【第7話】街歩き③
円盤が周り、中から細かい雑音とともに、誰かの声が聞こえ始めた。音質はあまり良くない。
『エド! 助けて!
さっきお店にやたら横におっきい男の人が来て、この店に娘のお眼鏡にかなう男がいると聞いてきただとかなんだとか言って青のピンズを見せてきてさぁ!
そしたらその娘も青のピンズを掲げながら、早くその素敵な殿方に会わせてちょうだい、早く彼の料理が食べたいわだとかなんだとか言ってきて!!
今日はいないんですって言っても聞いてくれないしさぁ!
お願いだよエド! なるべく高級な食材をありったけ買ってきて、今から出勤してこの親娘にとびきりの料理を披露してくれ!!
なんでこんな街外れの寂れたレストランにこんな貴族が……どこでエドのこと知ったんだろう……え!? あ! もう録音の時間がない!
あぁもう! 報酬は弾むから! その親娘が食べた分の料理の値段をそのまま君に支払うよ!
だからお願いだからね!エド!』
ザザ……ッという音がして、プツリ、と捲し立てるような音声が終わると、2人は思わず顔を見合わせた。
「えと……レストランの人?」
「うん……」
レミアがそう聞くと、エドワルドは頷いた。
「は〜〜〜ぁ、これ行きたくないな」
「大変そうだね……」
詳細はよくわからないが、どちらかと言えばトラブル寄りなのはレミアにも感じ取れた。
「絶っ対面倒くさい……」
エドワルドはそう言いながら腕を組み、斜め下を見ていたが、切り替えの合図に「はぁ」と息を吐いた。
「まぁいいや。報酬弾んでくれるらしいし、腕を奮ってくるとしましょうか」
そう呟くと、レミアの方に向き直り、
「じゃあ、行ってくるけど……。ごめんね、見送ったり出来なくて」
と申し訳なさそうに言った。
「ううん……! 頑張って」
レミアはそう言いながら腕に力こぶをつくるような仕草でにっこりと笑ってみせた。
「ありがとう。気を付けて帰ってね」
「うん! エドも」
笑顔でエドワルドに手を振る。
少し物足りなくて、ちょっぴり寂しいのは内緒だ。
彼はこちらを振り返って手を振りながら歩いていたが、やがて向こうを向いて、人混みの中に消えていった。
「……行っちゃった」
少し、名残惜しくて。道の端に寄り、建物に背を預けて街や屋台を眺める。
「短かったけど、楽しかったなぁ……」
今日のことを思い出しながら、「ありがとう」と心の中でエドワルドに向けて呟く。
(素敵なヘアピンも買えたし……)
鞄から今日買ったヘアピンを取り出して、改めてじっくりと眺める。
長方形で平べったいシンプルな銀のヘアピン。
日の光を受けて白く光るから、白のヘアピンに見間違えてしまいそうだ。
――ん?
白、光……
ふとその言葉たちが引っかかってハッと気付く。
そう、ネネの予言だ。
「なんだっけ……えっと〜〜」
数十秒、頭を捻って考える。
なんとか思い出せた予言はこうだ。
『鈍く光る白。それは留めるもの。手に入れなくちゃいけないのに、それはあなたのものじゃない』
「鈍く光る白……これの銀のことかな……!?」
それから次の言葉についても考えてみる。
「留めるもの……ヘアピンは……髪をそこに留めるもの……! 髪留めだ!」
じゃあ本当に予言はこれを指しているんだ……!と思うと、心臓が急にドキドキとしてきた。
謎が解けて気分が高揚しているからではない。焦りだ。
予言によると、私が持っていてはいけないからだ。
「いや、でも本当に持ってちゃダメなのかな……? "あなたのものじゃない"ってどういうこと? 手に入れなくちゃいけないのに自分のものじゃないなんて……誰かのために手に入れてあげるってこと?」
ん?
自分で言ったことを反芻する。
「誰かのために手に入れる……それってプレゼントじゃ……」
誰かにあげればいいんだ!
いや、でも……。
せっかくこんなに素敵なものを手に入れたのに……。大事なものが1つ増えたのに……。
誰にも渡したくないと思った。
手離したくないと思った。
そもそも予言の通りにしなかったら何が起こるのだろうか。せっかくならそこまで教えて欲しかった。
(でも……)
なんだかネネの言う通りにした方がいい気がして、頑張って気持ちを固める。
「あげるんじゃなくて、預けよう」
中々決心が付かなくて、少し解釈を曲げてみる。これくらいならOKだろう。
問題は誰に……だったが、そこでレミアが思いつくのはもちろんエドしかいない。
「まだいるかな」
食材を買ってきてと言われていたから、まだその辺で買い物をしているかもしれない。
そんな期待を胸に、レミアは走り出した。
人混みの中を早く歩きながら、周りを隈なく見渡して確認する。
「……いない」
レミアは悲しい気持ちになりながら、僅かな期待だけを心の頼りに、探し続ける。
やがて大通りの終わりが見えてきて、諦めかけた頃、白橡色の髪の毛が目の端を過ぎる。
(エドかな!?)
もう一度そちらの方に目を向けると、
間違いない。
パンパンの紙袋を抱えたエドワルドが、高級そうな果物を物色していた。
レミアは走り寄って声をかける。
「エド!」
「ん……?」
不思議そうな顔をしたエドワルドがこちらに顔を向け、レミアと目が合うとびっくりとしていた。
「レミア……!? どうしたの?」
「こ、これ! 預かって欲しいのっ」
驚いているエドワルドにレミアは拳を、ぐい、と突き出す。走ってきたから、まだ息が上がったままだ。
「手、出して」
レミアはそう言って、突き出した拳を開き、エドワルドが不思議そうに差し出した手のひらの上に、ヘアピンを置く。
「え……? これって、レミアの大事なものだよね……?」
ヘアピンを見たエドワルドは困惑していた。
「……っうん! だからエドに! 預かってて、欲しいの!」
レミアは、走って乱れた息を整えながら話す。
ふと、次回の約束をしてないことに気が付いた。当たり前のようにまた会えると思っていた。
「……っあのね、詳しいことは! また今度! 話す……っ!」
中々息が続かなくて、一度そこで切る。
「から!」
すぅっと大きく息を吸って、
「また、来週も……っ、会ってくれるかなあ……!?」
レミアは勢いのままにそう言った。
返事を待つ間、少しドキドキする。
不安と、期待が、押し寄せる。
エドワルドはまだ少し驚いていたが、にっこりと笑って、
「わかった。安心して。レミアの大事なものは、俺が大切に預かるよ」
そう言うと、ヘアピンを受け取った。
「だから、来週また詳しいこと聞かせてよ?」
「うん!」
(良かった……!)
レミアは、安心と嬉しさで、元気よく返事をする。
そうして2人は再び手を振り合う。
エドワルドは食材を買い終えて、レストランへと向かった。
なんだか全てをやり切ったような心地で、気持ちはとても晴れやかだった。
白橡色…薄茶色
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