【第45話】クラリス・ホンジール③
「今から7年くらい前……。そう、あれは、私が10歳くらいのとき──」
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キラキラと陽を反射する、ハニーブロンドの髪に、熱い正義感を宿した、まっすぐで鮮やかなエメラルドの瞳。
幼少のクラリス・ホンジールは、今まさに目の前のクラスメイト1人と言い合い──否、討論をしていた。
「なんでさぁ、クラリスちゃんは何でも先生に言っちゃうの?」
「だって、やってはいけない、と言われていることをしていたから」
放課後の誰もいない教室内。目の前の少女が不満そうな様子でそう言うと、クラリスは淡々と答えた。
授業中、後ろの席から小さいメモのような手紙が回ってきたのだ。内容は、「ハンルー先生とタフメ先生、どっちがイケメンだと思う? 好きな方に♡書いて!」といったようなものだ。授業中に授業と関係ないことをしてはいけない。今はそのことについて議論している。
「そんなのみんなわかってるんだよ。いっつもいっつも雰囲気ぶち壊してさぁ」
「……なぜ、責められているのかわからないわ」
「…………はぁ。そういうとこだよ。何でも正しいこと言っておしまい? 空気はガン無視? だから友達いないんだよ」
「なっ……!」
そう言われたクラリスは、頭に血が昇ってカッとなる。しかし、すんでのところで呑み込み、冷静に言葉を発する。
「……それは今は関係のない話よ」
「"友達いない"は否定しないんだ?」
しかし、クラスメイトは薄く嘲笑うような調子でそう言って煽ってきた。
クラリスは考える。
友達と呼べる者がいないのは事実だし、彼女の言うことは間違っていない。そう思った。
「……それに関しては、あなたが正しいかもしれないわね」
「はぁ? ……またそれ? 正しいとか正しくないとかウザッ! 人生つまんなそ」
「……」
目の前のクラスメイトは「話になんないや」と言い捨てて、その場を去ってしまった。
クラリスは立ち尽くしたまま、何がいけなかったのか必死に考えていた。どこが気に入らなかったのか、彼女は全く教えてくれなかった。
***
帰り道、クラリスは背負った鞄の肩ベルトをぎゅっと握りしめながら、自分の靴だけを見つめて歩く。
(いけないことは、いけないんじゃないの? 規則を破っていたら、先生に報告すべきなんじゃないの? どうしてダメなの?)
さっきからずっと、クラスメイトに言われたことについて考えていた。
(でも、私が間違ってて、皆は合ってるんだ……。だって、私に友達がいないのは、私と同じ考え方の子がいないってことだもの)
途中、足に当たった小石を蹴りながら歩く。
(じゃあ、これからは……、いけないことをしてる子がいても、見ないフリをすればいいの……? でも、やってはいけないことには、必ず理由があってダメですよってなってるのに、それなのに、どうして、どうして……)
そこで、クラリスはハッと顔を上げる。明らかに、いつもより歩きすぎている。家はこんなに遠くなかったはずだった。
目の前には、知らない森が広がっていて、遠くの方から、水音のようなものも聞こえてきていた。
「ここ、どこ……」
クラリスは森と、水の音、という情報から、学校の周辺を思い描く。確か、家から1キロほど離れた場所に、そんな場所があったはずだった。
「ど、どうしよう……」
クラリスは、ただでさえ心がモヤモヤしていたのに、さらに強い不安を感じて、思わず泣きそうになった。
「か、帰らなきゃ……」
そして、少女は出口を求めて森を彷徨い続けた。
3時間ほど経っただろうか。永遠にも感じられるような時間を過ごしたが、出口など全く見つからないまま、陽が落ちて空は暗くなっていた。
「お父さん……お母さん……」
クラリスの瞳からは、堪らず涙がこぼれ落ちる。
ひっくひっく。
「ご、ごめんなさい。わたっ、私がみんなにわ、悪いこと、した、っから、バチが当たったんだぁ……」
(私、ここで死んじゃうのかな……)
クラリスが顔をぐちゃぐちゃにしながら歩いていると、目の前の空間が何やら明るいことに気付く。
「だ、誰かいる……!?」
クラリスは希望を胸に、こけそうになりながら、そこまでダッシュで向かった。
──しかし、目の前にあったのは、月の光を反射して光り輝く、大きな湖だけだった。
「あ……ぅ、……うわぁああん」
クラリスはその場に崩れ落ちる。もう、希望を持つ気力も残っていなかった。
迫り上がってくる涙が止まらなくて、泣き続けていたら、いつのまにか気を失ったように眠ってしまった。
そんな彼女から200メートルほど離れた場所のコテージに、1人の少年がいた。
「ねぇ、今、女の子の声がしなかった?」
薄っすらと青みがかった、透けるようなシルバーの髪に、色素の薄い蒼い瞳。誰もが息を呑むような、美しい容姿の少年が、隣に座る少女に向かってそう言う。
「えーー!? しないよ!? おばけ!?!? 怖い怖い!!! やだやだやだ!! パパーーー!!!!!」
ふんわりと巻かれた、腰ほどまでのプラチナブロンドの髪を靡かせ、少女は部屋の隅の椅子に腰掛けている男の元に、一目散に駆け寄った。
その男性は、飛び込んできた少女を抱き抱えると、少年に向かって淡々と声をかける。
「こら、ルクス」
「だって、聞こえたんだよ。お父様も聞こえたでしょ?」
「……ん〜、そうだな」
「えぇ!? パパ……!?」
全く表情を変えずにけろりとそう答える父親を見て、少女は驚く。絶望に満ちた顔をして、ゆっくりと父親の膝から降りると、そのまま数歩後退り、父親と少年のどちらからも距離を取るように真ん中に留まった。
「……確認しに行こうか」
男性はそう言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、腰を伸ばした。
「そう来なくっちゃ」
ルクスも解いていた問題集をパタリと閉じて立ち上がる。
「えぇ……、パパ……、お兄……」
「ルーシー。怖いなら待っててもいいよ」
「え、や、やだ……! い、行く……」
少女は怯えながらも、父親の服の袖を掴み、仕方なくついていくことにした。
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