【第50話】ロイリー・ノーゼン、アンバー・タッガオ③
※この話には、暴力表現および、いじめを含む描写があります。苦手な方はご注意ください。
初等科3年生、冬。齢9歳のアンバー・タッガオは、クラスメイト数名の鞄を持たされて歩いていた。
1人で家まで帰っていたら、追いついてきたクラスメイトに、次々と一方的に鞄を預けられたのだ。
最近、クラスでは1人標的を決め、一丸となって悪戯をする、質の悪い遊びが流行っているようだった。
雪がしんしんと降りしきるルンノベ王国の冬。これでもかとぐるぐる巻いたマフラーに顔をうずめ、厚い手袋の中でも尚、かじかむ指をギュッと握る。肩や腕にずしりと食い込む鞄のベルトは重く、鞄から漏れ出る持ち主の意思がまとわりつくような不快感で、その足取りまでもを重くしていた。
一歩、また一歩、のそのそと足を運ぶ。ため息混じりに吐き出す息は白く、暗くなり始めた空に混ざって消えた。
「てか俺なんで運んであげてんだろ。別に捨ててよくない?」
アンバーはそう呟いて、鞄をぽいぽいと雪積もる道端に落とした。
軽くなった体のまましばらく歩くと、先を走っていたクラスメイトたちが立ち止まって待っているのが見えた。
「おい、アンバー! 俺たちの鞄は!?」
「あっち」
慌てた様子で問いただすクラスメイトに、アンバーは後ろの方向を指差して答える。
「は!? 信じらんねぇんだけど!」
「ぎゃー!! 私の大事な鞄が!!!」
「何してくれてんだよ!!」
「ママに怒られちゃうよー!」
1人の女子生徒がそう言った途端、皆がハッとする。
アンバーの胸ぐらに掴みかかろうとしていた男子も、思わず固まった。
鞄を汚したことが、親にバレたらまずいらしい。
そんな皆の様子を眺めながら、アンバーは素知らぬ顔をしていた。アンバーの親は、そんなことに口を挟んでくるような人ではなかったし、そもそも他人事だったからだ。からかってやろうとしてきたクラスメイトが悪いのだ、ざまぁみろ、とすら思っていた。
そんなアンバーの背負っている鞄は、色が褪せ、角が潰れ、糸がほつれている。それは、顔も名も知らぬような誰かのおさがりだった。
アンバーは、急いで鞄を拾いに走って戻るクラスメイトたちを、しばらくぼんやりと眺めていたが、彼らが鞄にたどり着く前に背を向けて歩き出し、家へと帰った。
次の日のことだった。
突然、担任から呼び出しがかかったアンバーは、昨日のクラスメイト4人と一緒に廊下に立たされて、取り調べを受けていた。
「みんなが、アンバーに押されて倒れ、鞄と制服も汚れた、と言っています。その際に、トロイ君に怪我もさせましたね?」
「いいえ」
決めつけてかかるような口調の担任に、アンバーはハッキリと否定の言葉で対抗する。
怪我をしたというトロイの指を見れば、大袈裟に包帯が巻かれていた。
「罪を認めたくない気持ちもわかりますが、ここでしっかりと自分の罪を自覚し、謝罪することが、後々のあなたにとっても、大切なことになるのですよ」
担任は、アンバーの意見など聞く気がないようだった。まるで宗教の文言かのようにそれらしい言葉を並べる。
取り調べではなく、一方的な罪の宣告だったらしい。
アンバーは、口を真一文字に結び、担任の瞳をジッと見つめた。しばしの間、アンバーと担任がお互いに表情を変えずに見つめ合う、無言の時間が過ぎた。しかし、終ぞ担任の思考は読めなかった。
本当にトロイの言葉を信じているのか、序列に従って対処しているだけなのか。
この世界は魔力絶対主義。
トロイ・ユソイはよりにもよって、6学年でたった3人しかいない青色ピンズの内の1人だった。
アンバーは比較的序列の高い水色ピンズだったが、魔力量が多いだけで実力が伴わないことから、周りからは舐められきっていた。学生時代は実力ではなく、魔力量のみで階級が決まる。
身の丈に合わない、澄んだ空のような色をしたその石は、アンバーにとって、ただ惨めさを加速させるだけの恨めしいものの一つだった。
「ちょっと! そこのガキ!!!」
突然、女の人の怒号が響く。
「……ユソイ夫人。いらしていたんですね」
担任は、サッと子どもたちとユソイ夫人の間に立ってそう言う。口ぶりからして、彼女はトロイの母親のようだった。
「さっきからずっと見てれば、ウチのトロイちゃんを怪我させておいて何よその態度!!!」
「夫人、一度落ち着いてください」
「落ち着けるわけないじゃない! あのガキの親を出しなさいよ!!」
「……彼の親はお忙しいので、急に来ていただくのは難しいかと」
ユソイ夫人と担任が攻防を繰り広げている間、子どもたちは皆、呆気に取られてその様子を眺めていた。だが、アンバーだけは、それを冷めた目で見ていた。
(呼んだところであの人が来るとは思えないな……)
アンバーの母は、夫……つまり、アンバーの父親の病死後、心身を壊し、虚ろな様子で自室に引きこもるようになってしまったのだ。それももう、3年も続いている。
すると、担任の隙を突き、ユソイ夫人がアンバーの方にズカズカと向かってくる。
そして突然、
思いっきりアンバーの頬を叩いた。
瞬間、その衝撃でアンバーは少し飛ばされた挙句、廊下の壁に打ち付けられる。
何が起こったのか全く理解出来なかったアンバーは、段々と痛みを増してくる頬を抑え、必死に目の焦点を合わせた。何だか頭もグワングワンとする。どうやら自分は、壁にもたれてへたり込んでいるようだった。
「……は?」
アンバーは小さく呟く。
ほとんど無意識に、声が漏れ出ていた。
「トロイちゃんはアンタのせいでもっと痛い思いをしたのよ! 骨が折れてるのよ!」
ユソイ夫人は喚いていた。
どんどん頭痛が強くなる。
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン。
その痛みの奥で、トロイが「マ、ママ……! もういいよ!」と、慌てた様子で止めているのが見えた。包帯が巻かれ、折れているらしいはずの指を、しっかりと握り込んでいる。
「ユソイ夫人。この辺でお許しいただけませんか? 彼も反省しているようですし」
そう言って、担任はアンバーの方を見やる。
当のアンバーは、全身に点在する痛みに耐えるのに必死で、取り繕う余裕もなく項垂れていた。痛むせいで勝手に流れようとする涙を、歯を食いしばってせき止める。
母親に嘘を吐いた罪悪感からだろうか。アンバーに、思っていたよりも重い罰がくだされたからだろうか。トロイも担任に倣って縋るように夫人を止め続けていた。
夫人は、担任と、アンバーと、トロイの顔を順々に見る。そして、トロイの様子が決め手になったのだろう。
「……フン。わかったわよ。次はないから。アナタも、ちゃんと躾なさいよね」
最後に担任にも捨て台詞を吐いて、ユソイ夫人はやっと退場した。
アンバーが痛みに耐えている間に、他4人は解放されたらしい。担任が呼びかける声で、我に返る。
「……君、アンバー君」
「……ぁ」
「あなたは保健室に行きなさい。その後は早退して良いです。それから、今回の件で私から言うことはもう何もありません」
担任はそれだけ告げると、颯爽と廊下の端の方に消えていってしまった。
アンバーは、朦朧としてきた頭で、担任は、きっと親が面倒くさい順で序列を付けているんだ、と考えた。
だって、おかしい。
さっきまで罪を認めろだの謝れだの言っていたのに。言ってることが違うじゃないか。
それに、自分は上から3番目の階級の水色ピンズだ。だから、本来だったら、もうちょっとだって丁重に扱われたって良いはずなのに、そう思った。
窓の外では、はらり、はらり。
雪が降り始めていた。
閑散とした廊下には、窓の外から凍えるような冷気が忍び入る。
長い、長い廊下には、アンバーが1人、ぽつりと座り込んでいた。
お待たせいたしました。予定変更なければ、明日次話更新します!
記念すべき第50話です!!本当に嬉しい!!!
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