プロローグ 世界終焉の夢
ハァハァハァ。
暗闇の中を掻き分け、必死に足を動かす。
細い草木が足に鋭い傷を付けていくのも、気にしている暇などない。
前へ、前へ。
腰ほどまである黒い髪は乱れ、汗が吹き出る顔には前髪が簾のようにへばりついていた。
レミア・ミューは、追手から逃げているらしかった。
(逃げなきゃ……!)
どうして逃げているのか、何から逃げているのか、全くわからなかったが、とにかく逃げなければ、それだけが頭の中にあった。
「〜〜〜!! 〜〜!」
後ろから何か声が聞こえる。音は、声は聞こえるのに、それらを言葉として理解することが出来なかった。
(なんて言ってる……!?)
レミアは後ろを振り返ったが、誰もいない。よく見れば、さっきまで駆け抜けていたはずの森もどこにもなかった。
代わりに、急に場面転換をしたかのように、紫色の空を背に、崩れ落ちた建物が瓦礫のように積み重なっていた。
「ど、どこ……!?」
慌てて辺りを見回すと、目の前には山がそびえ立ち、今度は足の下に紫の炎に包まれる街が広がっていた。ふと、つま先が地に付いていないことに気付く。どうやら、いつの間にか建物の屋上の縁に立っているようだった。
「!? あっ……ぶな」
(お、落ちるかと思った……)
レミアは数歩後ずさる。ふと気配を感じ、パッと顔を上げると両隣に2人ずつ、人影があった。
子どもだろうか……? 同年代の学生くらいの人たちが4人いる。彼らはどこから見ても逆光かのように真っ暗なシルエットだった。
ふと誰かが口を開く。
「〜〜〜〜〜〜〜ね」
「〜〜〜〜〜〜〜〜だ」
よく聞こえない。何かすごく大事なことを言っているような気がして、耳を澄ます。
ふと聞こえてきたのは、
ニャー。
――猫の鳴き声だ。
レミアはハッと目を開く。
まだぼんやりとしている視界は、ただ黒だけを映していた。やがて、近すぎるにらめっこに飽きたのか、その黒い物体は、レミアの胸のあたりでのしのしと無遠慮に足踏みを始めた。
なるほど、夢だ。
ここまでの全てが夢だったのだ。なんだか少し、残念なようにも、ホッとしたようにも感じられる。
「お、重……くるし……」
仰向けのまま、目の前の黒猫をどかそうとすると、猫はその手をすり抜けて華麗にレミアの右隣に降りた。ちょこんと座って爛々とした丸い瞳を黄色く光らせ、レミアをジッと見つめる。
「おはよう、ノア」
ゆっくりと上半身を起こし、猫の頭を優しく撫でてやると、ノアと呼ばれたその猫は、満足そうに目を細め、ゴロゴロと喉の奥を鳴らした。
レミアはのそりとベッドから降りると、ミシミシと軋む床を踏んでこの部屋唯一の窓の前まで移動した。カーテン代わりに棒に掛けている布をスライドすると、朝の柔らかな日差しが部屋いっぱいに差し込んだ。姿を現した、大して開かない小さな窓をガコン、と開ける。
今日はスムーズに開けることが出来た。
どうやら建て付けが歪んでいるようで、少し持ち上げながら右にゆっくりと開くとわりかし滑らかに開くのだ。
「この部屋にも慣れてきたか……」
レミアは窓の外を覗きながらぼそりと呟く。
季節は春。
ユーヴェリア学園高等科、女子寮屋根裏部屋。
ここでの生活が始まってから約1ヵ月が経とうとしていた。
さあ、今日も憂鬱な1日が始まる。
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