陰キャ、女王からのキスを交わす ーちな間接的にー
試合後の打ち上げは、駅前のファミレスで行われることになった。
俺たち四人は、窓際の席に座っている。外は夕暮れ時で、オレンジ色の光が店内に差し込んでいる。その光が、テーブルの上を温かく照らしていた。
不知火先輩はシャワーを浴びてきたらしく、髪がまだ少し湿っている。制服に着替えた姿は、さっきまでのユニフォーム姿とは全く違う雰囲気だ。試合中の鋭い眼差しは消え、いつもの優しい笑顔に戻っている。
瀬良先輩はメニューを優雅にめくりながら、何を注文するか吟味している。その仕草一つ一つが洗練されていて、ファミレスという場所すら高級レストランに見えてくる。相変わらず、この人のオーラは異常だ。
浅葱は既に注文を決めたらしく、テーブルの上で手遊びをしている。その指先が、落ち着きなく動いている。きっと、早くご飯が食べたいのだろう。
そして俺は――。
メニューを開いているが、文字が頭に入ってこない。
さっきの不知火先輩の言葉が、まだ頭の中でぐるぐる回っている。
間接キス。
その単語が、脳内でリピート再生されている。
「……っ」
思い出すたびに、顔が熱くなる。
俺は必死にメニューに集中しようとした。ハンバーグ定食、オムライス、カレーライス。文字を目で追うが、意味が理解できない。完全に思考が停止している。
「高一くん、決まった?」
不知火先輩が笑顔で聞いてくる。
その笑顔が、さっきの悪戯っぽい表情と重なって、また心臓が跳ねた。
「あ、ああ……これにする」
適当に指差した。
何を指したのかすら、よく分かっていない。
「ふふ、高一くん。それデザートだよ」
「……マジで?」
もう一度メニューを見ると、確かにパフェの写真が載っている。
完全にやらかした。
「まぁ、デザートから食べるのもいいんじゃない?」
瀬良先輩が微笑む。
その微笑みには、明らかに俺を楽しんでいる色が見える。
「いや、普通に定食にします……」
俺は恥ずかしさを堪えながら、もう一度メニューを開いた。
※ ※ ※
注文を終えて、料理が来るまでの待ち時間。
四人は他愛もない会話をしている。というか、三人が話していて、俺は聞き役に回っている。これが俺のポジションだ。陰キャの安定した立ち位置。
窓の外を見ると、夕焼けがさらに濃くなっていた。空がオレンジから赤へと変わっていく。その美しいグラデーションを眺めながら、俺はぼんやりと考える。
今日、俺は何をしているんだろう。
バスケの試合を見に行って、ファミレスで食事をして。こんなの、完全にリア充の行動じゃないか。
昔の俺なら、絶対にしなかった。
いや、できなかった。
透明人間と呼ばれていた俺には、こんな経験は無縁だった。誰かと一緒にご飯を食べる。誰かの試合を応援する。誰かと笑い合う。全てが、遠い世界の出来事だった。
でも今――。
俺の目の前には、三人の女の子がいる。
それぞれが個性的で、それぞれが輝いていて。そして、何故か俺と一緒にいてくれる。
「……なんでだろうな」
小さく呟いた。
その声は、周りの喧騒にかき消されて、誰にも届かない。
不知火先輩が笑っている。浅葱が何か面白いことを言ったらしい。瀬良先輩も、珍しく声を出して笑っている。
その光景が――とても眩しかった。
俺は、この輪に入っていいのだろうか。
陰キャの俺が、こんな場所にいていいのだろうか。
いつものひねくれた思考が、頭をもたげてくる。
でも――。
「高一くん、何ぼーっとしてるの?」
浅葱が不思議そうに俺を見る。
その瞳は、純粋で、曇りがない。
「……いや、何でもない」
「そう? 変な高一くん」
浅葱は首を傾げて、また他の話題に戻っていった。
俺は――少しだけ、笑った。
まあ、いいか。
今は、この瞬間を楽しもう。
そう思えるようになった自分が、少しだけ不思議だった。
※ ※ ※
料理が運ばれてきた。
湯気が立ち上る。美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
俺が注文したのは、ハンバーグ定食。デミグラスソースがたっぷりとかかったハンバーグに、ライス、味噌汁、サラダ。ファミレスの定番メニューだ。
不知火先輩はオムライス。ふわふわの卵が、ケチャップライスを優しく包んでいる。
瀬良先輩はパスタ。カルボナーラらしい。フォークで優雅に巻き取る仕草が、絵になっている。
浅葱はハンバーガーセット。両手で豪快に掴んで、大きく口を開けて頬張る。その食べっぷりが、らしい。
「いただきます」
四人の声が重なった。
俺はハンバーグにナイフを入れる。肉汁が溢れ出す。それをフォークで刺して、口に運ぶ。
肉の旨味とデミグラスソースの甘辛さが、口の中で混ざり合う。
「……美味い」
思わず呟いた。
「でしょ? ここのハンバーグ、美味しいんだよ」
不知火先輩が嬉しそうに言う。
「ああ……確かに」
俺は素直に頷いた。
食事をしながら、また会話が始まる。今日の試合のこと、来週の予定のこと、文化祭のこと。話題は尽きない。
俺は相変わらず聞き役だが、時々、短く相槌を打つ。それだけで、三人は満足そうに笑う。
そんな時間が――心地よかった。
窓の外は、もう暗くなり始めている。街灯が灯り、夜の帳が降りてくる。
ファミレスの中は、温かい光で満たされている。
その光の中で、四人は笑い合っている。
俺は――この瞬間が、ずっと続けばいいのにと思った。
でも、そんなことは言えない。
陰キャのプライドが、それを許さない。
「ねえ、高一くん」
瀬良先輩が俺を見る。
「今日、楽しかった?」
その質問に、俺は少しだけ考えた。
そして――。
「……まあ、悪くなかった」
素直には言えないけど、それが精一杯だった。
「ふふ、そう。良かった」
瀬良先輩は満足そうに微笑んだ。
その笑顔を見て、俺は――また少しだけ、顔が熱くなった。
完全に毒されている。
それは分かっている。
でも――もう、止められない。
そんな予感がしていた。
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