、非効率よ」
非効率。瀬良先輩らしい励ましだ。優しいのか厳しいのか分からない。たぶん両方。
その時、浅葱が思い出したように言った。
「あ、そうだ。高一くん」
「ん?」
「歌のこと……言っちゃったけどさ。お願いがあるの」
「お願い?」
浅葱は頬を少し赤くして、でも真っ直ぐに言った。
「今度、カラオケ……付き合ってくれない? いきなり合唱は無理だけど、まずは一曲だけでも、って」
カラオケ。
俺の陰キャが「死」を宣告する単語。
けど、浅葱の表情は冗談じゃない。怖いけど進みたいって顔だ。
俺は、すぐに「無理」と言わなかった。
変わったな、俺。ほんとに。
「……いいよ。行こう」
浅葱の顔がぱっと明るくなる。
「ほんと!? やった!」
不知火先輩が両手を上げた。
「じゃあ私も行く! 応援する! そして私も歌う!」
「不知火先輩、応援の音量が公害になりそうなんで控えめでお願いします」
「公害って言うな!」
浅葱が笑う。俺も少し笑った。
瀬良先輩は一拍置いてから、静かに言った。
「……私も、行くわ」
意外すぎて、俺は固まった。
「瀬良先輩、カラオケ行くんですか」
「行ったことはあるわ。頻度は低いけれど」
瀬良先輩がこちらを見て、目を細める。
「“怖いこと”に慣れるには、反復が一番よ」
理論武装が完璧すぎる。さすが文の女王。人生まで論理で殴ってくる。
ただ、瀬良先輩が参加すると、別の意味で俺のHPが削れる。優雅な人がカラオケってだけで、イベントの格が上がる。俺の庶民メンタルが耐えられない。
「……分かりました。日程は、決勝とか面談の準備もあるし、調整で」
「うん! 調整しよ!」
浅葱が元気よく頷く。
不知火先輩が俺の顔を覗き込んで、にやっとした。
「高一くん、最近ほんとに逃げなくなったね」
「やめてください。照れるんで」
「照れてる時点で成長だよ」
浅葱が突っ込む。逃げ道を塞ぐのが上手すぎる。
俺は、もう一度深呼吸した。
この先、たぶんもっと面倒が増える。視線も、責任も、期待も増える。
でも――
一人じゃないなら、倒れない。
ベンチの足元に落ちた葉が、風で転がっていく。秋が終わっていく音がした。
その時、俺のスマホがもう一度震えた。
今度は着信じゃない。メッセージだ。
四宮先生から。
『校内掲示の文面、確認しておきたいので月曜の昼休みに職員室に来られる? それと、月曜放課後に部室で簡単なお祝い会をもう一度。先生も顔出すね』
……お祝い会、追加。
俺の胃が「イベントの増設は契約違反」と抗議する。
俺は画面を見つめたまま、力なく呟いた。
「……青春って、在庫過多じゃない?」
「在庫過多って何」
「いいじゃん。多いほど幸せだよ」
「最強の青春だね!」
三人が笑う。
俺も、少しだけ笑ってしまった。
笑えるなら、きっと大丈夫だ。
そう思った瞬間――
公園の入口の方から、聞き覚えのない声がした。
「……高一、だよな?」
振り向く。
見知らぬ同級生――ではない。
どこかで見た顔。記憶の奥がざわつく。
そして、そいつは言った。
「お前、優秀賞取ったってマジ? ちょっと話、いい?」
俺の世界が、また一段うるさくなる気配がした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。
応援が次回更新の励みになります!




