6.再会
ボスとの電話が終わってすぐ、力が抜けてしまいその場にへたり込む。
メモした紙をスマホケースの中に入れて手放すと、床一面の服やごみやその他もろもろが目に入った。
今日までに荒らし放題してきた部屋だ。一人で寝に帰るだけの五畳一間。気にしていなかった……わけではないのだが、段々見て見ぬふりをするようになった。
お隣さんが亡くなってからだったろうか。それよりももっと前、実家を出てからだろうか。こうなってしまった理由を思い起こそうとしてもどれだけ前のことかわからない。
こんなにしてしまった部屋になるべく居る時間を減らしたかった。
バイトとボランティアを行き来して部屋を離れるようにして、追い回してくる希死念慮を自分の中で分散させていた。
友人やボスの声を聞き、ライトに再会する予定を立てることができたことで、ようやくショウは自身の状態を客観視することができたのだった。
ライトに会って戻ったら業者に頼んで部屋の掃除をしよう。そう思いながら、ショウは足の踏み場がなくなって自分一人分だけ切り取られたようなベッドの上、脱ぎっぱなしの上着をどけて横になった。
(やばい! やばい、やばい……! うそでしょ、こんな時間までわたし……!)
翌朝。彼女が目を覚ましたのは十七時前。すでに真っ赤な夕日がカーテンの隙間から差し込んでいる。
少しの仮眠のはずだったのに、力尽きたように眠りこけてしまっていた。
セットしたかも忘れ、鳴ったのかもわからないスマホの充電はぎりぎり。
ショウは開けっ放しのクローゼットにかけてあった最後の服をひっつかみ、最低限の化粧をして部屋を飛び出した。
すぐにスマホで検索した住所へと向かう。退勤時間、乗客はまばら。空いた登りの電車に揺られて数駅先。
電池残量二十パーセントのスマホで確認する到着予定時刻は十七時五十分。訪問してもまだ失礼にはならない時間だと思っていた。
「あ……」
ボスから教えてもらったマンション前に着いたとき、入口に車が止まっていた。
今まさにドアをに手をかけて乗り込もうとする男性こそ、ショウが会いにきた元刑事・ライトその人だった。
だが、見つけたのにすぐに声をかけることはできなかった。
(ボスさんは覚えてくれてたけど、ライトさんは私のこと覚えてるのかな……)
臆病な自分が顔を覗かせる。こうなるとわかってもいた。やっぱり来なければ良かった。
そっと無かったことにしてきびすを返そうとしたとき、不意に顔を上げたライトの目がショウの姿を捉えて大きく見開かれる。
「……ショウちゃん?」
覚えてる? 本当に?
出かける前だったのだろうに、ライトはショウの元へと小走りで来てくれた。
ショウの胸中を侵食していた不安の霧がパッと晴らされ、視界が開けたようだった。今度は歓喜に震える心臓がうるさく鳴って、この音が彼に聞こえてしまわないようにぎゅっと胸元を握る。
「わぁ、ショウちゃんだ。ひさしぶり。背、伸びた? 前よりもっと綺麗になったね。今も学生さん?」
「ううん。社会人。いつでも会いに来ていいって言ったから……」
「うん、言ったよ。そっかそっか僕に会いたくなったんだね」
胸を握っていた手がほどかれて彼との距離が一気に近くなり、突然のことにショウは声を挙げる。
「わっ! ら、ライトさん……?」
ライトがなんとはなしにした再会を喜ぶハグは、人生に迷っていたショウの心を温かく包み込んだ。
数年前にあのビルの屋上でぐちゃぐちゃの気持ちを受け止めてくれたのと同じ優しさだった。
ショウの目からほろりとこぼれた落ちた涙は、止めようとしても後から溢れてきて彼の服を濡らした。