陰キャ、変わり始める日常 ー追い求めていたのは普通なのか?ー
ダメだ、もう体が動かない。
俺はベンチに座り一人休憩していた。
施設の中は熱気に満ちている。コートではまだ不知火先輩たちがバスケを続けていて、ボールの弾む音とスニーカーの軋む音が響いている。
ぼっち生活を決め込み、高校生活すべてをぼっちに勤しむという目標を掲げていた。
だが今の俺はなんだ? 普通に人と遊び、楽しくやっている自分がいる。それは俺にとっていいことなのか? 今までまともに人と接してきたことがないのに……。
眠気と葛藤に苛まれながら俺は考える。
さっきまで、陽キャたちと一緒にバスケをしていた。
信じられない。俺が、集団スポーツに参加していた。
しかも――少しだけ、楽しかった。
「ダメだ、変な思考が巡るな」
頭を振って、その考えを追い払おうとする。
「そこに一人座ってどうしたの? 高一くん」
「瀬良先輩」
項垂れている俺に語りかけたのは、瀬良先輩だった。
相変わらず美しい容姿をしている。
きれいな白髪。汗をかいているのか、額に一筋汗が伝っている。それがより一層、彼女の美しさを引き立たせている。
手にはスポーツドリンクのペットボトル。
何だこの女神……。
そんなことを思っていた時、瀬良先輩は俺の隣に座った。
一つ一つの行動が美しく見える。
この状況、不知火先輩が見たらどう反応するだろうか? いや、見られてないよな……?
「ねぇ、高一くん」
「なんですか?」
「小説のネタ見つかった?」
ペットボトルのキャップを開けながら、彼女は聞いてくる。
「ネタ……ですか。正直サッパリで、ただいまこの状況を楽しんでいる自分がいます」
そう告げた俺の言葉を聞いた瀬良先輩は、考えるように顎に手を当てた。
ヤバい、眠気が限界だ。
体を動かしたあとの心地よい疲労感が、一気に押し寄せてくる。
そんな瀬良先輩が横にいるのに、俺は眠気に襲われ、そのまま意識が闇の中へ落ちた。
──心地よい風の音。
遠くでボールの弾む音。
そして、かすかに誰かの声。
「……一人で頑張りすぎなんだから」
柔らかな声。
それが誰のものか、考えるまでもない。
まぶたを開けると、瀬良先輩がいた。
いつの間にか、俺は彼女の膝を枕にして横になっていた。
その白い髪が施設の照明を受けて淡く輝いている。
「おはよう、じゃないわね。こんにちは、くらい?」
「……すみません、寝てましたか俺」
慌てて起き上がろうとすると、瀬良先輩が軽く俺の肩を押さえた。
「ええ。気持ちよさそうに寝てたわ。まるで子どもみたいに」
「そんな寝顔を見られるとか、羞恥プレイ以外の何物でもないです」
「ふふ、そう言うと思った」
瀬良先輩が笑う。
それだけで、さっきまでの疲れが嘘みたいに消えた。
俺はゆっくりと体を起こし、ベンチに座り直す。
「……不知火先輩は?」
「向こうで練習してるわ。まだ体力が余ってるのね、あの子は。あなたとは対照的」
視線を向けると、コートの向こうで不知火先輩がシュート練習をしていた。一人でドリブルし、ジャンプし、シュート。ネットが揺れる。
その動きには、一切の無駄がない。
「俺は人類の平均値を維持してるだけですよ。むしろ健康的です」
「"平均的陰キャ"というカテゴリーが存在するなら、そうね」
「辛辣すぎません!?」
瀬良先輩が少しだけ肩を揺らして笑う。
俺はため息をついて、ベンチの背もたれに体を預けた。
「……俺、こういうの、慣れてないんですよ」
「こういうの?」
「人と一緒にいて、楽しいって感じること。
俺、ずっと一人で本とか読んでたし、部活も縁がなかった。だから、今みたいに誰かと遊んで、笑って、って……変な感じです」
俺が言い終えると、瀬良先輩はしばらく黙っていた。
施設の中では、まだバスケの音が響いている。
そして、少し考え込むように言葉を選んだ。
「"変"って言葉、嫌いじゃないわ」
「え?」
「だって、変ってことは、今までと違うってことでしょう?違うってことは、何かが動いたってこと。それは"悪いこと"じゃなくて、"始まり"よ」
まっすぐな瞳で、俺を見て言う。
言葉が静かに胸に落ちてくる。
「……そういうセリフ、普通に小説に使えますよ」
「引用料は高いわよ」
「現金払いですか?」
「小説で返して。私を"モデル"にしてもいいわ」
「瀬良先輩が出てくる小説って……多分R18指定ですよね」
「バカね。そういう意味じゃないわ」
そう言って、彼女は少しだけ俺の方に体を寄せた。
距離が、近い。
息がかかる距離。
彼女の瞳が、真剣な色を帯びている。
「あなたが、どんな目で世界を見てるのか。それを、文字にしてほしいの」
「俺の目、ですか」
「ええ。きっと、歪んでて、優しい目」
その瞬間、不知火先輩の声が響いた。
「ちょっとー! 二人してベンチで何イチャついてんの!?」
俺は飛び上がる勢いで姿勢を正した。
瀬良先輩は涼しい顔で立ち上がる。
不知火先輩がバスケットボールを抱えて、こちらに駆け寄ってくる。その顔は少し不機嫌そうだ。
「別にイチャついてないわ。ただ、ネタ出しをしてただけよ」
「ふーん? ネタ出しって名前の口説き文句?」
「そんな器用なこと、私がすると思う?」
不知火先輩が唇を尖らせ、俺の隣に座る。
ボールを膝の上に置いて、じっと俺を見つめる。
代わりに瀬良先輩は立ち上がり、タオルを手にした。
「まったく……放っておくと寝ちゃうんだから。ほんとに手のかかる後輩ね、君は」
「すみません、仕様なんで」
「なら、次のバージョンアップで直しなさい」
冗談めかして言って、彼女は去っていった。
その背中を見送ると、不知火先輩が俺の方を向いた。
残された俺と不知火先輩。
なんだか、さっきよりも暑い。
「……ねえ」
「はい」
「私、見てたんだよ。高一くんがシュート決めたとこ。めちゃくちゃ嬉しそうだった」
ああ、あれか。
さっきの試合で、たまたま入ったシュート。
陽キャたちが「ナイス!」って言ってくれて、思わず笑ってしまった、あの瞬間。
「そ、そうですか……」
「うん。だからさ――その顔、たまには見せてよ。無理にぼっち貫かなくていいんじゃない?」
俺は返事をしなかった。
けど、心のどこかが、少しだけ軽くなった気がした。
施設の照明が眩しくて、少しだけ目を細める。
コートでは浅葱たちが楽しそうにバスケを続けている。
――もしかして、俺、変わり始めてるのかもしれない。
その言葉を、声には出さなかった。
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