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22.喧嘩

看板を見るショウの視線に気づいた店員は眉を下げて申し訳なさそうに言った。


「お客さまでしたか。失礼しました。すみません、今日はもう閉店の時間で……」

「えっ、そうなんですか?」

「猫たちもこれからご飯の時間になりますので……」


彼女は体をずらしてドアガラスに書かれた営業時間を指した。

ラストオーダー十九時、閉店時刻十九時三十分。確かにもういい時間だろう。


「猫たちもそろそろ休ませてあげないと」

「それなら仕方ないですね」


頭を下げて苦笑いする店員に「また今度来ます」と笑って会釈をしショウはリードのほうを振り向く。

猫という存在に難癖をつけてこれまで一切話に入ってこなかったリードは、ショウからの入店不可のばってんの合図に「仕方ない」というような顔をして首を振った。他人事のように肩をすくめるというオプション付きで。

ショウたちが店に着いた時点で十九時を越えていたのだから客の振りして聞き込みなんてできっこない。雑談をするどころか入店して即退店になっていたのにその態度はどうなのか。ショウのほうがやれやれという顔になりたい気分だった。

店からさっさと離れたいがために営業時間すら把握していない男と並んで脚を動かしながら、ショウは口を尖らせる。


「リードさん、普通は聞き込みって営業時間が終わった今からするものじゃないんですか?」

「俺、いま警察手帳持ってないから。ボスが一緒じゃないとそういうのはできないよ」

「役立たず」

「おい。今なんて言った?」

「いいえ何も。じゃあ明日また改めて来るしかなさそうですね」


ライトの自宅まではここからまた三十分。車を飛ばしてもかなりかかると感じる理由がショウにはわかる。


車の中で長い時間留守番させていたケーキはせっかくの保冷材の効果が切れて、外箱も若干ふやけてしまっていた。

中を確認すると案の定クリームがぐずり出していて、綺麗な地層を見せていた断面も崩れてしまっていた。


「はああ。せっかくのケーキだったのに、こんなになっちゃった……」


形はともかく味もこれ以上悪くしないようにと、帰宅後ケーキを慌てて冷蔵庫に入れようとしたショウの横からケーキ箱へと伸びる手があった。四個あるケーキのうち迷うことなくいちごタルトのピースを掴んでそれはすぐ引っ込んでいく。


「あっ、ち、ちょっと!」

「なに?」

「なに、じゃなくて……!」


ショウが振り返るとリードはタルトを手づかみで頬張りながらソファーにどかりと座った。

惰性で食べる食事のように彼の視線はすでにテレビ映像に固定されている。


「それ! 私とライトさんで買ってきたのにあんたねえ……っ! 」


感謝して味わいながら食べろなんて言わない。けれど。でも、相互理解の第一歩として用意したケーキが雑に無神経に消費されていくのが、ライトと約束を交わしたショウの気持ちを蔑ろにされているようで声が荒ぶる。

ショウは我慢ならなくなって、ソファに座るリードの後ろから噛みつくように抗議した。


「おまえいちいちうるさいな。ライトも俺だよ。おんなじ口におなじ食道、おなじ胃袋。ライトが選んで買ったものを俺が食べてるのもなにも変わらないだろ。そこにはなんの意味もない」


ケーキを持つ手と反対の手で自分の口、首、腹に触れながら「なにか問題でもあるわけ?」と齧られてさらに形が崩れるケーキ。リードはショウに見せつけるように半壊赤いタルトを掲げる。


「ライトさんも、あんたのことを気遣って二つ選んだのにそれをあんたはそんなふうにして……」

「それも知ってるしわかってる」


怒り続けるショウを前にしても態度を改めないリードは、やれやれと小馬鹿にした表情で教え諭すように言葉を続ける。


「説教みたいなのやめろよな。それ、おまえは良かれと思って言ってんのかもしれないけど、俺達には余計なお世話。そもそもおまえは俺とライトのなになわけ? 俺は俺が食べたいときに食べたい物を食う。ライトもそう言ってただろ?」

「はああ?!」


なによ! なによ、なによなによ! コイツはどこまで無神経なわけ?

こっちの気も知らないで……いや、知っててこの態度だなんてどうかしてるとしか思えない!


睨み続けるショウの前で苺のタルトを完食したリードはソファーから立ち上がって冷蔵庫を開け、今度は一度しまったティラミスとプラスチック製のデザート用スプーンを手にして戻ってきた。

そうして、イタリア生まれのほろ苦いケーキを見せつけるように目線の高さまで持ち上げた。


「ショウ、おまえティラミスの名前の由来しってる?」

「知ってますけど。『私を元気づけて』ですよね」

「そう」


もやもやした感情を抱えながら応えるショウを尻目にソファーに座り直し、リードは透明フィルムを剥がしていく。

車内で常温放置してしまったせいで柔らかくなったクリームと粉がベッタリとフィルムを汚していた。


「ティラミスの原料は卵と砂糖、古来からの精力剤。コーヒーのカフェインは眠気覚ましに効果がある。イタリアのディナーでは食事のさいご。締めに女が注文する。それを口にすることが誘いのサイン。そうってことはすなわち」


リードの流し目がショウをいやしく射抜き、片眉と口の端を下品に釣り上げて底意地悪く笑う。


「やっぱおまえ、ライトに抱かれたってことなんじゃない」

「きんっっも! あんたのことセクハラでライトさんに訴えてやる!」


とうとう憤慨したショウはリードの魔の手からティラミスのカップを奪い取った。


「っていうかこっちはライトさんのぶん! あんたは一個もう食べたでしょう! だめ!」

「だからライトも俺も同じ体だって何度も言ってるのに……」

「関係ない! あんたはライトさんじゃない! あんたみたいな万年発情期とライトさんを一緒にするな!」

「別におまえに認められなくても事実なんだけど」


リードの元にはクリーム付きの透明フィルムとスプーンしか残っていない。

不機嫌な呟きは冷蔵庫の扉が力いっぱい閉められた音に遮られた。

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