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2.不謹慎な記憶

警察官たちが屋上へ踏み込んだのはショウの涙が止まる頃だった。

どうやら事態の終息を見はからっていたらしい。気が付けばビル下の道の喧騒もすっかり落ち着いていた。

ショウとお気楽不謹慎男の二人しかいなかった屋上から一転。

人目が増えたことで見知らぬ人に、それも異性にすがって泣く醜態をさらしたことに恥ずかしさと気まずさでショウは無言のままそろりと男から体を離した。

男は「もういいの?」と一旦は首を傾げ、ショウの様子を数秒うかがってからもう問題ないと判断し添えていた手を離した。


「ライト! お前いいかげんにしろ!」


自殺未遂の少女が落ち着いたのを聞き知ってのタイミングか、屋上出入口のドアから様子をうかがっていた大柄で強面な刑事が二人に近寄ってくる。


「あっ、ボス。これは……」


男がなにか言うよりも早く、彼の青銀色の後頭部を強面刑事がひっぱたいた。

ムキムキの筋肉から繰り出される一撃は多少手加減されていたとしても相当な衝撃だっただろう。突然のバイオレンス劇場にショウは身をひるませる。

叩かれた側はといえば笑顔を全く崩さず、さらに「いたたたあ」などとのたまいながら頭を擦る余裕まであった。


「ったく、刺激になるこたぁすんなっつったのに。まあたお前は勝手しやがって」

「えへへへ……」


馬に念仏、馬耳東風。何を言っても聞きやしないのがわかっているらしく、ボスと呼ばれた筋肉刑事は男をひと睨みしたあと、ショウに視線を移した。

子供を怖がらせないようにと浮かべられた笑顔は慣れていないのか引きつっていて、元の人相よりさらに悪人面になってしまっている。そのわりに声音だけは変に優しいというアンバランスさだ。


「ああ、すまんなお嬢ちゃん。こいつが迷惑かけたんだろ?」

「いやだなぁボス。迷惑だなんてそんな言い方ないじゃないですか。ショウちゃん思いとどまってくれたんだから」


「ね?」と男がショウに同意を求める。

自殺志願者を止めることは余計なお世話に当たるだろうが、当の本人がその気を無くしたというのなら救いの手になったということ。

こくこくと頷いて肯定したショウはそこでようやく、はたとここにいる自分が泣きついた男が何者だったのか知らないことに気がついた。

ビルの出入口は警察官らが固めていただろうから、一般人はまず入れないはずである。その疑問が口から出る前に男も同じことを思ったらしく「あっ、忘れてた」と懐から黒塗りの手帳を取り出した。


ぱくりと開いて見せられたそれには、男の顔写真と共に金色のバッジが静かに光を反射している。

ドラマや映画の中でしかなかなか見る機会のない、けれど誰もが知っている職の証明書だ。厳格なイメージとはかけ離れている男だが彼もまた刑事の一人だったらしい。


「ライトさんも刑事さんだったんですね……制服じゃなかったから……」

「うん。そう。警戒させないように下で着替えてきたんだ」

「こいつ職務中は着てろっつってんのに俺に黙って……」

「泣いてる女の子の前で怖い顔はだめですよ、ボス」


ボスをいなしながらライトはうなずく。

そして、ぱちぱちと瞬くショウへついでとばかりに名刺を渡し穏やかに問いかけた。


「でも、どうして飛び降りようとしたの?」


先程まで独断専行にお(かんむり)であったボスと呼ばれた刑事は表情を指摘されあごひげをかきながら曖昧な顔をしていた。

どうやらライトにこの場は任せることにしたらしく、腕を組み黙って成り行きを見守っている。

ショウは自分を囲む大人達の視線から逃れようとうつむいた。

下がった視線の先、靴の先端には泥がこびりついている。綺麗なオレンジ色のかわいい靴。お気に入りだったのに、いつの間にか汚れて黒ずんでいた。

ミーハーでバカな子供の癇癪(かんしゃく)だって言われちゃうかな。そんな思いがチラリと頭の隅をかすめる。

しかし、虚脱感でいっぱいになった心では自分を飾ることなんかできなくて。

聞かれるままに沈みこんだ声で吐露してしまうほかなかった。


「好きなミュージシャンが死んだから」

「自殺で?」

「ううん。脳幹出血。ライブ中に倒れて、緊急搬送されて」

「君、そのライブにいたんだ。ショックで後追いを?」

「ちがう。でも、許せなくて」

「いやだよねえ。応援していた、大好きな人が消費コンテンツみたくされるのって。テレビもSNSも許せなくて、段々自分のことも信じられなくなった。どうして好きだったかを思い出せなくなっちゃって、自分自身がなんだったのかもわからなくなった」


滔々(とうとう)と己の思考を他者から語られた少女は空色の瞳を大きく見開き、水から弾き出されたように顔を上げた。戦慄く唇が泣き出しそうに震える言葉を紡ぐ。


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