【第3話】初めての出会い②
こちらのお話、話の筋は変わっていませんが、改稿で描写がかなり追加されています。
「座って」
男はベンチに腰掛け、空いている自分の隣を指差す。レミアは指示された通り、男の隣に腰掛けた。
「これ、あげる。今食べてもいいし、持って帰ってもいいよ」
男はレミアに対し、焼き立てのパンが2つ入った紙袋を手渡す。
「どうしてですか? あなたのものですよね?」
「俺がそうしたいから」
「…………どうしてですか?」
レミアはなぜ彼がそうしたいのか全く検討が付かず、もう一度同じことを聞いた。
「……放っとけないの。困ってる奴がいたら。ただの俺のエゴ」
彼はフイとそっぽを向いて答える。どこかイライラしているようにも見えた。同じことを2回聞いたのが気に食わなかったのかもしれない。
とは言え、目的……というか、相手の行動原理がハッキリして少し安心する。
「いらなかったら小鳥にでもあげて」
途端、それに返事をするように、レミアのお腹がぐきゅるるるる、と大きく鳴る。
「…………いただきます」
さすがに少し恥ずかしい。
背に腹は変えられないレミアは、パンをありがたくいただくことにした。
「うん、どうぞ。あったかい内に食べな」
「……ありがとうございます」
レミアは紙袋を開き、中のパンを覗き込む。ベーコンが燻された香ばしい香りがする。中には小さい紙袋がもう一つ入っており、それを開くと、バターとシナモンの甘い香りが鼻をくすぐった。
(美味しそう! 本当にお腹が空いてたからありがたい……けど)
レミアはチラと隣の男を盗み見る。やっぱりまだ彼のことは信じきれない。だから、パンを取り出そうとして、しばし固まってしまう。
(本当にもらっていいのかな?)
遠慮と警戒が混ざった気持ちで自問する。
「どうしたの? もしかして、どっちも苦手だった?」
レミアはブンブンと横に首を振る。どちらも本当に喉から、いや、もう胃から手が出てくるほど食べたいのだ。いつもだったら到底ありつけることのない豪華な食事だった。
(やっぱり、食べちゃう前に不安は解消しといた方がいいよね……?)
そう考え、レミアはおずおずと口を開く。
「……これを食べたらお金とか、何か対価を要求しますか?」
もし要求するとして、相手はここで素直に「はい」などとは言わないだろう。聞いて失敗したな、とレミアはすぐに後悔した。
「……え、俺そんな極悪非道に見える?」
レミアは少し迷ってから小さくこくり、と頷く。
「……ちょっとだけ」
その反応を見て、彼は目を見開いたかと思うと、豪快に「あはははは!」と笑った。
「頷いちゃうんだ! はは! あはは!」
なぜそんなにも笑っているのかわからないレミアは、ぽつんと置いてかれたように彼が笑うのを見守っていた。
「あは! はーーーーーーー。あ~、笑った」
彼はふぅ、と息を整えると、「久しぶりだな~、こんなに笑ったの」と呟いた。
「いいね、正直だね。君、名前は?」
「え? 名前? レ、レミア・ミューです」
急に名前を聞かれ、咄嗟に答える。
「レミアか。俺はエドワルド。エドワルド・サンダー」
エドワルド、と口の中で繰り返す。そういえば、自己紹介なんてされたのは久方ぶりだった。
「レミアはどうして俺が極悪非道に見えるの?」
「えっと……、極悪非道に見えるっていうよりかは、なんていうか……感情が見えないんです。さっきのパン屋でのやりとりでも、態度が急に変わって怖いっていうか、うーん、違うか……。なんだろう……」
レミアはそこでしばし悩み、あ、と言って閃いたかのようにぽんと手を打つ。
「瞳が、濁っています」
言い終えてすぐ気付く。
(まずい……! 正直に言い過ぎた!)
恐る恐る彼の方を確認すると、「フッ、ンクッ……」などと声を漏らしながら、笑いに耐えているようだった。
「す、すみません……」
「いや、いいよ。ッフ。俺、正直な方がいいし。周りの人たちなんかさ、隠してばっかだからさ」
そこで切ると、彼は顔から表情を消して遠くを見つめる。それから下を向いて、低い声で伏し目がちに呟いた。
「ほんとに、隠し事ばっか」
ほら、こういうとこが怖いんだ。
「そう、ほんとのことは教えてくれない……」彼はポツリと呟いて続ける。
「レミアが俺を怖がってたの、これもあるでしょ?」
そう言ってエドワルドはピンズが嵌め込まれたペンダントを見せる。
「これさ、たぶん本物じゃないんだ」
彼は手に持ったピンズをそのまま陽の方にかざした。
それで本物との区別がつくのだろうか?
ピンズを手にしたことがないレミアは、そんなことを考えながら、彼のピンズを見つめる。
「まぁわかんないんだけどね。教えてくれないから」
「そうなん……ですか?」
そういえば彼はさっき、"たぶん"と言っていた。
「レミアはピンズ……忘れただけ?」
レミアはフルフルと首を横に振る。
「もらったことないです。魔力が0なので」
「……そっか」
少し驚く様子はあったものの、レミアの回答には特に何も突っ込まず、エドワルドは正面に向き直って続けた。
「ピンズの偽物を作ったり、所持したりするのは違法……って知ってるか。 変なやつはもらわないようにね」
レミアの顔をジッと見つめてエドワルドは言う。少し切ないような、困ったような複雑な表情を浮かべる彼は、今までで一番人間らしかった。
「ぇと……はい」
「うん」
違法なのか……、じゃあその偽物かもしれないピンズを持っている彼は一体……?と複雑な気持ちになりながらレミアが答えると、エドワルドは優しく笑ってそう言う。頭を撫でようとしたのだろうか、レミアの頭の上に伸ばした手を着地させることなく引っ込めた。
「……パン、食べなくて大丈夫そう?」
「あ……、い、いただきます」
そう答えたものの、この空気の中で食べるのはなんだか少し気まずい。レミアはそそくさと紙袋を開けると、食べやすそうなベーコンエピの方を選んで少し齧った。
「ん、お、おいしい……!」
焼きたての香ばしい匂いと、燻されたベーコンの香りが鼻を抜ける。パンの外側はカリッとしていて、中はもちもちと弾力があった。ベーコンの塩気はちょうど良く、パンの甘みと合わさって何とも幸せな味がする。
思わずエドワルドの方をバッと見ると、「よかったよかった」と言ってニコニコと笑っていた。
ぱくぱくと食べていくうちに、気付けばベーコンエピは手の中から消えていた。
(あれ、おかしいな。さっきまで持ってたんだけど……)
そのあまりの美味しさは、記憶を喪失するレベルだ。
レミアは続けてアップルパイを取り出すと、躊躇せずにぱくりとかぶりつく。パリッとした薄いパイ生地がほろりと崩れ、中から熱々の林檎がとろけ出す。甘〜い甘いハニーアップルに、ほんのり、シナモンの香り。バターの風味も合わさって、こちらも最高に幸せな味だ。アップルパイも、気付けば一瞬で食べ終わっていた。
「ごちそうさまでした!」
「うん、良かった」
ハッ!としてエドワルドの方を見る。食べるのに夢中で、隣にいるのを忘れていた。
「ほ、本当にありがとうございました」
レミアが深々とお礼をすると、彼は嬉しそうに笑った。本当に、困っている人を助けるのが好きなのかもしれない。
「じゃあ、お腹も満たされたとこで、そろそろ帰ろうか」
「あ、……はい」
なぜだろう、まだ離れたくないと思った。まだ話していたかった。
私に魔力がないことを知っても冷遇しなかった。優しくしてくれた。
この人は何を考えているのだろう。どんな人生を歩んできたのだろう。
この人を、もっと知りたかった。
「あの……」
「ん?」
相変わらずエドワルドは優しく聞き返す。
言うべきか迷った。こんなことを感じている自分にも驚いている。でもここで、言わなきゃ。ずっと後悔するような気がした。
「また、会えますか?」
「もちろん」
彼はにっこりと微笑む。優しげで、どこか機械的な笑顔だ。でもそんな笑顔を向けられてもちっとも悲しくなかった。彼がこんな顔をしてしまう理由はこれから知っていくのだ。
「じゃあ、来週もこの広場で会おうか」
「はい。じゃあ、また来週」
レミアはしっかりと返事をする。聞き違えることがないよう、言い違えることがないよう。来週もまた、この地で顔を合わせられるよう。
「うん、また」
時間や場所を約束して、私たちは広場を後にした。
誰かと未来の約束をしたのは、これが初めてだった。
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