【第48話】ロイリー・ノーゼン、アンバー・タッガオ①
(ふぁあ〜……、眠……)
レミアがあくびをしながら廊下を歩いているときだった。不意に足が糸のようなものに引っかかり、そのままドテーーン!!!と思いっきり転んだ。
「い、痛〜……!」
ゆっくりと起き上がって痛みを感じる膝を見れば、なんと、両膝とも負傷していた。痛そうに皮が剥け、ダラダラと血が流れている。
(は、恥ずかしい……! めちゃくちゃ視線を感じる……!)
レミアはバッと立ち上がり、勢いのまま足を引きずって、ワラワラと野次馬が集まり始めているその場を退散した。
人気のない廊下までやってくると、ふぅ、とため息を吐いて、しゃがんで壁にもたれかかる。
「ここまで来れば大丈夫かな……。それにしても、おかげで眠気が吹っ飛んだ」
そんなことをぶつぶつ呟きながら、レミアは改めて膝を確認する。
「洗った方が良さそうだな……。あとでね」
レミアは数分休んでから、再び立ち上がる。えーっと、水道水道……、とウロウロして、紅茶を淹れたときのように、またもや水の魔法を使えばいいことに気付く。
「水の魔法ってもしかしてめちゃくちゃ便利……!?」
そして、レミアは呪文を唱えようとしたところで、新たな可能性にも気付いた。
(いや、流し場もないような室内で傷は洗えなくない!? やっぱ水道じゃん!)
「いや違う! 医務室に行けばいいんじゃない!?」
レミアは一人で右往左往あーだこーだ言って、結局医務室に頼ればいいことに気付く。今まで虐げられて怪我をしていたときは、事をあまり大きくしたくないばかりに、医務室には行っていなかった。だから、医務室の存在がすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
(っていうか、傷を治す魔法を自分で使えればなー……)
レミアは医務室に向かいながら、治癒魔法に思いを馳せる。
こればかりは、他の魔法と違って練習云々でどうにかなる話ではなく、適正がないと全く使えない魔法なのだ。何回か練習してみたことがあるが、呪文を唱えたときに自分の中で魔力が流れる気配が1ミリも感じられなかったため、適正はないと判断していた。
「そうだ、今ならいけるか……?」
そんなことがあるはずがないのだが、レミアは呪文を唱えようとする。
──すると、
「あ! レミア! ここにいたんスね! やぁっと見つけた……」
「ロ、ロイリー先輩……!?」
廊下の曲がり角からにゅっと顔を出したのは、ロイリーだった。
「あーー!! めっちゃ痛そうじゃないッスか!」
そう言って、ロイリーはレミアの膝めがけて近付いてくる。
「えっ!? あっ、すみません! お見苦しいものを……!」
何が起きているのかよくわからず、レミアはとりあえず、傷には触れないように膝を手で隠す。
「わっ、隠さないで欲しいッス! ちゃんと症状見てから治したいんで!」
「へ?」
レミアがきょとんとしていると、膝を隠していたはずの、その手をロイリーがどかす。そして、傷をまじまじと観察して、ぶつぶつと呟き始めた。
「んー、擦り傷と切り傷、あとは軽い打撲ッスかね……。うん、オッケーッス!」
ロイリーはそう言うと、聞いたことのない呪文を詠唱し始めた。それと同時に、優しい緑色の光がポワポワとレミアの膝を包み始める。その光が包んでいる箇所は、少しじんわりと温まるような感じがした。しばらくして、その光が消えていくと、膝の傷も痛みも綺麗さっぱり消えていた。
「え!? 治ってる!?」
「大丈夫そうッスか? 一応曲げ伸ばしとかしてみてもらっていいスか?」
レミアは言われた通りに膝を片方ずつ、前に持ち上げて曲げ伸ばししてみる。
全く痛くないし、いつも通りを通り越して、もはやいつもより足が軽い気までしてきていた。
「え!! すごいすごい!! 今のって治癒魔法ですよね!? ロイリー先輩、治癒魔法の使い手だったんですか!?」
「ま、まぁ……。そんな大げさに言われると照れるッスけど……」
「いやいやいや! だって治癒魔法適正がある人って大体1000人に1人って言われてるじゃないですか!」
レミアは、照れて気まずそうにしているロイリーを、無自覚素直褒め攻撃でどんどん追い詰める。
「えぇ……、そうだったッスか……?」
「そうですよ! 適正があるだけでもすごいのに、こんなに高精度の」
「いた」
突如、レミアの興奮した高い声が、地を這うようなものすごく低い声に遮られる。
2人が思わずビクッとしながら声のした方向を見ると、そこには射るような目をしたアンバーが立っていた。
(ヒィ!! アンバー……くん、だ……!)
「ロイリー先輩、俺のこと巻きましたよね?」
「え、えぇ……? 何のことだか……」
アンバーはズンズンとロイリーの方に近付き、壁の方にどんどん追い詰めると、そのまま捲し立てる。
「ロイリー先輩は人だかりに囲まれてたし、俺にはファンとかいないから、絶対追いつけるはずだったんですよ」
「だ、だから何のこと」
「しらばっくれても無駄ですよ! こいつに! 治癒魔法! 使ったでしょ!! こんなかすり傷にロイリー先輩の大事な」
「アンバー」
途端、空気がピリつく。
周りの空気が、数度、下がったかのようにも錯覚した。
ロイリーがアンバーの目をしっかり見据え、ハッキリとアンバーの名前を呼んだ。ただそれだけだったが、目の前にいたアンバーだけでなく、その場にいたレミアまでもをすくみ上がらせる何かが、そこにはあった。
「女の子に”こいつ”って言っちゃダメだよ。あと、かすり傷って言った? レミアの傷、ちゃんと見た? 痛みを想像した? 俺の治癒魔法のことを大層なものだと、大事に思ってくれるのは嬉しいけど、そういうこと言うのはダメだよ」
「……ぁ、う、えと……、はい…………。ご、ごめんなさい……」
ロイリーが、見たこともないほど真剣な顔と、聞いたことのない口調で、ゆっくりとアンバーを注意すると、アンバーは目線を忙しなくきょろきょろとさせ、オロオロとしながら謝った。
そんなアンバーの様子を見ると、ロイリーは視線を合わせるように背を低くした。そして、その癖毛の黒髪をふわりと触ると、そのまま頭を優しく撫でる。
「……大丈夫だよ。嫌いになったりしないから。それに、レミアは自分で転んだんじゃない。誰かに転ばされた。これは、レミアの不注意で出来た傷じゃない。本来、受けるはずのなかった痛みだよ」
そう言って、ロイリーがレミアの方を見る。それに釣られるようにして、アンバーもレミアの方を見た。
「「……あ」」
二人きりの世界に浸っていたアンバーとロイリーは、やっと、レミアという聴衆がいることに気付いたらしい。
(きっ、気まずいよーーー!!! たすけて~~~!!!!!)
レミアは、その場にいないルクスとクラリスに、必死に祈りを送っていた。
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