陰キャ、リア充イベントに飛び込む ーそこは魔境かそれとも楽園かー
文化祭前日。
学校中が慌ただしい空気に包まれていた。
廊下には、各クラスの装飾品が並べられている。段ボールで作られた大道具、色とりどりのポスター、手作りの看板。生徒たちが忙しく行き来して、最終確認をしている。
教室からは、リハーサルの声が聞こえてくる。笑い声、怒鳴り声、楽器の音。学校全体が、一つの祭りの準備に向けて動いている。
その喧騒の中で、俺は文芸部の部室にいた。
最終チェックをしている。謎解きの仕掛けが正しく動くか、問題に間違いがないか、装飾に不備がないか。一つ一つ、丁寧に確認していく。
部室の窓からは、校庭が見える。
そこでは、ステージの設営が行われていた。大きな舞台が組み上げられ、音響機材が運び込まれている。明日は、ここでバンド演奏やダンスが披露されるのだろう。
「……すごいな」
小さく呟く。
文化祭。
昔の俺なら、絶対に関わろうとしなかった行事だ。
教室の隅で、一人で本でも読んでいただろう。準備にも参加せず、当日も適当にサボって。そうやって、やり過ごしていたはずだ。
でも今は――。
俺は準備の中心にいる。
謎解きゲームという企画を考え、みんなと一緒に作り上げた。明日は、実際に来場者を迎えることになる。
「……本当に、変わったな」
窓ガラスに映る自分の顔を見る。
少し疲れた顔。でも、どこか充実している顔。
昔の俺とは、確実に違う顔をしていた。
「高一くん、最終チェック終わった?」
扉が開いて、瀬良先輩が入ってきた。
手には、飲み物が二本握られている。
「あ、はい。大体終わりました」
「そう。じゃあ、休憩しましょう」
瀬良先輩は俺の隣に座って、飲み物を一本渡してくれた。
冷たいお茶。缶の表面には、水滴が滴っている。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
二人で、静かに飲み物を飲む。
部室には、静寂が戻っていた。さっきまでの喧騒が嘘のように、静かだ。
窓の外では、夕陽が沈み始めている。オレンジ色の光が、部室を優しく照らしている。
「明日、楽しみね」
瀬良先輩が呟く。
「……そうですね」
「緊張してる?」
「少しだけ」
「ふふ、私も」
瀬良先輩は微笑んだ。
その横顔が、夕陽に照らされて美しかった。
「でも、きっと上手くいくわ」
「……どうしてそう言えるんですか?」
「だって、みんなで頑張って作ったもの」
瀬良先輩は俺を見た。
「あなたが考えて、優花が飾って、浅葱ちゃんがまとめて、私が問題を作った」
「……はい」
「みんなの想いが詰まってる。だから、きっと上手くいく」
その言葉に――俺は、少しだけ勇気が湧いてきた。
「……そうですね。頑張ります」
「ええ」
瀬良先輩は優しく微笑んだ。
そして――少しだけ、距離を縮めた。
「ねえ、高一くん」
「はい?」
「あなた、変わったわね」
またその言葉だ。
でも、今回は――嫌じゃなかった。
「……そうですか」
「ええ。入学した頃は、もっと……閉じこもってた」
「……否定できません」
「でも今は、ちゃんと前を向いてる」
瀬良先輩は俺の目を見た。
「それは、とても素敵なことよ」
その言葉に――俺は、顔が熱くなった。
「あ、ありがとうございます……」
「どういたしまして」
瀬良先輩は少しだけ笑って、また前を向いた。
二人で並んで、夕陽を見る。
静かな時間が流れる。
でも、この沈黙は――心地よかった。
「……先輩」
「ん?」
「俺、明日……頑張ります」
「ええ。期待してるわ」
その言葉を胸に、俺は――拳を握った。
明日は、文化祭。
陰キャの俺が、初めて本気で取り組んだイベント。
絶対に、成功させたい。
そう思った。
※ ※ ※
文化祭当日。
朝から、学校は異様な熱気に包まれていた。
校門には、大きなアーチが設置されている。色とりどりの風船が飾られ、歓迎の横断幕が掲げられている。
校内には、すでに多くの来場者がいた。
生徒の家族、卒業生、近隣の住民。様々な人々が、学校中を歩き回っている。
教室からは、呼び込みの声が聞こえてくる。
「焼きそば、いかがですかー!」
「お化け屋敷、やってますー!」
「クレープ、美味しいですよー!」
どこも賑やかだ。
俺は――文芸部の部室にいた。
開場前の最終準備をしている。問題用紙を並べ、ヒントカードを配置し、受付の準備を整える。
浅葱と不知火先輩も一緒だ。三人で手分けして、準備を進めている。
瀬良先輩は、少し遅れてくると連絡があった。何か用事があるらしい。
「よし、準備完了!」
浅葱が明るく言う。
「うん、バッチリだね」
不知火先輩も満足そうだ。
俺も――部室を見回した。
謎解きゲームの舞台。
自分たちが作り上げた空間。
壁には、ミステリアスな雰囲気を出すための装飾が施されている。机の上には、問題が並んでいる。部屋の隅には、ヒントが隠されている。
全てが、準備万端だった。
「……よし」
小さく呟く。
緊張するけど――楽しみだった。
その時、部室の扉がノックされた。
コンコン。
「はい、どうぞ」
浅葱が返事をすると、扉が開いた。
そこに立っていたのは――。
「おはよう、みんな」
瀬良先輩だった。
でも――いつもと違う。
髪を下ろしている。軽く巻かれた黒髪が、肩に掛かっている。
服装も、制服ではなく私服だ。黒のワンピースに、薄手のカーディガン。大人っぽくて、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。
「せ、瀬良先輩……?」
俺は思わず声を出した。
「どう? 今日は特別な日だから、少し気合い入れてみたの」
瀬良先輩は微笑む。
その笑顔が――めちゃくちゃ綺麗だった。
「に、似合ってます……」
「ありがとう」
「由良、綺麗!」
不知火先輩も感嘆の声を上げる。
「瀬良先輩、めっちゃ可愛い!」
浅葱も興奮している。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、始めましょうか」
瀬良先輩はそう言って、受付の席に座った。
時計を見ると、開場時刻の5分前。
もうすぐ、お客さんが来る。
「……緊張するな」
俺は小さく呟いた。
「大丈夫よ」
瀬良先輩が優しく言う。
「みんなで作ったんだから」
その言葉に――俺は、頷いた。
そして――。
開場のアナウンスが流れた。
「文化祭、開場します」
校内放送の声が響く。
文化祭が――始まった。
俺の初めての、本気の文化祭が。
心臓が、ドキドキと高鳴っている。
でも――楽しみだった。
この瞬間を――待っていた。
「さあ、来るわよ」
瀬良先輩が言う。
数秒後――。
部室の扉が開いた。
「あの、謎解きゲームって、ここですか?」
最初のお客さんが、来た。
俺たちの文化祭が――始まった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。
応援が次回更新の励みになります!




