【第21話】王立研究所③
ロベルトが詠唱を終えると、足元にあるピンクの魔法陣がポゥッと光りだす。
その光が海辺の波のように足を呑み込んだかと思えば、そのまま上昇して、魔法陣が体を通過して頭まで昇り、やがてフワリと消えた。
すると、魔法陣が描いてある黒い布に付属していた四角い箱が何やら長い1枚の紙を吐き出した。
ロベルトはそれをしゃがんで持ち上げる。サッと目を通すと、
「概ねエラーはなさそうだな」
と言った。
ロベルトは、しばらく目を左右に動かし、高速でその紙を上から下まで読むと、ある場所で一度止まった。
数秒止まって思考していたかと思えば、「……なるほど」と言ってまた高速読みを再開した。
レミアは、長すぎて床についている、ロベルトが確認し終わったらしき紙をちらりと覗く。
「10.9+C67f3.44……? 何これ……」
全くよくわからない数字がダラダラと並んでいた。
(おじさんってほんとすごいんだなぁ……)
この暗号を解読できるなんて、と改めてロベルトのすごさを実感する。
10分くらい経っただろうか。やがて、ロベルトは全ての解読を終えたらしい。
「まぁ特に異常はない」
「……ほんとに?」
異常がないならさっき一時停止していたのは何だったのだろうか。
「ないね」
ロベルトはキッパリと言う。そこまで自信満々に言われると、レミアもじゃあそうか……と納得せざるを得なかった。
(まぁ、気になったけどやっぱ何でもなかったこととか私にもあるしな)
レミアはそう、勝手に解釈して納得した。
「さっき"まずいな"って言ってたの、気になるんだけど」
「あ〜……、あれは大したことじゃねぇよ。あんまり魔力が増えるようならちょい危険性があるなってだけ」
「え……、じゃあどうしたらいいの?」
とりあえず、ずっと気になっていたことを聞いてみたら、ますます不安になってきた。
「魔力減少効果がある魔道具がありゃいいんだが、現状そんなもん存在してねぇから、とりあえず俺が作る。んで、出来たら渡す」
「ないんだ」
「あるわけないだろ。この魔力絶対主義社会で」
「あっ……。そっか」
レミアはそれを聞いて納得する。
たしかに、魔力があればあるほど良いとされる世界で、魔力を減らそうなんて人、いるわけがない。
「まぁ増加させる不正魔道具は蔓延ってるんだけどな……。規制が追いつかねぇくらいだし」
「な、なるほど……」
みんなやはり少しでも多くの魔力を得るために必死なんだとレミアは思った。
「あともう一個聞きたいことがあって」
「何?」
「私の魔力が急に発現したのってなんでかわかる?」
レミアがそう聞くと、ロベルトはんー、と言って、もう一度手元の紙に視線を落とす。
たっぷり3分ほど沈黙していたロベルトは、ゆっくりと口を開く。
珍しく、言葉を選んで慎重に話しているように感じた。
「元々魔力が0だったんじゃなくて、例えば、0.01とかそんくらいだったんだと思う。で、何らかの原因で増えた。そんな感じだと思う」
「何らかの原因って?」
「現時点でそれは俺にはわかんないね」
「ふーん……。なんで元々0じゃないって思ったの?」
「……」
ロベルトは無言で目線だけを動かして、レミアを見つめた。
(何かまずいこと言った……!?)
レミアは急に不安になって、質問を取り消そうか迷う。迷っているうちに、ロベルトが口を開いた。
「意外と食い下がるな……。全くの0から増えるなんてこと、ほぼあり得ないからだ。お前には魔力貯蔵器官が元々あったらしいと病院から聞いてるし、今日のデータ的にもそう出てる。でも、根拠と言えばこれくらいだ。悪いが、これはほぼ俺の推測で、それを裏付けるものは何もない」
ロベルトは淡々とそう言う。心なしか、いつもより感情が読み取れない気がした。
「……わかった。ありがとう。おじ……ロベルトさんでもわかんないんだね」
「今は、な」
レミアが「おじさん」と言いかけて、「ロベルトさん」に訂正しながらそう言うと、ロベルトは食い気味にそう主張した。「今は」をやたら強調するあたり、わからないと思われたくないらしい。急に感情が剥き出しだ。
「それにしても、おじ……ロベルトさんって意外とすごい人だったんだね。王立研究所に呼ばれるし、こんなのも解読出来るなんて」
「"意外と"は余計だな。まぁでも俺の専門は魔法数学じゃねぇから、数学関係はもっとすごい奴が全然いる」
「そうなの? おじさんの専門は何?」
(……あ、「おじさん」って言っちゃった)
レミアは言い終わってから気付いたが、ロベルトは特に気にする様子もなく続ける。おじさんと呼ばれたことに気付いていない可能性が高い。
(もうおじさんでいいや)
「俺の専門は魔法科学。もっと言えば魔法化学。化学って書く方な。それが一番得意だが、魔法工学も出来ないことはない、って感じだな」
「……へぇ」
なんとなくわかったが、深掘りすると、訳のわからないことを延々と聞かされそうなのでこれ以上は触れないでおくことにする。
「急に興味なさそうなのやめろよ」
「いや……まぁ。おじさんってただ魔道具作ってるだけの人だと思ってたから。すごーい、って思って」
「棒読みじゃん。言っとくけど、俺の研究所にいる奴らは俺含めて、みんな一応すごい奴だから。ほら、アランなんかは魔法数学が専門分野だから、俺よりこれとか得意かもな」
そう言ってロベルトは手元の紙を万年筆でパシパシと叩く。
「あー、アラ……お父さんね」
レミアは「アランさん」と言いかけて訂正する。
「そう」
見張りの女性に背を向けて立っているロベルトは、レミアにだけわかるように片眉を上げて「ナイス」という顔をした。
──正解だ。
レミアは少しホッとする。
昔言われたことを思い出したのだ。
そう、約10年ほど前のことだ。
――――――――――
小さな少女は今より幾分若い顔のロベルトを見上げる。
「いいか、レミア。お前のお父さんはアラン・ミューだ。俺は、お父さんの仕事場にいる仲良しのお兄さん。
お父さんは?って聞かれたら、アランって答えろ」
「どうして?」
奥の方から「なか、よし……???」という声が聞こえる。きっとアランだ。ロベルトはそれには目線もくれずに無視している。
レミアがこてん、と首を傾げると、ロベルトは少し黙る──と、いうよりも固まってから答える。
「…………戸籍上、お前はアランの養子だからだ」
「こせきじょーってなに? よーしってなに?」
ロベルトは今度は周りを見回して助けを求める。が、周りは皆にやにや見守るだけで、誰も助け舟を出してくれない。
皆、滅多に見られない、ロベルトが困惑している様子を楽しんでいるようだった。
「………………………………大きくなったら教える。いいか、これだけ覚えろ。お前のパパはアランだ」
「……わかったー」
物分かりが良いのか、興味が失せたのか。
レミアはそれ以上は追及せずに、頷いてどこかへ走って行ってしまった。
――――――――――
「んで……、って聞いてるか?」
「あ、ごめん。聞いてなかった」
「おいおい……」
ロベルトは呆れ顔でレミアを見る。
でも、なんだかんだ優しいので一から説明してくれた。
「魔力の方は、ちょっと増加量に注意で経過観察だが、それ以外は特に問題なし。魔力減少魔道具が出来次第渡すとして、今日はこれでお終い。」
「え、もう?」
「なんだ? まだ検査したいのか?」
「……いや、いい」
レミアは、もっと色々診られるのかと思っていたので、なんだか拍子抜けだ、と思った。でも特に検査したいわけでもないので断る。
「ん。じゃあな。夏休みは帰ってくるだろ?」
「うん」
「俺もその頃には家の方戻れると思うから」
「そんなにかかるの……!?」
レミアは驚く。
夏休みまであと──、と数え始めて、「なんだあと1ヵ月くらいか……」と気付く。驚き損だ。
「だって見ろよ、これ。俺に見て欲しいレポートらしい。これとはまた別に、レポート作れとも言われてるしな」
ロベルトはそう言うと、部屋の奥の机に積み上げられている、紙の束を万年筆で指した。
むしろ、この量が1ヵ月で終わるなんて早すぎるくらいなんじゃないかと、レミアは思う。
「が、頑張ってね……」
「お前もな」
ありがとう、と言って部屋を出る。
見張りとして、ずっと部屋にいた女性が行きと同じように、出入口まで案内してくれた。
「ご協力いただき、ありがとうございました」
そう言って女性は頭を下げる。
「こ、こちらこそ……」
レミアもそう言って頭を下げ、王立研究所を後にした。
(そういえば、結局どういう事情で王立研究所にいたのか聞きそびれたな……。まぁ、夏休み家に戻れば聞けるか)
そして数歩歩いて、鞄が軽すぎることに気付く。
「あれ!? ノアは!?」
そういえば、ずっとノアのことを忘れていた。検査中どこにいたのか思い出せないくらいだ。
「えぇ……。戻る……?」
レミアは後ろを振り返り、大きな影を落とす荘厳な王立研究所を見上げる。
「…………自分で戻って来れるに一票。戻って来れなくてもおじさんと一緒なら大丈夫でしょ」
そう呟いて、学園寮に向かって歩き出した。
回ごとに文字数ガタガタですみません…
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