【第22話】内緒話
「よし、行ったな」
ロベルトは、レミアと見張りの女性が出て行くのを確認してそう言う。
「そうだね」
途端、物陰から黒猫がするり、と出てきてそれに答えた。
「ノア、煙草休憩行くぞ」
ロベルトはいたずらっぽく笑うと、白衣の胸ポケットからたばこの箱らしきものをチラつかせる。
「……驚いた。君が煙草なんて吸ってるとこ見たことないけど」
「本物じゃねぇよ。俺がサボるためだけに生み出した煙草魔道具だ。燃え方と煙の再現度の高さが自慢のな」
「何やってんだか」
ノアは呆れ顔でやれやれとロベルトを見る。当のロベルトはなぜか窓の鍵を弄っていた。
「喫煙所に行くんじゃないの?」
「まさか。冗談よせよ。ホンモノ吸ってる奴の近くで、たばこじゃねぇもん吸ってたら秒でバレる。俺らが今から行くのは、外だ」
「あー、なるほどね」
ノアが外に目を向けると、そこには一面の草原が広がっており、ところどころに不思議な実を付けている、不思議な木が生えていた。
「温室……ってわけじゃなさそうだけど……。実験に使う樹木かな?」
「まぁそんなとこじゃねぇの? 温室じゃ上手く育たないとかだろ、たぶん」
俺もよく知らねぇけど、とロベルトは付け足す。
ようやく窓が開いたらしい。カチャリと音がした。
「よし、やっと開いたぞ」
「ん〜、気持ちのいい風だね。
最近暑くなり始めたけど、なぜかここは春みたいだ」
ロベルトは、ノアの声がすぐ隣からして驚く。いつの間にか近くまで来ていたようだ。さすが、猫。
「そうだな」
ノアはそのまま軽やかにピョンと草原に降り立つ。ロベルトも続くかと思ったが、全く動く気配がない。
「どうしたの? 見張りの女性、戻って来ちゃうんじゃない?」
「いいか、ノア。俺は運動神経が悪いんだ」
ロベルトは恥じる様子もなく、堂々とそう言う。
「あ〜……。はいはい。そういうことね」
ノアは訳知り顔でそう言うと、ロベルトに浮遊魔法と、軽い身体強化魔法を施す。
「さすがノア」
そう称えると、ロベルトは軽々と飛んで外に着地した。
「やっぱ運動神経がいい奴ってのは憎たらしいな」
普段からこんなに身体を軽々と動かせる人たちが羨ましいのだろう。急に妬みを言い出した。
しかし、突然焦り始める。
「ヤベッ! 足音がする! おい、ノア! 防音結界と認識阻害結界!」
「まったく……人使い──、いや、使い魔使いが荒いんだから。ちゃんと対価を支払ってよね!」
そう言いながら、ノアはちゃちゃっと2つの結界を張る。
「もちろん。マタタビの枝──、いや、実!5個!」
「じゅる……いや、もう一声!!」
「クッ……足りねぇか……。今からやる情報で手を打ってくれ」
「……しょうがないね」
そう言うノアの顔は、マタタビの誘惑に弛んでおり、ヨダレが出かけている。
瞬間、パタパタ!ガチャ!!
と忙しない音が鳴り、今しがた抜け出した部屋のドアが開く。
「あ〜〜! やっぱりいない!! も〜〜〜〜!!」
女性はそう嘆くと、開け放たれた窓に近付き、外を覗く。
「やべ〜窓閉め忘れた」とロベルトが小さく溢す。
ノアの魔法の技術は信用しているものの、2人──1人と1匹は内心ドキドキしていた。何せ、2人は今、彼女のたった10mほどしか離れていない場所に立っているからだ。
「もう! 近くにもいない〜!! ヤバいよ〜! 所長に怒られる〜〜!!」
そう言って彼女はくるりと背を向けて部屋を出て行った。
「……っふ〜〜〜〜〜。っぱ気は抜けねぇな」
「当たり前だよ。相手が高位であればあるほど容易に見破られる」
緊張が解けた様子のロベルトに、ノアは淡々と言った。
「それにしても彼女、仕事のときと普段の様子が随分違うみたいだ」
「みたいだな。それにしても、ノア。さすがヨンナ先輩の猫だ」
「だ・か・ら! 僕は使い魔だって!!」
「わりぃわりぃ。でもやっぱ身体強化と隠密は強ぇな」
「フンッ! 僕のすごさを思い知ったか」
ノアはぷりぷりしたままだが、そんな談笑をしつつ、2人はなるべく部屋から離れた木陰に移動する。ロベルトは木に背を預けると、偽の煙草を取り出した。
「見てろよ」
そう言うと、煙草を口に咥え、吸ってから吐く。煙草の先には燃えかすのような色が付き、口からは本物そっくりの煙が出た。
「…………よく出来てるよ」
ノアはそれをジト目で眺めると、そう評価した。くだらないことに才能を費やしているが、よく出来ていることには違いないのだ。
「っし、サンキュ。じゃあ今日の結果から」
ロベルトは突然真剣な顔に戻ると、何の脈絡もなく話し始めた。
「魔力増加については、レミアにも言った通り。そんで、スキャンの方な。興味深いデータが一つ」
ロベルトはそこで切ると、ふぅーとたばこの煙を吐いた。
「かなり前。……おそらく産まれたときだろう。魔力貯蔵器官が損傷した形跡があった」
「……なるほどね。うーん……そうか、あの時、傷付いたから長らく魔力が体内で作られなかったんだろう」
ノアはロベルトからの情報に頷いた。
「魔力測定で"まずいな"と言っていた件は?」
「あれは、もしこのまま魔力が規格外に増え続ければ、初代"呪い子"と同じことが起きるんじゃねぇかと思って」
「……あり得る話だね。魔道具の作成は急いだ方が良さそうだ」
「そうだな」
2人はいつになく真剣な顔でサクサクと話を進めていく。ノアは重ねて気になっていたことを聞いた。
「そうだ、ロベルト。結局、王立研究所に来なくちゃならなくなった理由は?」
「あー……。その件だが、レミアにも話した通りだ。お国が俺の研究所に立ち入り検査したいと言ってきたから、それを断る代わりにここで一定期間勤務するって話。ここで重要なのは、なんで国がそんなこと言ってきたか、だ」
「そうだね」
ロベルトは煙草を吸うのに飽きたのか、フリをするのを忘れているのか、全く口に運ばない。
「どうやら、レミアの魔力発現に関して色々調べるために、どういった環境で育ったか調べたかったらしい」
「……じゃあ、レミアの秘密には気付いてないのかい?」
「……そうだな。あくまで急に魔力が発現したレアケースについて調べたいだけだろう」
2人はヒソヒソと声を落とす。一応結界内にいるため、誰かに聞かれる心配はないだろうが、思わず声を潜めてしまう。
「良かった。君の研究所の地下がバレたか、レミアの秘密がバレたか、どちらかかと思ってヒヤヒヤしたよ」
「今んとこはどっちも大丈夫だ。俺も開発中の魔道具の図面等が流出したら困る、つって断ったから、連中も気付いてないだろ」
「……そういうとこはさすがだよ」
「んで、鼻の良いお国のお犬様がお1匹」
「……?」
そう言うと、ロベルトはポケットから1枚のメモを取り出す。それをノアに向けて広げた。
――――――――――
自分に向かってきた魔法が跳ね返ったとのことだが、記憶が混濁しているものとみられる。
――――――――――
「王立病院院長、兼、医大臣のカトレア・シェンメリーからのメモだ」
「……? これの何が問題?」
ノアはそのメモを見て首を傾げる。至って普通のメモだ。
「検査資料の方には普通に"記憶異常なし"って書いてあった」
「……つまり?」
「魔法を跳ね返す魔法は存在しない。
レミアが魔法を跳ね返したのは魔法ではなく、何か別の力なのでは?、と暗に俺に伝えてきた」
ノアはその意味を噛み砕いているようだった。数秒、停止している。
「他の人にバレないようにだろうな。相当回りくどい伝言だよ」
「……彼女は味方?」
「さぁね。ただ、敵に回ると面倒かもな」
それにノアも頷く。
国に属し、さらにそのトップ層ともなると、彼女が物事に与える影響は大きいだろう。
「まぁ俺は、どんな状況になってもアイツを生かすよ。
ヨンナ先輩と、メルト先輩の……2人の……大切な子どもだから」
そう言うと、ロベルトは視線を落とす。
その横顔は、とても淋しげだった。
「……そうだね。僕も尽力しよう」
2人は遠くを見つめる。
さわさわと、そんな彼らの背中を優しく押すように、緩やかな風が抜けていった。
情報多くてすみません。
伏線の撒き忘れと回収忘れがないか、日々不安です。
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