【第46話】クラリス・ホンジール④
「……もーし! もしもし! あ、目が覚めたみたい」
「! ……?」
クラリスは、強めに肩を叩かれ、目が覚める。
目の前には、世にも美しい男の子がいた。薄っすらと青みがかったシルバーの髪は、月明かりに照らされて透けるように輝いていたし、蒼い瞳を縁取る長いまつ毛も、月光を反射してキラキラと光っていた。
(……王子様だわ)
彼を一目見て、クラリスはそう思った。
ちょうど最近、クラリスが密かにハマっていた恋愛小説の王子様に、彼はそっくりだったのだ。
家族から虐げられてきた少女が、ひょんなことから王子様に見初められ、結ばれるあの話。
そんな話の主人公みたいなことが、自分にも起こっている。
まるであの小説の出会いみたいだ。
「大丈夫?」
「……ぁ、えぇ。大丈夫よ」
なんとなく恥ずかしくて、少しだけ強がって答えてみたが、よく考えてみれば全然大丈夫ではなかった。段々と醒めてきた頭は、色々なことを思い出し始めていた。
森で迷ったこと、ひとりぼっちで心細かったこと、見つけてもらえたこと、安堵したこと。その全てが急に襲いかかり、「大丈夫」と言ったそばから、クラリスは突然顔を歪めて泣き始めた。
「わお、泣いちゃった」
その様子を見て、ルクスが珍しいものでも見るようにそう言う。
「こら、ルクス。ごめんね、お嬢さん。お名前はわかるかな?」
ルクスの後ろにいた男性は、前に出て膝をついてしゃがみこむ。そして、座り込んでいるクラリスの目線の高さまで合わせると、そう聞いた。その後ろには、隠れるように小さな女の子が立っていた。月光を背に、緩くウェーブを描いたプラチナブロンドが、透けるように薄っすらと光る。逆光ではあったが、これまた彼女が息を呑むような美しさで、まるでお人形のような容姿なのは明らかだった。
「……クラリス・ホンジールです」
「クラリスさんだね。じゃあお家の場所はわかるかな?」
「……わからなくて、迷ってしまいました。住所は、言えます」
「そうか、偉いな。私に教えてくれるかい?」
「はい……」
そうして、優しく聞いてくれた男性に、クラリスは自分の住所を伝えた。
「そうだね、そこならそんなに離れてないが……、君の足では随分と歩いただろう。馬車に乗せてあげたいところだが、生憎ここまでは入れなくてね。馬でも良ければ、乗せて送ってあげよう」
「……いいんですか……?」
(……あぁ、助かったんだわ)
クラリスはホッと安堵のため息を吐く。
しかし、また新たな不安が頭の中を占めた。
(この人たちを信用していいの?)
よく読んでいる物語では、安心したときや、幸せな展開に向かうと思ったときこそ、それが反転するのが定石だった。
だから、クラリスはどうしても不安が拭えなかった。
見ず知らずの自分に、どうしてこんなに良くしてくれるのだろう、もっと更なる不幸がこの先に待っているんじゃないか、そんな考えが過る。
しかしその一方で、こんな小さな子どもが森で倒れていたらこうなるか、と傲慢にも冷静に考えている自分も頭の隅にいた。
「もちろん。さぁ、立てるかい? まずはあのコテージまで帰らなきゃ」
そう言って、男性はクラリスの左側の森を指差す。クラリスは、それにつられて左側に顔を向けた。よく目を凝らして見れば、木々の隙間から、小屋の明かりが漏れ出ていた。
(……どうしてあのコテージに気付けなかったんだろう)
湖まで走ってきたあの時の自分が、自力で助かる手段に気付けなかったことに少し悔しさを覚える。
そんなことを思いながら、クラリスが立ちあがろうとすると、思うように足に力が入らず、フラリとルクスの方に倒れかかってしまった。
「おっと、大丈夫?」
ルクスは、自分よりも背が低かったし、スラリとしていたから潰してしまうかも、とクラリスは不安を覚えたが、意外にも彼はしっかりとクラリスを支えた。思いの外、体幹が強いのかもしれない。
「ご、ごめんなさい」
「いいよ。僕が支えるから、あそこまで一緒に歩こう」
「……ありがとう」
クラリスは少し赤らんだ頬を隠すように下を向いた。
そうして、湖に沿って歩き始めた2人を見守るように、男性と少女が後ろをついて歩いた。
「僕はルクス。君はクラリスだっけ? どうしてこんなところにいたの?」
「……考えごとをしていたら、迷い込んでしまっていたの」
「考えごと? 何を考えていたの?」
「私は正しいことをしているのか、それとも、間違っているのか……」
グイグイと質問を重ねてくるルクスに、クラリスはぽつり、ぽつりと答える。
「ふぅん。それは答えが出ることなの?」
「……え?」
「考えたら、正解って見つかるの? 誰かが、まるばつを付けてくれるの?」
クラリスはハッとして、思わず立ち止まる。それに合わせるようにして、ルクスも足を止めた。後ろの2人は、やや遅れるようにして、談笑をしながらゆっくりと歩いていた。
「あ、ねぇ見て。湖に映る夜空がとても綺麗だ」
ルクスは右横の湖を見て、突然そう言う。
(今……? たしかに綺麗だけど……)
クラリスは、ルクスのその自由さに少し困惑する。でも、たしかに湖は綺麗だった。1つの揺れもない、鏡のような静かな水面が、満天の星空をそのまま写していた。
「君は今どう思った? 僕の行動は正解だと思う?」
「え……」
唐突にそう聞いてくるルクスに、クラリスはまたもや困惑した。彼は、ジッとクラリスの瞳を見つめたまま、口を開かない。答えるのを待っているようだった。
「……そうね、他人と話しているときは、あまり唐突に別の話題を持ち出すべきではない気がするわ……」
「そうだね」
そこでルクスはこくりと頷いた。そして、続けてこう言った。
「でも、じゃあ忘れない内に、君にも綺麗な景色を見せたいと思った僕は間違い?」
「……」
そう問われ、クラリスはじっくりと考えてみる。彼は間違っていたのか。
でも、いくら考えても、自分の答えも、彼の行動も間違いだとは思えなかった。
「……間違えては、いないと思うわ。素敵な考えだと思う。……だけどやっぱり、あまり関係のない話は割り込ませるべきではないと思うの……」
すると、ルクスは、ふふ、と今日初めて笑顔を見せた。
「そうだよね。どっちが正しくて、どっちが間違いかなんてないんじゃないかな。今やったみたいに、君自身がこれはこうあるべきだ、と信じたいものを信じたらいい。僕は、そんな風に自由に生きている」
「……」
クラリスは、目から鱗が落ちたかのような衝撃を受けた。今まで、そんな考えをしたことがなかった。でも、彼が言っていることが、とても腑に落ちたから、感動したのだ。
「あ、ありがとう……」
やや放心状態でそう言ったクラリスを見て、ルクスはまた、ニコリと笑った。
「どういたしまして」
そして2人は、並んで歩き出す。
クラリスはもう、ルクスの肩を借りずに自分の足で歩いていた。
夜空を彩るたくさんの星々が、彼らを静かに、優しく、照らしていた。
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