陰キャ、ショッピングで完全包囲される ―逃げ道は最初からなかった―
「うぇぇ……もう無理です。家に帰らせてください」
クレープ屋を出た俺は、既に心身ともに限界を迎えていた。
両脇を固める先輩たち、後ろからついてくる浅葱と陽キャ軍団。
完全に包囲されている。これは戦術的撤退すら不可能な状況だ。
「何言ってるの? まだ午前中よ。これから本番なんだから」
瀬良先輩が俺の腕を掴んで離さない。
その手の柔らかさに、一瞬だけ心が揺れそうになる――が、周囲の殺気でその感情は即座に凍結した。
「本番って……俺、まだ死ぬわけにはいかないんですけど」
「大丈夫だって! ほら、次は服屋さん行こうよ!」
不知火先輩が楽しそうに俺を引っ張る。
その笑顔が眩しすぎて、思わず目を細めた。
※
ショッピングモールの中層階。
有名ブランドが立ち並ぶフロアに、俺たちは突入していた。
「高一くん、こういうのどう?」
浅葱が黒いジャケットを俺の体に当ててくる。
鏡越しに見る自分の姿――意外と似合ってる? いや、錯覚だろ。
「悪くないわね。でも、こっちのほうが似合いそう」
瀬良先輩が紺色のカーディガンを持ってくる。
シンプルだけど、上品な雰囲気。
「えー、それより私が選んだこっちのほうがいいよ!」
不知火先輩はスポーティなパーカーを掲げた。
三人の女子が、俺という陰キャのファッションショーを開催し始めた。
「あの、俺の意見は……?」
「「「却下」」」
三人の声がシンクロした。
もはや俺に選択権はないらしい。
「じゃあ試着してきなよ、高一くん!」
不知火先輩に背中を押され、試着室へと追いやられる。
服を着替えながら、ふと鏡の中の自分を見つめた。
「……俺、なんでこんなことになってるんだろうな」
ぼっちを貫くはずだった高校生活。
それが今や、校内トップクラスの美少女たちに囲まれている。
これは夢なのか? それとも――悪夢なのか?
考えていても答えは出ない。
服を着替え終えて外に出ると、三人が待ち構えていた。
「おぉ! 似合ってるじゃん!」
「ええ、思ったより……ね」
「高一くん、カッコいいよ!」
三人の賞賛の声。
顔が熱くなる。こういうの、慣れてないんだって。
「そ、それじゃあこれで――」
「まだまだ! 次はこれ試して!」
不知火先輩が別の服を手渡してくる。
瀬良先輩も浅葱も、まだまだ選ぶ気満々だ。
――あ、これ、永遠に終わらないパターンだ。
俺は諦めて、再び試着室へと戻った。
※
結局、一時間近く服選びに付き合わされた。
疲労困憊の俺を尻目に、三人は満足げな顔をしている。
「よし、次は映画だね!」
「ええ、上映時間まであと三十分よ」
「急がないと!」
三人が俺の手を引く。
もはや抵抗する気力すら残っていなかった。
映画館へ向かう途中、ふと浅葱が俺に耳打ちしてくる。
「ねぇ、高一くん。楽しい?」
「……まぁ、悪くはない、かな」
素直にそう答えると、浅葱はニコッと笑った。
「よかった。私ね、高一くんが楽しんでくれたら嬉しいの」
「なんで?」
「だって――」
彼女が何か言いかけた瞬間、不知火先輩の声が響いた。
「二人とも、何話してるの?」
「あ、なんでもないです!」
慌てて否定する俺。
不知火先輩は少し疑わしそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「それじゃあ、行こっか!」
こうして俺たちは、映画館へと足を踏み入れた。
※
映画館のロビーは人でごった返していた。
週末ということもあり、カップルや家族連れで賑わっている。
「何の映画見る?」
不知火先輩が上映スケジュールを確認しながら聞いてくる。
「えっと、ホラーとか――」
「「「却下」」」
またもやシンクロ。
俺の意見、本当に通らないな。
「じゃあ、このアクション映画はどう?」
瀬良先輩が指差したのは、話題の大作映画。
評判も良いらしい。
「それ、私も見たかったやつ!」
「じゃあ決まりね」
こうして、俺たちはチケットを購入した。
会計の際、財布を取り出そうとすると――
「私が出すわ」
瀬良先輩がさらっと全員分を払ってしまった。
「え、でも――」
「いいの。今日は私が誘ったようなものだから」
「それなら私も――」
不知火先輩が割り込もうとするが、瀬良先輩は首を横に振った。
「次は優花が払えばいいでしょ?」
「……わかった」
二人のやり取りを見ていると、なんだか微笑ましく感じた。
仲がいいんだな、この二人。
「それじゃあ、上映まで時間あるし、ポップコーンでも買おっか」
浅葱が提案する。
俺たちは売店へ向かった。
※
「キャラメル味がいい!」
「いや、塩味でしょ」
「私はバター派」
またもや意見が割れる三人。
俺はため息をつきながら――
「全部買えばいいじゃないですか」
「「「天才!」」」
三度目のシンクロ。
もはや恒例行事だな、これ。
結局、全種類のポップコーンを購入した俺たちは、シアターへと入っていった。
座席は――なぜか俺を中心に、両隣に先輩たち、その隣に浅葱という布陣。
「なんでこうなるんですか……」
「だって、高一くんが真ん中のほうが話しやすいでしょ?」
不知火先輩が当然のように言う。
瀬良先輩も頷いている。
「そうよ。それに――」
彼女が何か言いかけたとき、館内が暗くなった。
映画が始まる。
俺は小さくため息をつき、スクリーンに視線を向けた。
――今日一日、無事に生き延びられるだろうか。
そんな不安を抱えながら、俺の長い一日は、まだまだ続いていくのだった。
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