【第2話】初めての出会い①
「だーかーら、魔力証明ピンズを見せな」
「え? いつもはなくても買えますよね?」
「今日は原材料の入荷状況が悪いんだ。身分が上の奴が優先だよ。ほら、見せな」
今日は休日。
レミアは学園付近の街に食料調達に来ていた。
寮で支給される食事は量も少ないし、毎日同じなのでさすがに飽きる。だからこうして週に1度、休みの日に街でパンを買ったりしているのだ。
ところが今日は魔力証明ピンズがないと買えないという。魔力証明ピンズは、数年に1回、公的機関で魔力量を測ったり、試験や検査を受けることによって正式に授与される、貴重な身分証のようなものだ。
レミアは当然、魔力証明ピンズなんか所持していない。
店主のおばさんとは約1カ月間毎週会っているため、顔見知りだ。おまけにレミアが魔力証明ピンズを所持していないことも知っている。
(それなのにこの言いよう……!!)
しかし、いくら理不尽に怒っても、この店はレミアの御用達……というよりも、ピンズなしで適正価格で買える店などここくらいしかない。
関係を悪化させるわけにはいかないため、レミアは抑えられない怒りが顔にも声にも出ないように気持ちを落ち着けた。そして平静を装い、少しだけ笑みを貼りつけながら告げる。
「じゃあ、いいで──」
「おばさん、これとこれちょうだい」
レミアが言い切るよりも先に、誰かが割り込み注文をしてくる。声がした方を見ると、やたら顔の整った男性が立っていた。
(彫刻にでもなってそうな顔……)
くっきりとした二重に、スッと通っていて、顔の印象を邪魔しない鼻筋。中性的な印象があるが、アーチを描きつつもややキリッとした眉が、顔立ちを男性的に見せていた。
そして、肩ほどまで伸びた白橡色の髪の毛を、キュと後ろで一つに結んでいる。
その男の指の先を追いかけると、こんがりと焼けたベーコンエピと、バター&シナモンが香る、黄金色に焼きあがったアップルパイを指していた。
(いいな~。まぁまぁ上位の人なんだろうな)
レミアは思わずぐぅとなるお腹を押さえ、これ以上食欲が刺激されないよう、店を離れようとした。すると、驚いたことに男はレミアの腕を掴み、引き留めた。
先日、腕を傷つけられたのが記憶に新しいレミアは、同じ状況に思わず身構える。
(……殺されるかも。私、もしかして何か気に障ることでもしちゃったかな)
身分は魔法の実力にほぼ直結する。身分が高いということは、それだけ強いということだ。
(この人、何色だろう……?)
「魔力証明ピンズを見せな」
店主がちょうどいいタイミングで、彼にピンズの提示を求める。
「はい」
彼は宝石型のピンズが嵌め込まれたペンダントの紐部分を無造作に持ち、店主の顔の前に掲げた。
「ふむ、青かい」
(青……!?)
レミアの顔からサーッと血の気が引く。一刻も早くこの手を離してほしかった。
ピンズの宝石の色は、身分が高い方から順に、紫→青→水色→緑→黄色→オレンジ→赤、だ。もちろん、ここに挙げていない中間色の場合もあり、わりとグラデーションだ。
中でも、紫、青の保持者は稀少な存在で、かなり上位になる。彼はその、青だ。
「いや~でも水色に近い方の青なんで! で、ところでこれ、買えますか?」
ハハ~!とヘラヘラ笑いながら言ったかと思うと、今度は真顔に戻って先ほどのパンを指さす。
なんだか怖い人だ。寒気がする。
「……ぁあ、構わないよ。持ってきな。合わせて5.7ルペだよ」
店主も少々慄いているのか、いつものような覇気がない。
「ありがとうございま~す! え~っと……」
男は財布をまさぐり、それから中身を覗き込むと、「あ」と発して一旦止まる。
(まさか…お金足りないのかな……?)
レミアも店主も少し緊張した面持ちで男の次の行動を静かに見守る。
「ぴったりないんで6ルペでもいいですか?」
「……ぁあ、もちろん構わないよ」
店主は拍子抜けと安堵を両方感じさせる声色でそう答え、男からお金を受け取る。それから、お釣りを渡し、続いてパンを紙袋に詰めて渡した。
受け取ったお釣りをチャリ、と財布に落とし、紙袋を片手で掴んだ男はレミアの方に向き直って、
「さ、行こうか」
と告げた。
レミアはごくり、と唾を呑み込み、勇気を振り絞って答える。
「……どこにですか?」
「え? あそこのベンチだけど。これ、一緒に食べようと思って」
「へ?」
さも当然かのように答えてパンの入った紙袋を掲げて答える男にレミアは困惑する。
(一緒に……食べる? え、私パン買えてないけど……。まさか、「お前をパンと一緒に食う(殺す)ぞ」的な……?)
(あぁ、でも)
レミアはふと考える。
(生き永らえて、こんな人生を続けるんだったらいっそ、ここで命を終わらせてもらう方がいっか……)
痛いのは嫌だけど、死ぬのは少し怖いけれど、この人生にはもう、何の期待もない。
そんな覚悟を決めているレミアをよそに、男はどんどん広場のベンチの方まで向かってしまう。
「あの……」
「ん?」
レミアが控えめに声をかけると、男は立ち止まり、振り返って優しそうな声で次の言葉を促した。
「私を……」
「ここで殺すんですか?」
少し言い淀んでから、意を決して聞く。
すると、男は今の言葉が理解出来なかったようで、目を見開いた表情で、たっぷり間を空けてから「え?」と短く声を発した。
「え? ……えっと……? なんで?」
(違うのか、じゃあ何だろう)
一体こんな自分に何の用だろう、とレミアは思考する。利用できるような価値も方法もないだろうから、きっとそれも違う。
(目的がわからない人間が一番不気味だな)
「じゃあ……、憂さ晴らしに使うとかですか?」
色々考えて、じゃあこれだろうか、と思ったことを口にする。とにかく何が狙いなのか知っておきたかった。
「…………ッ」
レミアが真顔でそう言うと、男は更に目を見開き息を呑むと、顔を強張らせた。そして悲しそうな顔をすると、ものすごく穏やかな声で
「……おいで」
と言ってレミアの手を優しく引いた。
白橡色…薄茶色