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4.トウキョウ州

あれから数年。

とあるミュージシャンの死という一時のニュースは誰もが忘れて風化されつつある。語られるとすればそれは武勇伝となり、美談となり、何周忌のライブで追悼と盛り上がる。

次から次。また別のコンテンツへと移り変わるうちに、少女もまた大人になっていた。


日本という国が無くなった今、東京と呼ばれていた地は某国の州。

自由と権利を大きく主張するうちに、魂という人間の中身も塗り替えられてしまったと評論家は嘆いているが、たいていの人々は今日を生き抜くことに必死で政治に興味もなくなった。

近年、人種も法律もなにもかもが変化し続けているのにいつまでも対応できなければ朽ちていくのと同意である。


某国になってしまったといえ日本文化の名残は多く残っていた。

トウキョウ州のお金は円で、長さもセンチ、重さだってグラムで量っている。

回らない寿司屋も居酒屋もあるし、巨大な公園もパブもコンカフェも金貸しも同様に存在する。


街のいたるところに古着や本を回収する寄付ボックスがあり、犯罪者には電子タグを付けながら飲食店雇用もしている。

当然のように同性同士の結婚も受入れ始めているし、学生たちが麻薬を内緒で交換しあうこともある。

上映中に拍手や指笛を吹かないくせに、ポップコーンに溶かしバターをかけ放題できる蛇口がある映画館はやたらと多い。


それでもまだ、動物に人並みの権利はなく、十六歳でバスの運転免許は取得できない。

半端に半端を模した自由。

窮屈(きゅうくつ)魔窟(まくつ)で韻を踏むのがこのトウキョウ州だった。


かつて一人の刑事に自殺を阻止された少女・ショウは特に大きな問題を抱えることもなく成人を迎えていた。

彼女は街のダイナーでウェイトレスのアルバイトをしながら、週末は孤児院でボランティア活動をしている。

きゃあきゃあとお喋りをしながらも一生懸命手伝う子供たちと一緒に、今日のショウはレモネード作りに励んでいた。


シスターが用意してくれた庭の一角。

小さな手で丁寧に塩揉みし、綺麗になったレモンを薄くスライスしていく。

こじんまりとした教会に見合った作業台は、女性二人が並んだだけでいっぱいになってしまう。そんな距離で隣り合って作業していたら相手の様子が嫌でもわかってしまうのだろう。


「ショウ、だいじょうぶ? 最近あんまり元気なくない?」


周囲の人間が知るショウという人物は明るくて目の前のことに全力で、コロコロと変わる表情が可愛らしい少女のような雰囲気のある女性だ。と、彼女と一緒にボランティアに来ていた友人は認識している。

それがここ最近、何か悩みごとがあるのか、ときどきぼんやりと考え事にふけっていて話しかけても聞こえていないことが多い。

自分以外の人の前ではイメージ上の彼女と変わりなく、それが無理をしているように思えてならない。

とうとう意を決した友人は「ンンッ!」と一度咳払いして肩を寄せた。

慣れた作業だ。スピードの落ちない二人の手元ではレモンが均一に輪切りにされていく。


「だ、大丈夫ってなにが?」

「ほら、ちゃんと食べてるの? とかさ……」

「もちろん。スパーロックと根比べできるくらい食べてるわ」

「そんなにハンバーガーばっかり?」

「ピザもホットドッグもマカロニチーズ・プーティーンもよ。超健康志向でね」

「笑える。超太るよ」


古典ドキュメンタリー映画の話をまじえて冗談をかわしたあと、


「それじゃあ今度は生クリーム超盛り盛りのハワイアンパンケーキでも食べに行きましょ。来週とか、どう?」


と友人は誘う。


「え、ええ……そんな……」

「なに? いまさら不摂生の心配するわけ? それとも私とは行けないって?」

「ちがうけど」

「そ。ショウ、さあ」


甘い物好きなのに躊躇(ちゅうちょ)するショウに、ハッとなにか思いついたようで友人はずいっと身を乗り出した。

やたらにキラキラとした目の圧にショウは思わず仰け反ってしまう。


「ぶっちゃけ、肝硬変で死ぬ前に会いたい人とかいないの?」

「いないよそんな……いや、いるかも」


ショウの友人は友達想いの良い子である。しかし、重度の恋バナ中毒者(ジャンキー)でもあった。

口の端を引きつらせるショウへグイグイと迫る友人。近距離で見つめてくる期待の込もった目に、ショウは昔の記憶をふっと浮かび上がらせていた。


二人しかいない暗いビルの屋上。今ここで私に送る彼女のような熱視線ではなかったけれど、ショウ自身を見つめてくれた人。メガネ越しの澄んだ紫の瞳が綺麗だった。

十五のとき自殺を止めてくれた刑事さんは今どうしてるだろう。鼻息荒く詳細を聞きたがる友人の顔を手で遠ざけながら、あのとき貰った名刺をどこにやったか記憶を辿っていた。



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