【第8話】水面下
※【第4話】女子寮にて、【第6話】街歩き②、の2話にヘアピンの描写を加筆しています。
エドワルドは、大量の高級食材で重くなった紙袋を抱え、裏口からレストランに入る。そこは厨房だ。
途端、ホールの方から大きな声が聞こえた。
「ねぇ、いつになったら食事が出来るのかしら?」
「……申し訳ございません。私の料理であればすぐに提供できるのですが」
「嫌よ」
「…………もうしばらくお待ちくださいませ」
機嫌の悪そうな甲高い声とともに、諦めたような男性の小さい声が聞こえた。エドワルドの雇い主は、もう随分と辟易しているのが、声から伺える。
「……はぁ」
エドワルドは大きくため息をついた。
大変な1日になりそうだ。
***
面倒くさい客の相手を終え、退勤したエドワルドは、とある扉の前に立っていた。
とにかく注文とわがままが多くて大変な親娘だったが、羽振が良かったため、色々と作っては食べさせ、お金を稼ぐことに徹底した。
おかげで大金を稼げたことにはかなり感謝している。
「……つっかれた……」
甲高い声と鮮やかなオレンジの縦ロール髪が脳内に蘇る。やや気分が悪くなってきた彼は、早く横になりたいと、急いで鍵を取り出した。
ここは王都からやや離れた郊外の町、オルシュレー。町の半分以上を豊かな緑が占める静かな土地だ。
そこにぽつぽつとある家々のうちの1つ。
見た目は山小屋のように小さいその家の扉を開けると、入ってすぐ。玄関に飾られている、木でできた一輪挿しのインテリアがあった。
それに魔力を注ぐと、目の前の床板がエドワルドの肩ほどの高さまで開く。中を覗くと、地下へと降りる階段があったが、その先は真っ暗でよく見えない。
エドワルドは、迷わずにそこに踏み入れ、階段を下ると、この家の地上階の数倍の広さがある地下の部屋に着いた。
「おかえり。えと……遅かったね?」
ダイニングテーブルに腰掛けた1人の男性がそう声をかける。雑に伸びたボサボサの髪に、黒いローブを纏ったその男は、常にオドオドとした様子だ。
「えぇ……まぁ、ちょっとトラブルがあって出勤することになったんです」
エドワルドは困ったように笑って答えた。
「そうなんだ……大変だったんだね……」
オロオロとし続ける男を横目に、エドワルドは上着を脱ぐ。しばらくして、ふいに男が口を開いた。
「そういえば彼女はユーヴェリアの生徒だった……?」
「……すみません、まだそこまではわからないんです」
「あ、そ、そっか……。聞いてもらえると……よ、良かったな」
その男性は相変わらず歯切れの悪い喋り方でそう言った。
「すみません……。急に話題を変えて怪しまれたくなくて」
エドワルドは困ったような顔でそう答える。
「あぁ……っ、そ、そっか……。そうだよね……ごめんね、無理言って」
男性はそうして引き下がるのかと思いきや、こう続けた。
「でも……聞けるときに聞いてくれると嬉しい……な。もし彼女がユーヴェリアの生徒で、色々情報が聞けたら、そっ、それは君たちの今後に……えっと、すごく役立つことだから……」
そう言って、彼は部屋の奥のソファに座って、談笑しながら勉強をしている2人の男女を控えめに見やる。
その時、彼の目の奥が怪しく光ったような気がした。
「…………そうですよね」
エドワルドは思わず身構えながら、表情を変えずにそう答える。
(あの時見られていなければ──)
エドワルドは初めてレミアと会ったときのことを思い出していた。この男はあの日、偶々エドワルドとレミアが出会うところを見ていたらしい。
それから、なぜかレミアの情報を引き出したがるのだ。
この男は、どこか信用出来ない。
でも、逆らってはいけない。
彼の本能は、相変わらずそう告げ続けている。
「すみません、疲れているので今日はこの辺で」
「あ……、そうだったよね……。よく休んで」
「……ありがとうございます」
エドワルドは扉まで足早に歩き、逃げるようにリビングを出て自室に消えていく。
窓の外では、雨がぽつぽつと降り出していた。
オルシュレーで雨が降り出す頃、王都の空は、厚い雲が覆っていた。雨はまだ、降っていないようだ。
「して、呪い子の件で報告とは?」
玉座に座るその男は、ぼんやりと遠くを見ながら言う。彼の瞳は虚ろで、目の前の相手どころか、光さえ映し込む気配がない。
こちらに質問しておきながら、その答えには全く興味がないのだろう、そう予想出来るほどだ。
「えぇ、はい。私の予言の魔法によりますと、呪い子が世界を滅ぼすまで約1年ほどにまで迫っております」
丸々と太った顔に、全体的に丸い印象の体。その狡賢そうな表情からだろうか、全体的に下品な印象のその男は、ヘヘッと笑いながら、手を擦り合わせて答える。
およそ国王に謁見する態度としては相応しくないように見えるが、当の王はそれを気にしている様子もなく、顔色ひとつ変えないどころか、口を開く様子もない。
代わりに、王の側に控えている男が王に何やら耳打ちをした。すると、王は口を開き、目の前の男に対して尋ねる。
「そうか。具体的な日付は?」
「いいえ……それはまだ」
男が答えると、また、側の男が国王に耳打ちする。そうすると、王はまた口を開く。
「……わかった。呪い子の件は引き続きお前に任せる。下がってよい」
男はぺこりと一礼すると、そのまま部屋を出た。
それからニヤリと笑う。
国王は側仕えの男の言葉を元に動く。まるで操られている傀儡だ。だから、敬いもなければ恐怖心もない。
いつか自分が英雄となり、あの玉座を奪うのだ。
血筋がなければ王になれない?そんなもの関係ない。奪ってやるのだから。
「呪い子は私が十分に利用してやろう」
ククク、と男はほくそ笑む。
これは、そのために必要な計画なのだ。
***
レミアは今日もエドワルドに会いに街に出かける準備をしていた。
(あれから……1ヵ月くらい経ったかな?)
今日もウキウキとしながら朝の支度をする。なんだか、らしくない自分にも慣れてきた。
ヘアピンを預けた次の週、エドワルドに予言の件を説明すると、おもしろそうに聞いてくれた。
「大切に預かってくれるんだって」
まだ寝ているノアに、ひとりごとのように話しかける。
相変わらず優しい彼の態度が嬉しかった。
彼といると、自分が普通の人間になれたみたいで、たまらなく幸せだった。
その次の週も、また次の週もエドワルドに会った。他愛もない話をたくさんした。少しずつ彼を知った。
今日もたくさん彼を知りたい。
そう思いながら、寮を飛び出し、いつもと同じように街の広場に踏み入れる。
でも、
今日はいつもの場所に彼がいない。
(今日は遅れてるのかも……)
そう思って、待ってみた。
1分、2分……数分、数十分……。
刻一刻と時間は過ぎる。
そうして待ち続けていると、いつの間にか、時計台の影の伸びる方向が変わっていた。
辺りを見回す。
家族、カップル、ご夫婦、子ども、男性女性おじいさんおばあさん学生赤ちゃん犬猫──………………
(いない、いない、いない……)
拳を、握りしめる。
石畳を、踏みしめる。
ジワリと額に汗が滲む。
貼り付いた前髪で前がよく見えない。
立ち尽くしたまま、動けなかった。
ひとすじの汗が首を伝う。
乾いた舌が喉に貼り付く。
噴水ではしゃぐ、子どもたちの声がこだまする。
ひとり、取り残されたまま。
季節は夏に、踏み入れていた。
ノア…レミアの部屋にいる黒猫。
これにて、「第1章 プロローグ」終了です!
次話から「第2章 学園生活編」に入っていく予定です!
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