3.有用な思い出
「ど、どうしてわかるの?」
「そりゃあわかるよ。僕、読心術が得意なんだ」
「なんてね」とおどけたライトが一台のスマホを「はい」と差し出す。
ショウには見覚えのありすぎる物で、とっさにポケットに手をやるがそこには何も無い。
己のスマホを呆然と受け取った。ロックが外されたスマホの壁紙にはこの世からいなくなってしまったミュージシャンが笑っている。
「画面ロックかけてたのに……」
「暗証番号、亡くなったミュージシャンの誕生日でしょ?」
スマホを受け取ったショウが顔を上げるとライトはまた笑っていた。
「エスパーは冗談。でも、君のその気持ちがわかるのは本当だよ」
彼の柔和な表情は不思議とショウの肩のこわばりを解いてくれて、もうミュージシャンの噂を聞いても死にたくならないだろうなと思った。
そのかわりにこみ上げあふれ出してくる感情は誰かにただ胸の内を聞いて欲しかったというだけの単純な思いで、ショウは震えながら口を開く。
「何も知らない人たちが、私が応援していた人を悪く言うのも、自分語りのネタにするのも、便乗してぞんざいに扱うのも、なにもかも嫌になって……それを言い出せない自分も、発信する力がないのも……情報に揉まれて、飲まれて、誰かのせいにしたくて……」
「そっかあ」
やっとのことで話すあいだ、ライトは黙ってただ静かにほほえみながら「うんうん」と相槌をうっていてくれた。
ショウもそういう相手が欲しかっただけなのだ。言葉を吐き出して見ず知らずの彼にやわくぶつける。
声に出すことで思考が整理され、恥ずかしさも倍々になったころ、
「誰かのせいで死ぬなら、誰かのせいにして生きるのもいいんじゃない?」
と、ライトがあっさりした声で言う。
「おい、いつまでくっちゃべってんだ」
話の終わりを測ったボスが横から彼の肩を小突く。
「この子の迎えが来た。いくぞ、ライト」
「はーい、ボス」
言葉の通りであればショウの保護者である祖母が来たのであろう。待機していた部下たちを散らして歩き出した彼ら二人を見送るショウへ、ひとり立ち止まったライトがへらりと振り返って片手を上げた。
「それじゃあ元気でね。ショウちゃん。会いたくなったらいつでも会いにおいでよ」
「は、はい……」
なんか変な刑事さんだな。名前いつ教えたっけ。と、渡された名刺とスマホを交互に見て疑問を重ねる。
静かになった夜景。慌ててその背中を追いながらショウも屋上を後にした。