もしも自分が死んだら
「もしも俺らに大切な人がいたとして、自分が死んだらどうしてほしい?」
男が酒をグイッと煽り、そう訪ねた。
市街地の外れにある小さいバー。暗い路地裏をスルリと回り、不安になる錆びたトタンでできた階段を降りると、そのバーの扉は客様を出迎える。磨かれたステンドグラスを、ウサギの形に嵌めたみどり色の扉。カランとなる古びた鐘を鳴らし開けた先には、クラシックな音楽が蓄音機から漏れている。
怖そうな外観とは裏腹に店内の落ち着いた雰囲気は、どこか安心させ、酒を進ませるのだとか。
その店には常連と化している三人の男がいた。
一人目は黒髪を後ろに流し、宝石のような碧眼を嵌め込んだ整った顔立ちの男。
二人目はパーマのかかったボサッとした茶髪に、木の実のような栗色のコロンとした瞳を、嵌め込んだ臆病そうな男。
三人目は長い銀髪を後ろで括り、薬品の瓶のような深い茶色の瞳を嵌め込んだ、気の強そうな男。
三人とも、歳は二十代後半くらいだろうか。
大人の落ち着いた雰囲気、だがまだ子供のような悪戯気質も残っている。なぜか波長があうのだろう三人は仲良く冗談を、よく言い合っていた。
そんな三人は週に三回、必ずこのバーを訪れる。そして必ず同じ席に座り、同じ酒を頼む。まるでそれが、彼らのルーティーンに組み込まれているようだった。
「お姉さん、いつもの頼むよ!」
黒髪の男が元気よく言った。片手をあげながら、ニパッとした笑顔で人懐っこそうだ。
カランと丸く削られた氷をコップに沈める。キラリと光を反射させるお酒。なんの変手もないただのお酒、それが彼らの好むものだった。
コトっと音を立て、お酒をカウンターの上に置く。すると三人は軽く会釈したあと、また話し始める。冗談らしく、楽しそうに話すその姿はまるで学生のようだ。
「それでは! 乾杯ー」
黒髪の男が元気よく言った。
三つのグラスがカンッと音をならす。金色のお酒が揺れて、シュワリと音を立てた。
「で、今日はお前が話したいことがあるのだろう。 まさか、意中の女に彼氏さんでも居たか?」
銀髪の男が呆れたように話を振った。
すると、黒髪の男はまさか! と言いたそうな声で、返事をした。
「なにを言っているの、俺は一週間前振られたばっかだよ!
ホント残念だよね」
「そ、それは災難だったね。
じゃあ話ってなんだい? 僕でよかったら聞くよ?」
茶髪の男が怯えたように相槌をうった。
「おお、聞いてくれるかい我が友よ! 実のところ、俺はある本にドはまりしてね。まぁありきたりな男女の恋愛ものなんだけど、それはもう、泣ける話で...」
悦に浸り、泣き真似のような声で黒髪の男が声をあげた。
「それで?」
銀髪の男が話を遮るようにそう、声を出した。早く話せと言わんばかりにだ。
すると黒髪の男は少し不服そうに口を尖らせ、大袈裟なジェスチャーをしながら、続きを話し始めた。
「その本の最後には、私が死んでまで私を思わないでって書いてあったのさ。何とも言えないくらい、中途半端の終わりだよ」
「へー」
茶髪の男が、軽く笑い言った。
「そこでさ! 君たちは、もしも俺らに大切な人がいたとして、自分が死んだらどうしてほしい?」
男は酒を煽りそう訪ねた。ニヤリと笑い、まるで悪戯好きな少年のようだ。
「馬鹿馬鹿しいな」
銀髪の男が、興味なさげにいい放った。気にせず黒髪の男がまた口を開いた。
「ちなみに俺はね、忘れないでほしいな! 忘れられたら悲しいじゃないか、大切にしていたのだから。まぁ、置いていくなんてヘマはしないけどね」
手を合わせ、器用にウインクしてそう言った。楽しそうな、悲しそうな笑顔だ。
「……私は、笑ってほしい。死んだとしても大切な人を、泣かせたくはないからな。男としても、友人としても」
銀髪の男は表情一つ変えずにそう言った。
「ぼ、僕は、忘れてほしいなぁ。僕なんかに囚われていほしくない。勿論その相手が恋人だろうと、君たちだろうとね。」
茶髪の男はへにゃりと笑ってそう言った。
「フーン? そうなんだ」
「何なんだ貴様は? 自分から聞いてきてその返事は」
「いいや? 思ったより面白くなかったなって。もっと、何て言うか……突拍子のない回答が来るかと思ったのに」
黒髪の男は不貞腐れながら言った。
「ごめんね?」
茶髪の男が語尾を少し下げながら謝った。
「いいや、お前が謝ることではない。元はこの馬鹿が悪いだけだ」
「ひどくないかい?」
心外だ! とでも言いそうな声だ。
「そうか?」
銀髪の男は薄く笑った。機嫌をよくしたのか、少し楽しそうだった。
三人は全員で一気に、酒を煽った。グラスの中を空にして、お姉さんもう一杯、と頬を赤くした茶髪の男が頼んでくる。皆酒が丁度いい感じにまわったのか、少しボヤりとした声で話し始めた。
「まぁ、死にたくはないけどね。何歳に成っても死ぬのは怖い気するよ、全く爺さん達は嘘つきだね。死ぬのが怖くないなんてさ」
黒髪の男がグラスを揺らし掲げて、そう呟く。
「嗚呼……それは、同感だ」
「僕も~」
三人は仲良く笑い、はぁと溜め息をついた。
「この時間が続けばいいのになぁ」
これは誰が言ったのかは、わからなかった。
三日後。
最近物騒な事件が多いな、と思うようになった。昨日なんて、二十代の男がナイフで刺された記事が新聞の一面を大々的に、飾っていた。それもここの近くの大通りで。
被害者はなにも悪くないとばっちり。名前も顔も知らない男を、とても可哀想だと、思わずにはいられなかった。まぁ、涙なんて出そうにないが。
カランと鐘を鳴らし、また彼らは店にやってきた。だが茶髪の男の姿が見えない。初めてではなかろうか? 三人揃っていないのは。
心なしか二人とも目元が、はれている気がする。まさかだが、喧嘩でもしたのだろうか?
「お姉さん、今日はカリフォルニアレモネードをくれるかい?」
黒髪の男は少し寂しそうに言った。いつもの酒ではない、何かあったのだろうか?
私は興味が湧き聞いてしまった。茶髪の彼は居ないのか? と。今思えば、カリフォルニアレモネードを頼まれた時点で察すればよかったのだ。バーテンダーなのだから。
そして驚いたように片眉を器用に上げ、銀髪の男は言った。
「……そんなヤツ、知らないが?」
と。そして黒髪の男も言った。
「俺も知らないな、俺たちはいつも二人だぞ?
嗚呼でも、酒は三つ用意してくれると嬉しいな。一つ無駄になってしまうが……」
と。そして私は全てを察した。少し、泣きそうだ。
私は聞かなければよかった、と内心思ってしまった。
カリフォルニアレモネード・永遠の感謝
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