陰キャ、夏祭りで何を想うのか ー打ち上げ花火ー
花火大会当日。
俺は自室の鏡を前に立っていた。
映るのは、見慣れない自分――紺色の浴衣を着せられた俺。
母さんに「せっかくだから」と無理やり着せられた結果だ。
「……浴衣、か。似合ってねぇよな」
呟いた瞬間、部屋のドアが開く。
入ってきたのは妹の柚葉だった。
「お兄、準備できた?」
「ああ……まぁな」
「ふーん、意外と似合ってるじゃん」
何気ないその一言に、思わず反応してしまう。
自分でも驚くほど、心臓が跳ねた。
「ま、マジで?」
「マジマジ。女の子たち、絶対喜ぶよ」
柚葉のニヤついた笑みに、俺は顔を背ける。
やめろ、そういうフラグみたいなこと言うな。
「……うるせぇ」
「じゃあ、行ってらっしゃい。楽しんでね」
軽く手を振る妹を背に、俺は家を出た。
※ ※ ※
待ち合わせ場所は駅前。
人の波の中で、俺は少し早く着いてしまった。
浴衣姿の三人を想像しただけで、心拍数が上がる。
変な意味じゃない。いや、たぶん半分は変な意味だ。
「高一くーん!」
元気な声に振り向いた瞬間、息が詰まった。
浅葱が、水色の浴衣にピンクの帯を締めて駆けてくる。
髪には白い花の飾り。普段の元気さに少しだけ“女の子らしさ”が混ざっていた。
「どう? 似合う?」
「あ、ああ……似合ってる」
視線を合わせるだけで心臓が騒がしい。
浅葱の笑顔が、夏の光よりも眩しかった。
「やった!」
「高一くんも浴衣なんだ! かっこいい!」
「そ、そうか?」
「うん! すごくいい感じ!」
その時、背後から柔らかな声がした。
「あら、二人とも早いのね」
振り向くと、瀬良先輩と不知火先輩。
瀬良先輩は黒地に赤い花柄の浴衣――妖艶で大人の雰囲気。
一方、不知火先輩は白地に青い朝顔模様。涼やかで、清楚で、凛としていた。
言葉を失うとは、こういう時のためにある言葉だと思う。
「高一くん、固まってるわよ」
「あ、す、すみません……」
「ふふ、可愛い反応ね」
先輩の笑顔に、胸の奥がざわつく。
浴衣姿の三人を前にして、俺の中の理性は瀕死だった。
※ ※ ※
会場は人でごった返していた。
屋台の匂い、笑い声、金魚すくいの水音――夏の音が一斉に押し寄せてくる。
「うわー! いい匂い!」
浅葱が目を輝かせて屋台を見回す。
その無邪気さが、妙に心をくすぐった。
「何か買おうよ!」
「そうね。じゃあ、みんなで分かれて好きなもの買いましょう」
瀬良先輩の提案で、自然と流れが決まる。
浅葱は焼きそば、不知火先輩はりんご飴へ。
「俺は……たこ焼きでも」
「じゃあ、私も一緒に行くわ」
瀬良先輩が隣に並んだ瞬間、胸が跳ねた。
人混みの熱気と、先輩の距離感で、頭が少しクラクラする。
「人、多いわね」
「そうですね……」
「はぐれないようにしないと」
その言葉と同時に、先輩が俺の手を掴んだ。
温かくて、柔らかくて――心臓が跳ね上がる。
「え……」
「何?」
「い、いえ……」
理性が悲鳴を上げる中、先輩は微笑んで言った。
「高一くん、緊張してる?」
「し、してないです」
「嘘。手、震えてるわよ」
笑われても、否定できなかった。
だって、本当に震えてた。主に心が。
屋台でたこ焼きを買う間も、手は離されなかった。
むしろ、離してほしいのに離れない――いや、離れてほしくない自分がいる。
「今日、楽しい?」
「……はい。楽しいです」
「そう。良かった」
その優しい声に、胸の奥がじんわり熱を帯びた。
※ ※ ※
食べ物を手に、全員が合流した。
川沿いの土手に座り、夜空を見上げる。
「もうすぐ始まるね!」
「楽しみだね」
そして、夜空に――轟音とともに光が咲いた。
ドーン。
赤、青、緑、黄色。
光が水面に反射して、世界が一瞬ごとに塗り替えられていく。
「綺麗ね……」
「ああ……」
俺はただ、呆然と見上げた。
けれど視線は、気づけば花火じゃなく三人へ向いていた。
瀬良先輩の横顔は穏やかで、静かに微笑んでいた。
不知火先輩の頬には、花火の光が揺れて映っている。
浅葱は子供みたいに無邪気に歓声を上げていた。
――全部、綺麗だった。
「高一くん、何見てるの?」
「い、いや……何も」
「嘘だ〜」
浅葱の声が笑い混じりに響く。
誤魔化しきれずに視線を逸らす俺の頬が、火照っているのが分かった。
連続で花火が上がる。
轟音の中、心臓の鼓動まで同じリズムで鳴っていた。
やがて、夜空を覆うような大輪の花火が咲く。
それが今日のフィナーレ。
「綺麗……」
「本当に……」
花火が散り、夜が戻ってくる。
静寂と同時に、余韻だけが残った。
「……終わっちゃったね」
「でも、楽しかったわ」
「うん。また来たいね」
彼女たちの笑顔が、何より眩しかった。
俺もつい、口角が上がっていた。
「……ああ。また来たいな」
※ ※ ※
帰り道、四人並んで歩く。
街灯の下で浴衣の裾が揺れるたび、夏の終わりの風が肌を撫でた。
「今日は楽しかったね!」
「ええ。本当に」
「私も!」
笑い合う声。
その中で、瀬良先輩がふと俺を見た。
「高一くん、今日はありがとう」
「え、何がですか?」
「一緒に来てくれて」
「……こちらこそ、ありがとうございます」
短い会話だったが、それだけで心が満たされた。
駅で別れ、ひとり歩く帰り道。
遠くでまだ、花火の余韻が聞こえる気がした。
「……楽しかったな」
笑みが零れる。
浴衣姿の三人、夏の空、そして胸の高鳴り――全部が宝物のように残っていた。
「……これが、青春なんだな」
陰キャの俺にも、確かに訪れた“ラブコメの季節”。
それがこれからどんな結末を迎えるとしても――
今だけは、この夏の夜を信じていた。
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