陰キャ、モブキャラとしてか、主人公になるか ー選択肢は幾つもあるー
放課後、文芸部の部室で俺は正座させられていた。
なんで俺がこんな目にあってるのかは説明するまでもない。
「それで優花とはどういうデートをしたのかしら?」
数々の問いかけ――いや、ほぼ尋問に近いものだ。
俺を見下ろすように佇む瀬良先輩から、数々の質問を受けた。
『デートで何をしていたのか』
『私を抜きに何遊んでるの』
『なんで私には言わなかったのか』
『地獄に送るわよ』
そんな数々の尋問とちょっとした暴言に、俺は萎縮していた。
正座が痛い。足がしびれてきた。
そして、瀬良先輩はため息をひとつつく。
「まぁ色々あなたに言い足りないことはあるけれど、今日はもういいわ……それより小説の続きを見せてちょうだい」
俺は渋々、瀬良先輩にアイデアノートを手渡した。
しばらくめくられるアイデアノート。
俺は少し緊張しながらそれを見守る。昨日までの俺が書いたのは、ラブコメ小説の添削と続きだ。
内気な少女がいじめを受けているのを、皮肉な主人公が救うという展開。ありきたりなのかもしれないが、俺からすれば面白いと思ったから書いた。
静寂が部屋を支配する。
ページをめくる音だけが響く。
瀬良先輩の表情が少しずつ変わっていく。
「ふーん……少し勢いが足りないわね」
「勢いとは?」
「なんていうのかしら、最初見せてもらった時みたいな驚きと面白さが欠けている」
「なるほど……」
確かに、自分でもそう思っていた。
最初のアイデアほど、筆が乗らない。何かが引っかかっている気がする。
「やり直しね。私が今日見ててあげるから、許す限りの時間の間書いてもらうわ」
「え!? それマジですか!?」
「当たり前じゃない――だって、あなたには2ヶ月後に開催される賞に応募してもらうのだから」
「……は?」
応募? 小説を?
困惑する俺をよそに、瀬良先輩は俺をパソコンの前に誘導する。
立ち上がるパソコンを前に、俺は執筆を始めた。
隣には俺がサボらないようにと、瀬良先輩が見守りながら自分も作業をしている。
キーボードを叩く音だけが部屋に響く。
「ねぇ、高一くん」
「はい」
「高一くんに好きな人とかいないの?」
不意打ちの質問に、俺の手が止まった。
今日、何回同じ質問されてるんだ。
「いるわけないじゃないですか。俺は所詮この誰かの青春物語のモブキャラですし、俺が恋する時は地球の終わりですよ」
「ふふ、相変わらず面白い表現だけはするのね」
瀬良先輩が微笑む。
だが、その目は笑っていない。
「まぁいいわ。いずれ貴方は決断しなければならない日が来る。――例えば誰か身近な人からの告白から、とか」
瀬良先輩の魔性の笑みに俺は固まった。
何を言ってるんだこの人は……。
ぼっち生活、孤高に孤独に生きていくと決めた俺に、青春ラブコメみたいな物語が訪れることはない――いや、もう自分でも分からなくなってきたな。
俺にとって青春ラブコメとは、友達、人間関係、恋愛がひしめく充実した日常。
小中からあだ名は『透明人間』と言われてきた俺に、今や絶世の美女2人に囲まれ、友達とも言われても違和感のない浅葱もいる。
これはもう青春ラブコメなのでは?
「そうですね、俺にそんな日が来るといいんですけど。多分来ないですよ。俺はモブキャラとして生きていきたいので」
「そう……じゃあ私が――いえ、私たちが貴方を主人公にしてあげるわ」
瀬良先輩の自信に満ちた表情が俺を見つめる。
その瞳は、まるで何かを確かめるように――。
主人公、ね。
一体、何を持って、何を定義として主人公として、物語のモブキャラではなく生きていけるのか。それは俺にも分からない。
「その時はよろしくお願いします」
俺はそれだけを言って、執筆を進めた。
だが、集中できない。
瀬良先輩の言葉が頭の中でぐるぐる回る。
「……高一くん」
「はい?」
「もっと素直になればいいのに」
瀬良先輩が小さく呟いた。
その声は、少しだけ寂しそうだった。
「え?」
「何でもない。続き、頑張ってね」
瀬良先輩はそう言って、再び自分のパソコンに向き直った。
俺も画面に向き直る。
だが、頭の中はごちゃごちゃだ。
内気な少女を救う皮肉な主人公。
それって――俺のことじゃないか。
「……ダメだ、変な方向に考えすぎてる」
俺は頭を振って、雑念を払った。
そして、キーボードを叩き始める。
※ ※ ※
一時間ほど経った頃。
部室のドアがノックされた。
「どうぞ」
瀬良先輩が答えると、不知火先輩が顔を出した。
「やっほー。邪魔してる?」
「優花? 練習は?」
「今日は早く終わったの。それで、高一くんを拉致しに来たんだけど」
「ら、拉致!?」
俺は思わず声を上げた。
「冗談だよ。でも、ちょっと話したいことがあって」
不知火先輩は笑顔で言う。
だが、その笑顔の奥に――何か真剣なものを感じた。
「由良、高一くん、ちょっと借りてもいい?」
「……いいけど、返してよね」
瀬良先輩は少し不満そうに言った。
「もちろん。じゃあ高一くん、行こ」
「え、ちょ、待って――」
俺は不知火先輩に手を引かれて、部室を出た。
背後で瀬良先輩が何か呟いたような気がしたが、聞き取れなかった。
※ ※ ※
不知火先輩に連れられてやってきたのは、体育館の裏だった。
人気のない場所。夕陽が二人を照らしている。
「あの、先輩……ここで何を……」
「ん、まあ座ろうよ」
不知火先輩は壁にもたれかかって座った。
俺もその隣に座る。
「……高一くん」
「はい?」
「私ね、昨日言いかけたことがあったでしょ」
昨日の昼休み。空き教室で、浅葱が来る直前――。
「もしかして……」
「うん。言っとこうかなって思って」
不知火先輩は少し照れくさそうに笑った。
そして――。
「私、高一くんのこと――」
その時、体育館から声が聞こえた。
「不知火先輩ー! 忘れ物ですー!」
バスケ部の後輩らしい女子の声。
不知火先輩は「あ」と小さく声を漏らした。
「ご、ごめん! 今行く!」
不知火先輩は立ち上がり、俺を見下ろした。
「……続きは、また今度ね」
「え、あ、はい……」
不知火先輩は走っていった。
俺は一人、体育館の裏に取り残された。
「……なんだったんだ」
俺の心臓は、まだドキドキしていた。
――俺の青春ラブコメは、どんどん予想外の方向に進んでいく。
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