【第37話】背中
「発音が違うのよ」
クラリスはそう言って、レミアの方にゆっくりと歩いてきた。
「クラリス先輩……!? え、なんで……」
「あなたの発音はqを意識しすぎているわ。消えるように添える程度でいい。それから、語尾のイントネーションをもう少し下げて。こんな風に」
クラリスは、驚くレミアをよそに、スラスラと改善点を告げると、流れるようにお手本を見せた。
「ouwlq lu fdeopn」
すると、クラリスの指先から……水が出るのではなく、手を向けた先にある樹の下の草あたりから水の流れが生まれ、それが螺旋状になって樹の幹を囲んだ。
「す、すごい……」
「あなたもやってみて」
「あ、は、はい……!」
クラリスの魔法に見とれていると、間髪入れず、レミアも実践するように指摘される。
「ouwlq lu fdeopn!」
レミアは言われた点に細心の注意を払いながら、呪文を言った。しかし、手の先の方を見ても何も起きない。
「さっきより良くなったわ。肩に力が入っているから力を抜いて。あとはイメージよ。水を絡み付けたい樹の下を見て。どこから水を持ってくる? 草から借りてもいいわ。でも地面の下の方が水がたくさんあるような気がしない?」
「は、はい」
「水の魔法は基本的に元素を自分で生み出す必要がないのよ。空気中から借りるイメージが一番楽かもしれないわ。雲が多かったらそこから借りてもいいし」
「な、なるほど……」
(そうなんだ……)
レミアは素直に感心する。今まで自分でどうにかしないといけないと思っていたのだ。フートン先生の授業も初回以外はマンツーマンではなかったし、回数も多くなかったので、あまり詳しいことは聞けていなかった。
「はい、やって」
「……はい!」
レミアはごくりと唾を呑み込む。
やはり、クラリスの前だと緊張してしまう。でも、力が入っていると上手くいかないので、わざと肩にぎゅっと力を入れて持ち上げ、ガクッと落とす。それを3回ほどやると、少しだけ緊張がほぐれたような気がした。
それから、レミアは目の前5メートルほど離れた樹に狙いを定める。その樹の下、地面に含まれている水をろ過して借りるイメージを頭の中に描く。
そして、発音に気を付けながら唱えた。
「ouwlq lu fdeopn!」
すると、目の前の地面から水が噴き出し、雑な螺旋を描きながら一本の樹を囲んだ。
「……や、やった!」
レミアは目を見開いて驚く。自分でやったことだったが、歪な形ながらも上手くいったことに自分で驚く。
「で、できました! やったぁ!!」
あまりの嬉しさに、ピョンピョンとジャンプしながらクラリスに抱きつきそうになりかけて、ハッと我に返る。
「あ、す、すみません……」
気まずくて、恥ずかしくて、少し俯きながらそう言う。心臓がドキドキと脈打っていた。
「……顔を上げて」
そう言われて、レミアは様子を伺いながら、おずおずと少しずつ顔を上げる。すると、目の前のクラリスがじっと瞳を合わせてくるので、少し緊張した。
そして、クラリスが口を開く。
「おめでとう。すごいわ」
思いもよらない言葉をかけられて、レミアは顔をクシャッと歪める。
色んな感情が湧きあがり、涙となって瞳から溢れ出た。そのまま涙が止まらなくなって、肩が震える。
「ぁ、りがと……、ござ、……ます……っ」
口から絞り出した音は言葉になり切れず、嗚咽として漏れた。中々泣き止むことが出来ず、俯いて深呼吸をする。
すると、クラリスがゆっくりとこちらに歩み寄り、胸を貸すようにレミアを優しく抱きとめた。
そして、さらに涙が止まらなくなったレミアの背中を、宥めるように、ゆっくりと優しく撫でる。
***
しばらく経ち、落ち着いてきたレミアは、我に返ってバッとクラリスから離れる。
「ごっ、ごめんなさい……!」
「謝ることなど何もないわ」
「あ、ぇ、……、あ……あと、忙しいって言ってたのに教えてくれてありがとうございます」
レミアはクラリスの返答にやや困惑しながらも、そう言って深々と頭を下げる。
「……私は何もしてないわ。あなたの積み上げた努力が実を結んだだけ。それだけよ」
「そっ、そんなことない! クラリス先輩のおかげなんです……! 本当に元素系の魔法で詰まってて……。本当にありがとうございます!!」
謙遜するクラリスに、レミアは必死にそう言った。しかし、彼女は相変わらず全く表情を変えない。
でも、続けてこう言った。
「……元素付与系の魔法は、ものによって大事なことが変わってくるのよ。水は”借りる”ことが大事なの。火だったら、自分の中から起こすことが大事。石同士を打ち付けてもいいし、木の棒をこすって火を起こしてもいい。何でもいいから、火を生み出すイメージを自分の中に持ちなさい」
「あ、ありがとうございます!」
レミアは、そうなんだ!とまたもや感心しながらお礼を言う。
すると、クラリスはくるりと踵を返して向こうの方に歩き始めてしまった。
(え、行っちゃう……!)
レミアが、最後のお礼を言うために慌てて追いかけると、クラリスは立ち止まって、芝生の上に置いてあった鞄を持ち上げた。そして、その中から一冊のノートを取り出す。それは、使い古されているのか、少しくたびれているのが見てとれた。
「はい」
「え……?」
驚いたことに、クラリスはそれをレミアに差し出したのだ。レミアは、困惑してクラリスの顔とノートを交互に見る。
「私が昔使っていたノートよ。魔法のコツとかが書いてあるから、良かったら活用してみて」
「えっ……!? あ、ありがとうございます!」
驚きのあまり反応が遅れてしまったが、レミアはノートをしっかりと受け取った。
「じゃあ、本番、頑張ってね」
クラリスはそう言うと、鞄を閉じて歩き出す。レミアがノートを見つめていた数秒の間に、サクサクと遠くまで進んでしまった。
「あ、あのっ……! な、なんで」
レミアがそう叫んで呼び止めると、クラリスは立ち止まり、少しだけこちらを振り返る。
「……私も寮生なの。毎日あなたをここで見かけていただけよ」
それだけ言うと、また歩いて行ってしまった。
レミアはその背中に今日一番大きな声をかける。
「ありがとうございます!!!」
クラリスは特に反応を示さなかったが、この気持ちはきっと伝わった、そう思った。
レミアはノートを大事に手に持つ。
また、涙が頬を伝ったが、それをすぐに手で拭った。
涙が下に落ちないように空を見上げ、そして、前を向いて呟く。
「ラストスパートだ」
夕暮れの、青とピンクが溶け合うような綺麗な空が、その背中を静かに照らしていた。
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