王太子妃のハーレム要員と婚約した
ハーレム要員ざまぁになっていない
「お前を愛することはない!!」
こってこてのお約束の言葉が出て、こんな言葉を実際に使う人が居るんだなと逆に感心してしまった。
「そうですか。貴族同士の政略結婚なのだから愛が無くても構いませんよ」
「はっ。そんな口先だけの言葉など通用しない!!」
事実を告げたのにも拘らず、そんなことを言われた。どれだけ自信満々なんでしょうね。
「私の愛はクレマチスに捧げている。真実の愛なのだからな」
「クレマチス……王太子殿下の婚約者ですね。その真実の愛とやらの影響でわたくしが婚約者になったんですよ」
頭痛いとばかりに言わせてもらう。
「はっ。田舎者の子爵令嬢ごときが」
「……そうですね。本来なら同じ侯爵位のご令嬢と婚約していたのに一方的に婚約を破棄しましたからね。ああ、断罪でしたっけ」
半年前のことを思い出す。
国立の学園の卒業式で、王太子とその側近が自分たちの婚約者にある女子生徒を虐めていたからという理由で婚約を破棄した。事実はどうなのかは不明だが、そんな虐めを行った婚約者たちはみな国外に追放された。
で、虐められていた女子生徒は王太子の婚約者になり、側近らは王太子妃になる彼女を祝福して愛を捧げた。
虐めが事実か事実じゃないかはともかく、婚約破棄された女性陣はもう関わりたくないとばかりに国外追放を喜んでいて、異国で悠々自適に暮らしているのは貴族令嬢の情報網で伝わっているので心配はしていない。
断罪が起きて、王太子と女子生徒の話は舞台や物語になって情報を操作されているので素敵な話にされたから王太子はそのまま王太子のままだけど、側近はそうもいかない。
側近として忠誠心もあるだろうし、信頼もされているだろう。だけど、断罪の時に王太子の婚約者になった女子生徒に愛を誓ったのだ。
まともな親なら対策をする。
跡取りを別の者に変更した家。再教育を課した家。そんな側近らの家々の中。ベルゴール侯爵。……いや、ベルゴール将軍は息子に新しい婚約者を宛てがった。
それがわたくし。スノーフレーク・フォルガの立場である。
「そうだ。身も心も綺麗にしてクレマチスを愛するつもりだったのに婚約者がいなくなった途端狙いすましたように新たに婚約者と名乗り出るなんてっ……!!」
「――お言葉ですが」
反論はさせてもらう。
「領地の経営難を支援する条件ともともと父が将軍の部下だった縁で婚約を申し込まれましたのでわたくしの希望ではありません。悪しからず」
誰もがお前の顔なんて興味ないのだとしっかり伝えさせてもらう。あと、
「身も心も綺麗に……志はご立派ですが、それ後々国の……シラーさまが忠誠を誓う王太子殿下と婚約者を苦しめる結果になるのをご存じではないのですか」
「何っ⁉」
苛立ったように唸り声をあげるが、ちっとも怖くない。所詮檻の中で喚いている獣と変わりない。
ああ、思いだす。三年前の魔獣大量発生事件。幸いにも父は元軍人で、我が領地は戦闘経験が豊富な者が多く、対策は後手に回ることなかったので死者は出なかったが、その被害で作物を含め住む場所も仕事を失った人が多く、死者こそいなかったがそれでもけが人は出たので医療支援を行っていき、経済に大きなダメージがあった。
あの時の魔獣の群れ。それに怯える人々の悲鳴。泣き叫ぶ子供の声。誰かが怪我をしたという報告がいずれ誰かの死に変わるのではないかと戦々恐々しながらわずかに出来る何かをしようと己を鼓舞し続けた。
そんな中差し出されたベルゴール将軍の援軍はありがたかった。その後も復興の支援してくださって、恥を忍んでの婚約の話も恩返しだと思えば安いものだと思ったのだ。
そんな事件があったから正直シラーさまは恐ろしいとも思えない。ただの粋がっているだけの子供だ。
「今は忠誠を誓う主君と臣下と綺麗な話ですんでいるでしょう。ですが、王太子妃になられた後も独身の男性がずっとそばに居る環境に口さがない者たちがありもしない不貞を噂する可能性もあります」
「私の愛をそんな安っぽいものと一緒にするな!!」
拳を作って机を叩く。反論を力で押し通す時点で付け入る隙を作っているのに気づいていないのかと呆れる。
「そうですか。なら、堂々となさっていればいいだけです。まあ、それでもそんな噂はいつ出てもおかしくない状況で護りたい方を追い詰めるそれが良いと思うのですか」
「追い詰めるなんて、そんなつもりは……」
反論が浮かばないのだろう。言葉を詰まらせている。
だけど、まだ言わないといけないことがある。
「――で、真実の愛とか。身も心も捧げると言っていましたが、それでシラーさまの忠誠は真実の忠義ではない証明されましたね」
「どうして……そうなる……?」
おや、どんどんこちらの話術に乗せられてきているようだ。
「簡単です。後継者を作る気ないと宣言されたのですから!!」
貴族の身分で何を言っているんだろう案件。
「今の代はシラーさまが必ず王太子殿下と婚約者を守ると誓っています。ですが、そのお二人のお子さまは? お孫さまは? シラーさまが老いた時は? 生涯現役など思わない方が良いですよ。命など突然喪われます」
病気。事故。今回は無事だったが、魔獣の大量発生などの災害はいつ訪れてもおかしくない。
「人はその【もしも】に備えて……。そして、大切な存在の未来まで守りたいから託せる存在を作ります。かつて、シラーさまの先祖さまが王族を守りたいから代々将軍の地位を守りその名に恥じない生き方をしてきました。なのに、その誇りあるベルゴール侯爵家、王家を守る将軍の家名をここで途切れさせるのですね」
「そっ、それは……」
言い淀んでいるシラーさまがどんどん揺れ動いてこちらの言葉に天秤が傾いているのが目に見えるようだ。
「愛さなくても構いません。ですが、本当に守りたいのならすべきことがあるでしょう」
貴族として、忠義の者として。
「ああ…………そうだな」
迷いが晴れたような強い声。
「では、協力しましょう。――未来のために」
そうだ。相手が誰を想っていても気にしない。
わたくしは国と領地と領民。そして、わたくし達を救ってくださったベルゴール将軍のために使うだけだ。
まあ、だけど。
「契約でも関係は良好にしておきたいですね。意見の食い違いで後々揉めたら困るので」
「ああ、確かにな。――君のことを誤解していた。てっきり私の外見や地位に言い寄ってきたのかと」
「地位は多少ありますよ。わたくしの領地に危機が迫った時に助けてもらえるかもと思うので」
そう告げるとシラーさまは真顔になって、
「面白い婚約者だ」
と笑ったのだった。
今は恋愛ではない。だけど、家族愛は作れればいいな。
(まあ、本音は王太子の婚約者に向ける思慕を消したいところだけど)
それは自分には荷が重いと思いつつ、婚約破棄も白い結婚も回避できたことを喜ぶのであった。
ここから愛は育まれると思われる