【第55話】夏休み開始
今回から第2部に入ります!
「……あ」
レミアは帰省の準備で荷物を詰めながら、ピタリとその手を止める。昨日の終業式から1日、今日から夏休みだ。
「どうしたの?」
レミアの呟きに反応して、ノアが近くまで寄ってくると、そう聞いた。
「大事な宿題、教室に置いてきた」
「えぇ……? 王都中心地行きの馬車来ちゃうよ?」
「ん〜……、見送るしかない……。午後便にするしかないかなぁ……」
レミアはそう言いながら、ぽふりとベッドに倒れ込んだ。レミアの実家であるロベルト研究所は、王都から馬車で1日ほどかかる山奥に位置しており、一筋縄では帰れない。
「なんか朝からあんま調子も良くないし、ちょっと休んでから出た方がいいかなぁ……」
「ん〜……? どれどれ……」
ノアは顔の近くまで寄ってくると、熱を測るように前足をレミアのおでこに当てた。
「ん〜〜〜、わからにゃい」
「肉球きもち〜〜〜」
2人がそんなやりとりをしていると、ふと、コンコンと窓を叩く音が聞こえた。
「ん?」
レミアが気怠げに、ゆっくりと顔を窓の方に向けると、そこには碧色の小鳥がいた。
「ミント?」
レミアがそう呟いて、のそりと起き上がる。それからゆっくりと歩いていって窓を開けてやると、小鳥は羽を小さくはためかせて、ひょいと部屋の中に入ってきた。
「遅い」
「えー……? 部屋が大きくてベッドから窓まで遠いんだよ」
短く不満を言う小鳥に向かって、窓を閉めながらレミアも不満そうに反論した。
「違う。今のことじゃない。まだ出る準備をしていないのか?」
「あ、そっち? そうだ、教室に忘れ物しちゃったの。これから取りに行かないといけないから、予定通りのやつには乗れな〜い……」
「……こんなにボケッとした奴だったか?」
レミアがふにゃりとした様子でそう言うのを見て、小鳥は怪訝そうな顔をして、ノアの方を見た。
「やぁ、久しぶりだねペパー。レミアはちょっと体調が良くないみたい」
「……そうか。あぁ、久しぶりだな、ノア」
ノアはぴょんと窓枠に飛び乗ると、小鳥の隣に腰を下ろし、くるりとしっぽを自分の体に巻きつける。
「俺のことをペパーと呼ぶ奴は久しぶりだ」
「”ミント”って呼ばれたときに訂正しないからじゃないの?」
「……そうかもしれない。だが、いいんだ。俺はどんな呼び名で呼ばれても構わない」
「えっ? ミントって”ミント”じゃないの!?」
猫と小鳥の話を聞いていたレミアが驚きの声をあげる。
「レミアにも言ってないの?」
「……そのようだ。すまんな、レミア。申し遅れたが、俺の真名は”ペパー”という。”ミント”という名は、俺の主である、メルト・ノクターンに貰ったものだ」
小鳥は小股で足を動かしてレミアの方に向き直ると、羽を折ってぺこりとお辞儀をした。
「そうなんだ……。お父さんに……。じゃあ私、これからはペパーって呼ぶね」
「構わないが……。なぜだ?」
レミアがそう言うと、ペパーは不思議そうに首を傾げた。
「えー……、だって、なんていうか、本当の名前の方が嬉しいかな……とか、お父さんに貰った名前なら、お父さんだけに呼ばれたかったりするかなって……」
言いたいことが上手くまとめられず、レミアはしどろもどろにそう言う。
「……不思議な考えだが、言わんとすることはわかった。お前が俺たちの関係を尊重してくれたことは痛み入る。だがあまり気負いすぎるな。呼び名がどんなものであれ、俺の本質は変わらないからな」
そんなレミアの考えを、ペパーは出来る限り拾ってくれたようだった。レミアの瞳をジッと見つめ、淡々とそう言った。
「……そっか、ありがと」
そんな2人を横目に見つつ、ノアがペパーに近づくと、1番気になっていたことを聞いた。
「そういえばペパー、こんなところまで何しに来たの? 君は今は研究所でロベルトのサポートをしてるんじゃなかった?」
「そうなんだが、今日はレミアの見守りだ。ロベルトに言付かって帰り道を共にすることになった」
「おぉ〜、心強!」
またもや2匹の話を外野から聞き、レミアが感嘆の声を上げる。ペパーはそんなレミアをつぶらな瞳でジッと数秒見つめると、こう言った。
「気分が優れないところ悪いが、比較的動ける内に教室に忘れ物を取りに行って欲しい。心配だから、俺もついていこう」
「ん〜……、猫を連れて校舎に入るよりマシかぁ」
「にゃんだと!?」
突然比較対象に出され、下げられたノアが不満の声をあげる。しかし、その場の誰も特に取り合うことなく、レミアはペパーと教室に赴くことになった。
***
「……ふぅ」
レミアはペパーを肩に乗せ、学園の階段を2階半ほど昇ってきたところだった。
「……疲れた」
「……早いな」
2人──1人と1羽、がそれぞれ呟く。
「あ」
突然、視界が揺れる。少しめまいがしたようだった。
支えにしようと左手を壁に付けると、ちょうど指が鏡に触れた。そこから、ひんやりとした感覚が指先を通じて伝わってくる。
次の瞬間、鏡の中の、疲弊した様子でこちらを見つめる自分がぐにゃりと歪み出す。
「え」
鏡と接していた左手が、ずぷりと歪んだ鏡の中に飲み込まれ、冷たい空気が腕を通過する。そして、気付いた時には目の前に歪んだ鏡が迫り、そのままするりとすり抜けてしまった。
「へ!?」
支えをなくしたレミアの体は、思いきり傾く。そんなレミアの服を、ペパーが慌てて掴んだ。そして、大道芸のような奇跡のバランスで静止する。
おかげで、レミアはあと数センチのところで、床に顔面アタックせずに済んだ。
「すまん。限界だ」
「ゔん゙、おっけー……ぐぇ」
ペパーは足でレミアの服を掴みながら、羽を最大限に動かしていたが、限界を迎えたようだった。
対するレミアは、引っ張られた襟口に喉を絞められて、苦しげに応答する。
そんなこんなで、レミアはゆっくりと床に着地させられると、そのまま廊下にうつ伏せに伸びた。
「はーー……。ん゙っ、んん゙っ」
レミアはため息を吐いて、ついでに喉を調整する。そして、ゆっくりと上体を起こして見渡すと、目の前には校舎と大体同じ長さの、静かな廊下が広がっていた。
窓から差し込む太陽光のスポットライトの中を、塵がキラキラと浮遊する様子が遠目に見える。静かで美しくありながら、同時に何とも言えない不気味さが襲ってくる、そんな空間だった。
「……な、何ここ……」
「……変な場所に連れて来られてしまったようだな」
ペパーは再び、レミアの肩の上にちょこんと立つと、深刻そうな様子でそう言った。
「何か感じる?」
「……不思議な魔力の流れを感じる。この空間自体、歪んでいるようだな」
「そうなんだ……。早く戻ろ」
それを聞いて、少し怖くなったレミアが後ろを振り向くと、後ろに壁などはなく、同じだけ廊下が広がっていた。
「うっそ…………」
「さっきの鏡は入り口の役割だけ果たしていたようだな……。となれば、別の出口を探さなければならない、ということだ。とりあえず進む他ないだろう」
ペパーは、先ほどすり抜けた壁があった場所を見ると、そう言った。
「えぇ〜…………? いや、でも、そうかぁ〜……。わかった、早く出よう」
ペパーの言葉に不満そうな顔をしながらも、レミアはのそのそと立ち上がる。
そして、とりあえず進み始めると、ペパーは肩口で出口の可能性がありそうな場所を説明してくれた。
「そうだな、そこの扉やあの辺の絵画、窓も怪しい。とりあえず探ってみよう」
「わかった」
レミアはまず、1番手前の扉に手をかけた。ドアノブをそーっと回しながら押してみる。……が、びくともしない。
「引くのかな?」
「……いや、ドアの構造的に押すので合っているはずだな。だが、空間自体が歪んでいるから、世界の常識が通用しない可能性がある。試してみてくれ」
「おっけー」
扉をさっきとは逆に引いてみたものの、ちっとも動く気配がない。レミアは全体重をかけて押したり引いたりしてみたが、やはり扉は開かなかった。
「……ふむ。これは完全に飾りだな。次に行こう。タイムリミットがある可能性もある」
「…………えぇ!? そういうのは早く言ってよ!? タイムオーバーしちゃったらどうなるの?」
反応が一瞬遅れる。やはり、少し頭が働いていないようだった。
「最悪、ここから出られなくなる」
「……それは嫌かも」
正直、怠い体を引きずってこのまま頑張るのは限界があると思っていたが、一生出られなくなるくらいなら、そんなの気にしていられない、とレミアは覚悟を決めた。
「じゃあ次は、廊下の左右で向かい合わせになっている、あの2枚の絵画だな」
「向かい合わせっていうのが怪しいね」
そんな話をしながら、2人は絵画の近くまで歩み寄る。正面まで行く前に、覗き込むように左右の絵を確認すると、雪山の絵と、とある女の子の肖像画だった。
「こっちは……、ただの雪山の絵に見える。こっちは……、見覚えがある……」
「思い出せるか?」
「うん……。そうだ、あれだ。女子寮の入り口にいる女の子の絵にそっくり」
レミアはそう言いながら、もう一度目の前の肖像画を確認する。お行儀よく膝の上で手を重ね、目を閉じて静かに座っている女の子。構図も色合いも、筆のタッチもよく似ている。
「同じ作家の作品かな……」
レミアのその呟きに反応するように、肖像画の女の子の目がカッ!と開く。
「人の声がする……!」
「へ?」
(しゃ、喋った……)
レミアは少しだけ驚く。
寮入り口の女の子のおかげで、絵画が動いたり喋ったりするのには慣れていたが、彼女以外の絵が動いているところは見たことがなかった。
(やっぱり、同じ作家の作品で、同じような、動く魔法?みたいなのがかけられてるのかな……)
「人間を見たのはとても久しぶりだわ! 私の名前はソルナ! ねぇ、私とお喋りしない!?」
「……ソル……ナ?」
瞬間、レミアの脳内に色んな記憶が駆け巡る。そして昨日の1シーンが引っかかった。
――――――――――
「信じてないでしょ! ソルナの肖像画の前で人が死ぬの!」
――――――――――
昨日盗み聞きした噂の1つだ。
手を握り込む。
汗ばんでいるのがわかった。
そして、じりりと一歩後退る。
しかし、少女の瞳は、すでにレミアを捉えていた。
(ソルナの肖像画……!!!)
体から温度が抜けるように、レミアは青ざめた。
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更新遅くなってすみません……。地の文が気に入らなくてずっと直してました。




