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終焉の呪い子たち(さいごののろいごたち)  作者: 藤宮空音
第3章 生徒会編

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【第51話】ロイリー・ノーゼン、アンバー・タッガオ④

あれから1時間後。

アンバーは、痛みを増す全身を引きずって、家路に着いていた。


先ほどは、そのまま廊下で気を失いそうになるところだったのだが、すんでのところで踏みとどまり、言われた通りちゃんと保健室に向かった。しかし、保健の先生不在、かつ施錠もされており、完全たる無駄足になったのだった。

そして、諦めて帰ることにして現在に至る。


ズキン、ズキン。ドクン、ドクン。


全身が痛む。

はたかれた頬が痛む。壁に打ち付けられた右半身が痛む。ぶつけた頭がガンガンとする。


アンバーは思わず帰る足を止めた。


雪が積もる、隣の生垣(いけがき)を見て、惹かれたのだ。


(とりあえず冷やしたいな……)


そして、意図的にその生垣に倒れ込んだ。

ひんやりとした白い雪が、気持ち良く頬を包んだ。


気付けば、なんとなく暑いと思っていたから、それも相まって、雪の冷たさがものすごく気持ち良かった。


──そして、そのまま目を閉じてしまったのだ。




どのくらいの時が経っただろうか。

ふいに、ゆさゆさと揺さぶられて目が覚める。

とても良い気分だったのに、至福の時を邪魔したのは誰だ、とアンバーは顔を(しか)めた。

しかも、ものすごく寒い。とにかく体が震える。

着ている服では、全くと言っていいほどこの寒さは防げないと思った。


「ちょ、ちょっと君!! 大丈夫ッスか……!?」

「……? だれ」


慌てた様子の、少年の声がした。

アンバーは生垣に体を預けたまま、視線だけ、相手の方に向ける。


「えっ、俺? あ、えと、俺はロイリー。……ッス!」

「ロイリーッス?」

「いや、違くて、ロイリー!!」

「あぁ……、そう」


興味がなさそうにそう答えると、アンバーはまた目を閉じようとする。


「待って待って待って!!!」


まずいってこれ!とロイリーが焦っているのが、遠く、耳に入った。アンバーはまた、まどろみの中に引き込まれようとしていた。


すると突然、薄っすらと緑がかった、白色の淡く柔らかな光がアンバーの全身を包んだ。その光は、(ほの)かに温かい。

光が段々と夜闇に混じり消えていく頃、全身の全ての痛みが消え去っていた。


「……え」


アンバーがそれに驚いていると、ふいに、ロイリーの手がおでこに伸びてくる。


「ん!? もしかして熱もある……!?」


そう言ったロイリーが、熱はえーっと……、とぶつぶつ呟き、何か詠唱すると、また光が生まれ、先程と同じような現象が起こった。


「どう!? 熱治った……!?」


しっかりとアンバーの目を見据えるその瞳には、必死さと心配が純度100%で詰まっていた。



それを見ていたら、なんだか急に、涙がポロポロ、ポロポロと、溢れ出ては止まらなくなった。



アンバーは自分がなぜ、泣いているのか全くわからず、必死に涙を止めようとする。熱が下がったかどうかなんて、わからなかった。熱があったことすらも、あまり自覚していなかった。


「あっ、え!? ど、どうしよう……!? 大丈夫? どこか痛い?」


オロオロとした様子でそう聞くロイリーに、アンバーはフルフルと首を横に振った。


「そ、それなら良かったけど……」


アンバーは零れ落ちる涙をしきりに拭いながら、口を開く。


「何コレ」

「え、えっと……な、涙?」

「は?」


ロイリーは、焦って頭が真っ白になり、変なことを口走った。そんなロイリーの返答に、驚きのあまり、アンバーの涙が止まる。


「バカなの? クイズじゃないんだけど。さっきやったやつ、何?」

「えっ、あっ、さっきの? あ、あれは治癒魔法だよ」


アンバーが強い言葉で詰め寄ると、ロイリーはたじろぎながらも答えてくれた。しかし、アンバーは治癒魔法など知らなかった。


「治癒魔法?」

「えっ、知らない……?」

「知らない」

「ほ、保健室の先生とか使えたりしない?」

「知らない。あんま保健室行かない」

「えぇ……? 授業とかで習わなかった?」

「知らない。授業聞いてない」


一通(ひととお)りの問答を終え、何を言ってもアンバーには通じないらしいと理解したロイリーは、治癒魔法について、ざっくりと説明した。


「え、すごい……。何ソレ。かっけぇ」


治癒魔法を知ったアンバーは、瞳を輝かせてそう言った。


「そんないいもんじゃないよ……。俺にはこんな才能、いらなかったのに」

「なんでそんなこと言うの?」


アンバーは真剣な瞳で、すかさずそう聞いた。なぜロイリーがそんなに落ち込んだ様子なのか、本当に不思議に思ったからだった。


「え……、だって……。何でも出来ると、皆から嫌われちゃうから……」

「ハァ?」


アンバーの口からは、思わず間の抜けた声が漏れ出る。


「そんなの、羨ましがってるだけだよ。(ねた)(そね)みじゃん。それで攻撃してくるなんて寂しいヤツら」

「ねたみそねみ……?」


ロイリーは、その言葉の意味がよくわからず、オウム返しに聞き返した。


「なんか、相手が羨ましくて、引きずり落としたくて攻撃しちゃう、みたいな意味だよ、たぶん。てか、何でも出来るの、超かっけぇじゃん。主人公じゃん」


アンバーは、小説を読むのが大好きな子だった。

だから、彼の瞳には、ロイリーがキラキラと輝く主人公のように見えたのだ。

アンバーにとって、小説だけが自分の居場所だった。逃げ場だった。彼は、最後には必ず報われる、物語の主人公に憧れていた。


「かっこいい……? 主人公……?」


そんなアンバーが、珍しく興奮した様子で言った言葉に、ロイリーは、目を見開いて聞き返す。


「何? 本、読んだことないの? 主人公は最初はドン底にいるけど、その才能で超トップまで上がるんだよ!」

「そうなの……?」

「そうなの! それに、怪我も病気も治せるなんて超強いじゃん! みんなを元気に出来るじゃん」

「みんなを元気に……」



それを聞いたロイリーの瞳に光が宿(やど)る。



邪魔だと思っていた能力(ちから)が皆に希望を与える。自分の能力ちからはかっこいい。


ロイリーは、嬉しくて、嬉しくて仕方なかった。

こんなに混じり気のない、透明でキラキラした嬉しさを感じたのは、ひどく久しぶりだった。


さっきだって、目の前の、今にも死にそうな男の子を救えたのが、嬉しかった。名も知らないけれど、彼が1人雪に埋もれて、冷たくならなくて良かった。ロイリーはそう思ったのだ。


「俺も主人公だったら、もっと幸せな人生だったのかなぁ」


ロイリーが、胸に小さな希望の光を宿していると、アンバーがぼそりとそう言った。


「……ぇ、ぁ」


ロイリーは言葉にならない声を吐き出す。

目の前のアンバーが、とても悲しそうで、ひどく胸を締め付けられた。彼の生い立ちも、現在の背景も知らないロイリーは、かける言葉を見つけることが出来なかった。


「俺はさぁ、勉強も、運動も、何を全力でやっても上手く出来ないからさぁ。どんなに頑張っても、敵わないからさぁ」


アンバーが、噛み殺すように、言葉を一つひとつ絞り出す。


「…………っ」


ロイリーは、その言葉を聞いて、わざと手を抜いてきた自分をものすごく恥じた。


自分が今までしてきたことは、アンバーのような人たちに、どれほど失礼だっただろうか。


「ロイリーはかっけぇなぁ……。ヒーローみたいでさ」


アンバーのその瞳からは、一筋の大粒の涙が零れ落ちた。

ロイリーは、とても苦しかった。その純粋な思いが受け止めきれる、純度を保てていなかったから。


「俺、こんなに大事にされたことないよ」


ロイリーは、その言葉を聞いて、顔を上げてアンバーを見つめる。

無表情で呟くその様子を見て、胸が苦しくなった。引きちぎれそうなほど苦しくて、少し、咳込む。

どうしようもない思いが、余計に喉に引っかかったように錯覚した。


神さま、どうかこの子に幸せを、いや。

願わくば、俺がこの子に幸せを……。

どうか、どうか笑顔咲く人生であってほしい。俺に光をくれたこの子の行く先が、陽の灯る花道であってほしい。


ロイリーは、心の内でしきりにそう願った。



あーあ。

一方で、アンバーは悟っていた。


自分は主人公に、ヒーローに、なれないことを。物語で一瞬だけ、彼らと視線を交錯(こうさく)させるだけの、モブであることを。


別れの時だ。

ヒーローの物語を(つづ)った1冊の本から、去る時。モブの出番が終わる時。


「……っありがとうございました。……俺、このまま帰れるんで」


そう告げると、アンバーはゆっくりと立ち上がって、肩に薄く積もった雪を払った。

しかし、雪を払おうとした手には、何も触らなかった。肩に、雪など積もっていなかった。


目の前のロイリーを見れば、頭にも、肩にも薄く雪を積もらせ、鼻先も、耳も赤くしていた。


「……ッなんでだよ」


アンバーはギュッと拳を握り込んでそう呟く。なぜ、ヒーローとは皆こんなにもお人好(ひとよ)しなのだろう。


きっと、ロイリーが何かしらの魔法を使って、自分の上にだけ雪が降らないようにしてくれているのだろう、とそう思った。


自分は彼に何も返せない。


自分の方が大切に扱われる価値が理解出来なくて、彼が自分を(ないがし)ろにしたのが許せなくて、寒々と震える彼に何も出来ないのが悔しくて。アンバーは唇を噛み締めた。


もっと勉強しとけば良かった、そう思った。


アンバーは、自分の首をぐるぐるに巻いていたマフラーを雑に外し、ロイリーの頭に丁寧に巻いた。


「……じゃあ。ほんとに……ありがとうございました」


そう言って、アンバーが背を向けると、


「待って!」


と、ロイリーの大きな声が聞こえた。

声の大きさにびっくりして、アンバーは思わず振り返る。

すると──、


「……え。なんでアンタが泣いてるんですか」


ロイリーは鼻をずびずびにして、さっきまで理知的だったその瞳に、大粒の涙を溜めていた。


「や゙だ」

「えぇ? 何が……?」

「笑っでよ゙……幸ぜにな゙っでよ゙。行がない゙で」

「……は?」


アンバーは思わず聞き間違いかと思った。なぜ彼が自分の幸せを願うのか、到底理解が及ばなかった。


「だっで、俺……、才能、褒めでもらったの゙、初めてだったがら゛……!」

「……え? いや、大袈裟(おおげさ)……」

「おれ゙、も゙っと君みたいに゙強くなりたい゙ぃ」

「は……? 俺が強い?」


下を向いて目を(こす)りながら、訳のわからないことばかり言うロイリーに、アンバーは困惑していた。すると、そんなのも構わず、ロイリーがバッと顔を上げてこう言った。


「な゙っ、名前! おしえで……!」

「え? ……あれ? 言ってなかったっけ。アンバー、です」

「アンバー! また会ってね゙! 絶対!」

「…………。…………う、……うん」


泣きながら光るように笑うロイリーに、アンバーは無意識のうちに頷いていた。



いつの間にか、雪は降り止んでいた。

2人は並んで雪道を歩く。静かな静かな銀世界。

誰も通らぬその道で、


世界で、二人きりだった。


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