【第53話】密談
※人によっては、やや不快に感じる表現があるかもしれません。
月明かりだけが淡く差し込む薄暗い部屋に、中年の男が2人。そこは、小さな窓が1つあるだけの、狭い物置部屋。
ヘンリー・ルッチマンは、黒いローブのフードの中に、雑に伸びたボサボサの髪を隠した男と対峙していた。
「変な輩が変な手紙を寄越したと思えばお前か。ザック・フォレスト」
「ち、ち、違うよ、僕はザーガって言って……」
ヘンリーは、手紙を片手で顔の横に持ち上げて、目の前の男にそう言った。
それを受け、ザックと呼ばれたその男はガタガタと怯えた様子で名前を訂正する。
「何を言うておる。そういえば、手紙にもそのような名前が書いてあったな」
「だだだから、僕はそのザーガで」
「えぇい、その煩わしい喋り方を辞めんか!」
ヘンリーは目の前の男の言葉を遮ってそう言った。
「……ふぅ。昔の僕は嫌いかい?」
男はフードを外す。
諦めたらしく、言われた通りに先ほどのようなオドオドとした喋り方を辞め、普通に話し出した。
「フン。やはりザック・フォレストではないか」
「やあ。久しぶりだね、ヘンリー・ルッチマン。やっと会ってくれる気になったんだ?」
男は、続けて「学校を卒業してから……、27……? 8? う〜ん、大体30年ぶりくらい? 手紙を出してからは1ヵ月半……、いや、う〜ん、まぁいいや。2ヵ月くらい経ってるけど」と、ごちゃごちゃ呟く。
数字に細かいのか、大雑把なのか。ある程度正確な数字を言ってから、少し盛る癖があるようだった。
「こんな怪しい手紙を出しておいてよく言う。知らぬ者からの怪しい書面として捨てる手前であった。こうして対面出来ているのは、貴様にとって最高にラッキーな出来事だ」
「……ふふふ、君も随分と地位が上がって充実した人生を過ごしているようだ。羨ましい限りだね」
ザックと呼ばれたその男がそう言うと、ヘンリーは呆れたように、ハンッと鼻を鳴らした。
「よく言う。貴様も王立図書館配属の文官。末端とは言え、エリートの一種だろう。そもそも、貴様が末端など到底ありえん。出世もせず、何を企んでおる」
「ふふ、やだなぁ。僕は出世に興味がないだけだよ。それに、役職がない方が怪しまれずに色々と動きやすいからね……」
男は怪しく、ヒタリと唇の端をめくって微笑む。
ヘンリーは、その表情を見て、ゾッとした。同時に、背筋に複数の虫が走ったかのような不快感と恐怖を覚える。
「あぁ、そうだ。それでね、手紙にも書いたけど、僕が面倒を見ている子を1人、ユーヴェリアに捩じ込んで欲しいんだよね」
「……悪いが私にどうこう出来る話ではない」
けろりとした調子でそう言うザックに、ヘンリーは汗を握りながら平然を装って答える。
「……ふふ。僕は知ってるよ。君がユーヴェリアにパイプを有していること。レミア・ミューの件を一任されていること。そうだ、この前は、彼女を生徒会に入れることに成功したそうだね。あぁ、そうだ。それから、今後、世界が滅びるかもしれないこと」
「なっ、なぜそこまで……」
ザックはじりじりと顔を近付け、ヘンリーを壁に追いやりながら、つらつらと喋る。
「君の計画の内容に僕は興味がないからね。特には細かく追求しないよ。その代わり、僕の計画にも手を貸して欲しいんだ。ねぇ、いいだろう? 僕らは昔、同じ男の尻を追いかけた仲じゃないか」
ザックが変わらぬ調子で冗談めいたことを言うと、心当たりがあったのか、ヘンリーがすぐに噛み付く。
「私はユーデリック・ウォーレーの尻など追いかけてない! 貴様と一緒にするな!」
「え〜? 君は毎回毎回、試験の度にユーデリックに食ってかかってたじゃないか。敵いもしないのにね。彼はカリスマで天才だから。僕から見れば、君はず〜〜〜っと彼に執着して、彼を追いかけてたよ」
ザックは楽しそうに、ふふふ、と笑った。
「な……! なっ……! なっ!!!」
ヘンリーの顔は、みるみる内に怒りで赤く染まっていく。
「きっ、き、そっ、そういう貴様こそヤツの尻を追いかけ回してただろう!!」
「そうだよ? 僕は彼の美貌とそのカリスマ性に憧れて、陶酔していたんだ。彼のことをね、知りたくて知りたくてしょうがなかったんだ。でもね、彼は手の届かない星であって欲しかったから、彼の瞳が僕を映さないように、背中ばかり見ていたよ」
まぁ、ユーデリックは他人に露ほども興味がなかったから、そんな心配はいらなかったんだけど。と、彼は付け足す。
狼狽えている様子のヘンリーとは反対に、ザックはすんなりと、ユーデリックを付け回していたことを認めた。
反撃の効かなかった様子のザックを見て、ヘンリーは悔しさから顔を歪ませる。そして、ヤケクソになって色々と弱みを探ろうとした。自分だけ情報を握られているのが、なんだか気に入らなかったのだ。
「それで貴様、次はヤツの息子であるルクス・ウォーレーに執着しておるわけか。ハンッ。自分の手の内の子どもを忍ばせてまでそんなことをしようなど」
「ちがうよ?」
ヘンリーの話を遮り、ザックが一言、そう言う。
「僕はもうユーデリックには興味がないんだ。彼は孤高であることがその美しさを際立たせていたのに、あろうことか恋に落ちて結婚までしてしまったんだ!」
予想をしていなかった返答が返ってきて、ヘンリーの脳はしばし固まる。口を開こうとすれば、ザックが続けて話し出した。
「僕が今、興味関心を向けているのは呪い子だけさ」
「呪い子だと……?」
すっかりザックのペースに乗せられていることが気に入らなかったはずなのに、ヘンリーは思わず聞き返してしまった。
「おっと、これ以上は企業秘密さ」
ザックはわざとらしく人差し指を口の前に立てて、ニヤリと口角を上げた。
「ッ貴様!! 相変わらずムカつく奴だ。私は貴様の要求など呑まんぞッ!」
「そっか。じゃあ、国家機密である世界滅亡の予言が、どこからともなく漏れても何も文句はないもんね? それから、君の計画とかも、ね」
「……ッ」
さらりと弱みを突いてくるザックを、ヘンリーは睨む。自分が一任されている件の国家機密が漏れようものなら、地位や信頼、今まで積み上げてきた全てが崩れ落ちるのだ。
まるで、自分の心臓にザックが手を添えていて、いつでも握り潰せるようにしているみたいだった。
ヘンリーが、苦虫を噛み潰したような顔をしていると、ザックが口を開く。
「大丈夫、大丈夫! 君にもメリットがあるよ」
そして、嘘みたいにニカッと笑って、ヘンリーの肩をバシバシと叩いた。
「僕が送り込む子どもはね、"呪い子"なんだ。……ふふ。どうだい? 君が生徒会に捩じ込んだ救世主、レミア・ミューと、僕が送り込む呪い子が同じ学校に通う……。君の英雄計画も盛り上がるだろう?」
「……ッ!?」
コイツは一体どこまで知っているのだ……。ヘンリーは、計り知れない恐怖を感じると同時に、内臓がぐにゃり、と潰されて混ざるかのような気持ち悪さを覚えた。
「ね。良い返答を待っているよ」
ヘンリーが何も言えないでいると、ザックはそう言い残し、フードを被って、扉に向かって歩いて行った。
ツカツカと歩いていたが、途中で段々と背中を曲げ、時々躓いたり、ぶつかったりしながら、ちょこまかと足を小刻みに運ぶ歩き方に変えていった。
周りを完全に欺くその演技に、ヘンリーは圧倒される。その場から動けぬまま、扉がパタリと閉まるのを、ただぼんやりと眺めていた。
ザックの言うことなど聞くものか、という心の内とは反対に、コイツに逆らったら、最悪、人生が終わる。と、本能が大警告を出していた。
ヘンリー・ルッチマン……8話(水面下)にて初登場。23〜24話(王城会議)らへんで主に登場。
ザック・フォレスト……8話(水面下)にて初登場。24話(王城会議②)にて、「ザーガ」の名前のみ登場。
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