【第64話】再会⑥
それに怯んだレミアが少しだけ後退りをした時、何かカチリという音がして、踵が沈む。
(えっ……?)
そして男が扉を勢いよくクローゼットの扉を開く。
──しかし、そこにはただ、エドワルドの服が並んでいるだけだった。
「…………だっ、誰もいないね」
ザーガは少しホッとしたような声でそう言った。だが、エドワルドの方を振り返ることもなく、何かが引っかかる様子でクローゼットの中を舐め回すように見ていた。
「……よ、良かったです」
エドワルドは驚きと困惑を呑み込みながら、そう答える。レミアは一体、どこに行ってしまったのだろうか……。
***
ゴンッ!!
「あ?……何の音だ」
ヴァンは音がした、部屋の角の方を見やる。ちょうど、クローゼットの方だ。
「ゔぅ……」
そして、呻き声が聞こえたかと思うと、中から押されるような形で勢いよく扉が開き、1人の少女が出てきて、ドサリと床に落ちた。
「……は?」
「め、目が回る……」
クローゼットから飛び出てきたのは、レミアだった。
「アンタ、エドの部屋にいたんじゃねぇのか?」
ヴァンがレミアのそばまで歩いてくると、上から覗き込みながらそう問う。それを受けて、レミアは慌てたように起き上がった。
「ハッ! そ、そうだ!! 私、今、どうしよう!?」
「そもそも、なんでこんなとこから出てきた?」
冷静にそう言うヴァンに、レミアも徐々に落ち着きを取り戻し始める。ゆっくりと今起きたことを反芻した。
「えっと……、エドの部屋のクローゼットの中で、踵で何かを踏んじゃったみたいで?そしたら、床に吸い込まれて、すんごい風に押されて、地下通路?を飛ばされてたら、……ここに着きました」
「…………」
何だか的を得ないレミアの説明に、ヴァンはしばし苦い顔をする。まるで「何を言ってるんだ」とでも言いたげな顔だ。
しかし次の瞬間、何かを思い付いたかのようにクローゼットまで近づくと、扉を開けて、何やらしゃがみ込む。
「ど、どうしたんですか……?」
「……。アンタが踏んだの、これじゃねぇか?」
レミアは立ち上がって、ヴァンが指差したものを見に行く。
そこには、上下するボタンのような装置が、クローゼットの床板と平らになるように埋め込まれており、その周りを魔法陣のようなものが囲んでいた。
「えっ……、このクローゼットとエドのクローゼットが繋がる魔道具だったってことですか?」
「かもな。俺も昔見つけたんだが、押しても何も起こらないから完全に忘れてたわ」
「え? じゃあなんで今回起動したんですか?」
「知らねぇよ。全身がここに入ってないとダメなのかもな」
ヴァンはそう言いながらも、何の恐れもなくクローゼット内のボタンをカチカチと押していた。そして、その動きを一旦止めると一言。
「……実験してみるか」
そう言って、ヴァンは立ち上がると、コルクの蓋が付いたインクの瓶を持って戻ってきた。
「なるべく重くて物自体が勝手にボタンを押してくれるやつがいいだろ」
ヴァンがインクの瓶を置こうと、ボタンの上で手を離す直前、レミアはすんでのところで止めにかかる。
「ま、待って! 中はすごく強い風が吹いてて、これだとどこかにぶつかったりして割れちゃうかも……。というか、蓋が外れる可能性も……」
それを聞いたヴァンは、表情を変えずにレミアの方を見つめ続けていたが、代わりのものを考えていただけらしい。
「じゃあ適任は石だな。今持ってねぇや」
わけもわからず見つめられ続けていたレミアは、視線から解放されて少しホッとする。
「ハッ! 違う違う違う!! こんなことしてる場合じゃないんです!!」
レミアは慌てた様子で思わずヴァンの両腕に掴みかかると、「どうしよう〜〜〜」と声を上げた。
「えっ、っていうかこの部屋の声とか音ってどれくらい通りますか!?!??」
「知らん。普通くらいじゃねぇの?」
ヴァンは掴まれた両腕を一瞥すると、めんどくさそうな顔と声でそう答えた。
「ザ、ザーガさん?? っていう怖い方が私を探しにこの部屋にも来るかも!!!」
「怖い〜〜? 気弱なおっさんの間違いだろ。まぁでも多少粘着気質だからめんどくせぇかもな。俺は関わりたくない」
「えっ! じゃあこの部屋にザーガさんが来たら私を差し出すんですか!?」
「ん〜〜……」
ヴァンに大きな期待をしていたわけではないが、レミアは絶望を隠しきれない様子で畳み掛ける。暫く悩んでいたヴァンは、やっと結論を出してくれたようだ。
「今この部屋からアンタを追い出しておけば俺はどういう関わり方もしないで済む」
「えっ!!!」
味方をしてくれないらしいヴァンに、レミアはいよいよ絶望する。
(ど、どうしよう……。この間取りも知らない家で一体誰を頼れば…………。いや、他人に頼ろうって考えが良くないんだ……! 自分の道は自分で切り開け!!)
「が、エドのお気に入りっぽいから助けてやってもいい」
レミアが決意を固めたのとほぼ同時に、ヴァンがそう言う。
「ほ、ほんとですか!?!?」
(よ、予定変更!! 時には他人の手も借りた方がいい!!)
「で、なんか方法あんの? 普通に家ん中歩いて脱出するのは無理だと思った方がいいぜ」
「な、ないです……」
あぁ……、なんて情けないのだろう。せっかく乗り気じゃなかった相手が協力してくれそうなのに、何の案もないなんて。このままではヴァンの気が変わってしまう、と焦ったレミアは、頭の中の引き出しを必死に開けて回る。
(何か……! 何か策を見つけろ!!)
すると、意外にもヴァンが助け舟を出した。
「ふーん……。さっきから手に握りしめてるやつは?」
「あっ……。これは、ヘアピンで……。あっ!! これは魔道具なんです!! …………たぶん」
レミアがしどろもどろに答えていると、突然、ヴァンが「シッ」と言って、喋るレミアを制止した。
「おい、おっさんの足音すんぞ」
「えっ!? と、とりあえず、賭けます! これが使える魔道具であることに……!」
そう言って、レミアはヴァンに銀のヘアピンの片方を預けた。
「で、俺はこれ持ってどうすんの」
「そうですね──」
そして、レミアは今しがた思いついた計画をヴァンに手短に伝えた。
コンコンコン。
部屋の扉が鳴る。
もう逃げられない合図だ。
だけど、大丈夫。
上手くいく、と信じる。
「ヴァ、ヴァン……、起きてる?」
「起きてるぜ。今開けるからちょい待ち」
ヴァンは扉の外に向かってそう答えると、くるりと、レミアのいるクローゼットを振り返る。
「んじゃ、楽しい逃亡劇を期待してるぜ」
レミアは、小さな声でそう囁いたヴァンの顔を、閉めていく扉越しに見ていた。
そして、覚悟を決める。
逃げ切れるか捕まるか。
あとはもう、天に祈るしかないのだ。
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