【第65話】逃走①
ヴァンがガチャリと扉を開けると、扉と鼻でもくっ付けていたのではないかと思うほどの至近距離にザーガが立っていた。
ヴァンは、扉を少しだけ開けたまま、ザーガを中に入れないように、間に自分の身を滑り込ませる。
「ね、ねぇ、こっここの家に侵入者がいるみたいなんだけど、ヴァ、ヴァンは誰か見た……?」
「あ……? 侵入者? 俺は見てねぇけど」
ヴァンは約束通り味方してくれるようで、レミアは少しホッとする。
「エ、エドの部屋で物音を聞いて……」
「じゃあエドの部屋にいるんじゃねぇの?」
「エドの部屋は探したけどいなかったんだ」
「じゃあ気のせいだろ。いねぇよ侵入者なんて。いつもの心配性じゃねぇの?」
ヴァンは面倒くさそうにそう返す。
レミアはそれを聞いて、たしかに、と思った。エドワルドの部屋で物音を聞いたならば、侵入者はエドワルドの部屋にいるはずであり、ずっと自室にいたヴァンにそれを訊くのはおかしい。
他人事のように考えているが、ここで言う「侵入者」とはレミアのことだ。
「いいいや、絶対いるんだ……!」
「なんでだよ」
「こっ、根拠はないけど……」
ザーガは両手のそれぞれの指の腹を少しだけ合わせ、目をキョロキョロとさせながら答えた。そして、思い出したように根拠を付け加える。
「こっ声を聞いたんだ!」
それを聞いたヴァンは、呆れた顔で返す。
「玄関の防犯魔道具か何だかが鳴ってねぇだろ」
「でっ、でも……! い、一応、ヴァンの部屋も調べさせてもらいたいんだ……」
「はぁ? なんでだよ。俺はこれから出かけるつもりなんだけど」
「えっ、えぇ? ど、どどどこに? 何しに??」
「野暮用」
そう言って、ヴァンは明かりを消して無理やり外に出ると、扉を閉めてガチャリと外から鍵をかけた。
その後、まだ何かしら話す声が途切れ途切れに聞こえたが、しばらくすると、2人分の足音が徐々に遠ざかっていくのが何となくわかった。
あとは、彼がザーガを引き離してくれるのを待つだけだ。
その数分後、「あの人は、ザーガさんという男の人を振り払えただろうか」と考えたところで、レミアは彼の名前を知らないことに気付いた。
(あれっ? あの人の名前わかんないけど、まぁいいか……。……良くない!! もしこのヘアピンが相手の名前を呼ばないと反応しなかったら……!?)
レミアは、非常にまずい事態になった、と焦りながら、彼が自分で言っていなかったか、誰かに呼ばれていなかったか、どこかに書いていなかったか、思い返す。
(あ……! 「ヴァン」さんだ!!)
直前に、ザーガが呼んでいた名前をなんとか思い出すことに成功し、レミアは安堵のため息を吐いた。
(ふぅ……。危なかった……。そろそろあの人が外に出たくらいかな……? そもそもこの家、どれくらいの広さがあって、この部屋から外までどれくらいなんだろう……)
レミアがそんなことを考えていると、突然、扉がガチャリと開く。あまりにも突然、滑らかに開くものだから、レミアは呆気に取られた。
(あれ、ヴァンさん、戻って来ちゃったの……?)
レミアが困惑と不安の混じった表情で、クローゼットの扉の隙間から部屋の扉の方を観察していると、1人分の影がゆらりと入ってきた。
その姿を見てレミアは叫び上がりそうになる。
それは、ヴァンではなく、薄気味の悪い笑みを浮かべたザーガだった。
ザーガは、今までの挙動では考えられないほど足を速く動かして、明かりも付けず、一目散にクローゼットの方に向かってきていた。
(やばいやばいやばい!!!! なんでこっち来るの!? このクローゼットの魔道具を知ってるの!?)
レミアは、バクバクと暴れる心臓を押さえつけながら、頭をフル回転させて、努めて冷静に次の手を考える。
(どれくらいでザーガさんを振り払えるかわかんないけど、玄関の重い扉が開く音が聞こえてから10秒後くらいには外にいられるはず、って話だった……! けど、音、聞こえなかった……!)
そう、聞こえなかったのだ。
まだ鳴っていないのか、聞き逃したのか。
もしかしたら、エドの部屋よりもこの部屋の方が玄関から遠いのかもしれない。
(どうしよう……!? そうだ! 一旦、エドの部屋のクローゼットに退避!!)
名案を思い付いたレミアは、急いで靴の踵で魔法陣に囲まれたボタンを押した。
──が、起動する様子がない。
(なんで!? どうして!!? 動いてよ!!!!!)
レミアは、何度も何度も踵を床に押し付けた。
その間にも、ザーガの指先が、クローゼットの取手まであと数ミリ、というところまで迫る。
(ダメだ!!!!)
レミアの心臓は、壊れるのではないかと思うほど、ドコドコと早鐘を打っていた。
(賭けよう……!!)
レミアはヘアピンを両手でギュッと強く握りしめて、念じた。
(ヴァンさんのところへお願いします!! 本当にお願い!!!!!)
すると、ヘアピンがピカリと光り出す。
( ──やった……!!!!!)
どうやら、こちらは起動してくれたようだった。
眩い光が、扉の隙間から一瞬で放たれると、約1秒後、その光もまた、一瞬で消えた。
漏れ出てきた光の強さに、ザーガは思わず顔を腕で隠す。そして、ワンテンポ遅れたまま急いでクローゼットの扉を開けた頃にはもう、レミアの姿はそこにはなかった。
ザーガは、クローゼットの中を調べるべく、ランプ魔道具に近寄る。しかし、隣の部屋でフィオナが部屋から出ようとしている気配を感じ、渋々諦めたようだった。
そして、不法侵入がバレぬよう、全てを手早く元に戻すと、静かに鍵をかけ、そそくさとリビングへと向かって行った。
閲覧ありがとうございます!




